十三ノ環・冥王のママは今日も6
「わわっ、いきなり何ですか! どうしたんです? おとなしくしなさいっ」
焦って宥めますが、二頭はゼロスに向かって激しく吠える。
今までとても懐っこかったのに豹変した二頭に困惑しました。
「どうして吠えるんですか。相手は子どもです、びっくりしてしまうでしょう! ゼロス、大丈夫ですよ。この狼たちはさっきまでとても良い子だったんです」
ゼロスはきっと怖がっているでしょう。
二頭を宥めながらゼロスに言葉を掛けました。
するとやっぱり怖かったのか、ゼロスが私の足元に抱き着いてきます。
「ブレイラ、こわいっ……」
「そうですよね、怖いですよね。でも大丈夫ですから、ね?」
私はゼロスを宥めました。
ゼロスは安心したように私を見上げ、ついで二頭の狼に目を向けました。
すると。
「グウゥゥ……ッ」
「ゥゥ……ッ」
さっきまであんなに激しく吠えていたのに呻り声が小さくなっていく。
そして二頭の巨大な狼が後ずさりしだす。まるで怯えているように見えるのは気の所為でしょうか。
「どうしました? えっ、ちょっと、どこ行くんですか?!」
突然、二頭は山の中に駆け出してしまいました。
あっという間に姿が見えなくなって、訳が分かりません。
「いったいどうしたんでしょうか。急に吠えたり、走って行ったり……」
豹変して激しく吠えた時は驚きましたが、それでも体調は悪そうなままです。
山奥で弱ってしまうのではないかと思うと心配でした。
「ブレイラ、だっこ」
ふと足元を見ると、ゼロスが不安そうな顔で私を見上げていました。
おずおずと伸ばされた小さな両手に笑いかけます。
先ほどまで激しく吠えたてられていたのがとても怖かったんですね。
「いいですよ。そんなに怖かったんですか?」
「うん」
「どうぞ、抱っこしててあげます」
そう言ってゼロスの小さな体を抱き上げました。
嬉しそうにゼロスが抱き着いてきて私の首に顔を埋めてきます。
「ブレイラ、かえろう」
「……そうですね」
「さっきの、きになる?」
ゼロスに顔を覗き込まれ苦笑しました。
いい子いい子とゼロスの頭を撫でて、思っているままを返します。
「あなたに吠えてしまうのは困りましたが、とても元気がなかったんです。だから気になってしまって……。無事に主人の元に帰ることができればいいのですが……」
なにげなく二頭の狼が立ち去った方角を見つめます。
そうすると「ブレイラ」と気を引くように名を呼ばれました。
振り返るとゼロスが少し不機嫌な顔をしています。
「どうしました?」
「あいつら、もういなくなる」
「え?」
「いなくなるんだ。だからかえろう、はやくっ。ふたりで、かえろう!」
急かすように言われました。
はやくはやくと急かすゼロスに、私は後ろ髪を引かれながらも家に向かって歩きだしたのでした。
その日の夜。
「ゆっくり眠ってくださいね。おやすみなさい、ゼロス」
ゼロスの寝顔を見つめ、その目元にそっと口付けました。
いつまでも見ていたくなる可愛い寝顔です。
いつもなら私もゼロスに添い寝して眠るのですが、今夜はこっそり家を出ました。
今日出会った二頭の狼がどうしても気になったのです。
ランプの明かりを頼りに山の小道を歩きます。
夜の山は暗くて恐ろしいけれど、この山は慣れた場所です。
しばらく歩いて狼が駆け去っていった川辺に来ましたが、やはり姿はありませんでした。
「……無事に主人の元へ帰れていればいいんですが」
今にも倒れそうだった二頭の姿に胸が痛い。
きっと主人に大切に飼われていた筈です。主人も二頭の狼を心配していることでしょう。
無意識に視線が落ちる。
でもその視線の先に、昼間見たのと同じ草がありました。
「こんな所にも生えていたんですね。今までどうして気付かなかったんでしょうか」
この珍しい草は複数カ所で見つかるほど生息範囲を広げていたようです。
とても興味深い植物です。
もっと近くで見てみようと膝をつき、手を伸ばす。
でも触れる寸前でぴたりと手が止まる。昼間、頭に流れ込んできた景色を思い出しました。
あれはいったい何だったのでしょうか……。
この植物を触ったからでしょうか。……そんな筈ありませんよね。きっと偶然です。もしかしたら気のせいかもしれません。
私は気を取り直し、珍しい植物に手を伸ばし、そっと触れる。
「っ、……! こんなことってっ……」
唇を噛み締める。
気のせいではなかったのです。
触れた瞬間、頭の中に流れ込んでくる光景。
それは驚くべき現象です。でも、不思議と恐怖を感じません。
だってこれは、きっとこの世界の草木が目にした光景。
そう、大地の記憶でした――――。
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