十四ノ環・幻の世界、三界の神話。1


◆◆◆◆◆◆


 消滅した六ノ国に人間の気配はなかった。

 いや、大地すらもかつての形をしていない。

 冥界が衝突した衝撃で辺り一帯の地形が変わったのである。山も川も平原も、砂漠さえも破壊されて形を変えた。

 その破壊は六ノ国だけに留まらず、周辺諸国にまで影響している。今やサニカ連邦から多くの人々が逃げ出し、難民となって人間界の各国へ流れているのだ。

「地図が作りやすそうだ」精霊王が感心したように言った。

「見晴らし最高だ」ジェノキスも大きく頷く。

 そんな二人に「他人事だな」と魔王が呆れた。


「他人事だからな」


 精霊王はそう言うと、他人事ではいられない勇者を見下ろした。

 しかし勇者は分かっているのかいないのか、今は目の前の冥界にいるブレイラのことで頭が一杯だ。

 そう、荒廃の大地に降り立った四人の目の前には大地に衝突した冥界があった。まだそれは冥界の一部だが、一国を跡形もなく消滅させてしまうほどの大きさはある。

 それらを閉じ込めているのは勇者の宝によって出現した光柱。歴代勇者たちの力である。

 現在も甚大な被害が出ているが、もし勇者の宝が発動していなければ人間界の半分が跡形もなく吹っ飛んでいただろう。


「まさか僕たちの世代が冥界に関わることになるとはな」

「ああ、最悪だ」

「冥王はさぞかし恨んでいるだろうが」

「その恨みごと消滅してもらう」


 淡々と答えたハウストにフェルベオは目を丸め、ついで「容赦ないな」と口元だけで笑う。

 二人は三界の王として、禁書の時代を繰り返すことだけは阻止しなければならない。

 禁書の時代。

 それは決して後世に伝えてはならない時代。禁忌に触れた時代のことだった。

 一万年前、世界は魔界、人間界、精霊界、幻想界の四つの世界があった。魔界には魔王、人間界には勇者、精霊界には精霊王、幻想界には幻想王がおり、四界の王と呼ばれていた。四人の王がそれぞれの世界を治めていたのである。

 四界の王とは、神格の王。その特異性は他と一線を駕するもので、神であって神でない存在である。それは創世の時代から脈々と受け継がれていた。

 しかし一万年前、幻想王が禁忌に触れた。当時の魔王、勇者、精霊王を殺し、その力を得て四界の唯一神になったのである。

 そう、神になる条件は四界の王の力を一つに集約すること。

 一万年以降、ハウストの父親である先代魔王を含めた幾人かの三界の王が神になろうとしたが失敗したのは、四人目の王である幻想王が不在だったからである。その為、先代魔王はブレイラを器にしようとしたのだ。

 だが一万年前は違った。四界が存在し、幻想王は神になることに成功したのだ。

 王を殺された三界は次世代の王が力を蓄えるのを待ち、三界が協力して神になった幻想王を討伐したのである。

 こうして無事に幻想王を討つことができたが、この過ちを三界は許さなかった。幻想界を滅ぼし、冥界として三界から追放したのである。三界から切り離された冥界は閉ざされた世界となったのだ。閉ざされた世界では力が澱み、三界には存在しない怪物を生み出す世界になっていった。それがオークやクラーケンなどの冥界の怪物だ。


「さて、ここをどう突破するか。勇者殿、できるか? 勇者殿のご先祖様の力だ」


 フェルベオがイスラに聞いた。

 この結界は歴代勇者の力によって張られたものである。ならば当代勇者のイスラなら方法を知るはずだ。

 イスラは頷いて天高く聳える光柱を見上げる。

 手の平で触れてみたり、指で突いてみたり、コンコンとノックしてみたり、くんくんと匂いを嗅いでみたり……。

 ひと通り調べたイスラは、ハウスト、フェルベオ、ジェノキスを順に見上げて一言。


「むりだ」


 あっさり答えた。無理なものは無理だった。


「こらこら勇者様、それまずいだろ。これ勇者の力なんだから」

「でもむりだ。これ、つよい」


 悔しいが、同じ勇者の力を持っているからこそ分かる。

 そこには明確な力の差があったのだ。歴代勇者の力と、イスラ一人の勇者の力では当然ともいえた。


「まあ、無理もないだろうな。だからこそ冥界を閉じ込められる。どうする?」


 そう言ってフェルベオがちらりとハウストを見た。

 ハウストは目の前の冥界を見据えたまま、躊躇わずに結界に近づいていく。そして。


「強行突破だ」


 スッと手を上げて結界に触れる。力尽くで結界に穴を開けるというのだ。

 強引過ぎる手段に皆は顔を見合わせるも、もちろん反対する者などいなかった。


「それがいい」

「アポなし正面突破は魔王様が一番得意なやつだよな」


 フェルベオとジェノキスが軽い口調で言うとハウストと同じく力を集中する。

 そんな三人の姿にイスラも大きく頷くと、小さな手に力を集中させた。

 歴代勇者が作る結界は簡単に破れるものでも、力によって強引に制御できるものでもない。まさに異空間の壁、次元が違うレベルといってもいい。

 だが三界の王の力を一カ所に集約すれば、一時的に人が通れる穴を開けるくらいなら可能なはずだ。

 三人は力を高めて一カ所に解き放つ。

 こうして結界を問答無用で抉じ開け、冥界への侵入を果たしたのだった。


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