第二章・たとえあなたが魔王でも、 勇者をあなたの望む子どもに育てましょう。4

 翌朝。


「うぅ、おも……い……」


 お腹の上にずっしりとした重みを感じます。

 それはとても柔らかですが、小さな手で頬をぱちぱちと叩かれて。


「え、えええええええええ!?」


 勢いよく飛び起きると、お腹に乗っていたイスラがころりと転がりました。

 私は慌てて抱きとめましたが、その姿に目を丸めて驚愕する。

 だって、イスラは昨日より成長していたんです。

 昨日は生まれたばかりの赤ん坊という感じだったのに、腕の中のイスラは一歳ほどに育っていました。

 有り得ませんっ。たった一日でこんなに成長するなんて絶対有り得ません!


「ハウスト起きてください! 大変です、ハウスト!」


 隣で寝ているハウストを揺すって起こす。

 無理やり起こされた彼は眉間に皺を刻みました。


「ん、なんだ……」

「なんだじゃありませんっ、イスラが大きくなってるんです! あっ、ハイハイまで始めました!」


 イスラは私の腕から抜け出し、ベッドの上をハイハイし始めたじゃありませんか。

 いったいなんなんですかっ。いくら子どもの成長が早いといってもこんなの早過ぎです!

 しかし混乱しているのは私だけでした。

 ハウストはハイハイするイスラを捕まえると、たかいたかいをするように抱き上げる。


「もうこんなに大きくなったか。一日でハイハイを始めるとは、さすが勇者だ」

「えっ……、も、もっと驚いてください。イスラが一日で大きくなったんですよ? こんなの人間じゃ有り得ないです」


 この異常事態をハウストは当然のように受け入れている。

 これじゃあ一人で騒いでいる私が馬鹿みたいじゃないですか。


「忘れたのか? イスラは人間だが勇者だ。勇者の卵から生まれたイスラの成長は普通の人間より早い」

「そうなんですか!?」

「ああ、勇者は戦う存在だ。そんな勇者が何も出来ない赤ん坊のままでは困るからな」


 そういえば聞いたことがあります。動物の赤ん坊は生まれて直ぐに歩きだすと。歩かなければ外敵から逃げられず、生きる為に必要に迫られるからです。

 勇者が人間の為に戦う存在なら、この赤ん坊も戦う為に、生存する為に成長が早いということなんでしょうか。

 俄かに信じ難いけれど、実際にイスラは一日で急成長しました。


「……もう、そういうことは最初に言ってください。びっくりしたじゃないですか」

「すまなかった。魔族にとっては当たり前のことなんでな、知っていると思ったんだ」


 私はとりあえず受け入れて納得する。

 そもそも卵から生まれている時点ですでに不思議は始まっているんです。こんなことでいちいち驚いていたら何も出来なくなってしまいます。


「イスラはこのまま一気に大人になるんですか?」

「いや、急成長するのは最初の十日ほどまでだ。十日で三歳くらいの子どもと同じくらいまで成長する。その後は普通の人間の子どもと同じだ」

「なるほど、最初の十日で三歳くらいまで一気に成長するんですね。たしかに三歳くらいから分別がつき始めますから危険も減るでしょう」


 三歳くらいから物事に対して分別がつきはじめます。

 勇者は一番危険が多い幼い期間を、最初の十日間で一気に駆け抜けるということなんでしょう。


「この調子なら今日の昼過ぎには掴まり立ちができるだろう。夜には一人で立てるようになっているかもしれないな」

「も、もうそんなことがっ」


 私はまじまじとイスラを見つめてしまう。

 昨日生まれたばかりなのに、一晩でハイハイが出来るようになってしまいました。

 今までイスラが勇者だという実感は薄かったですが、この子は勇者なのだと改めて思い直します。


「あなた、すごいんですね……」


 感心してそう言うと、イスラは「あぶぶー」と手を伸ばしてくる。

 相変わらず表情が乏しいので無愛想ですが、だっこしろ! とばかりの仕種に思わず笑ってしまいました。





 ハウストの言うとおりになりました。

 その日の昼過ぎ、イスラは掴まり立ちができるようになり、夜になると一人で立てるようになったんです。

 目を見張るような成長は喜ばしいものです。

 しかし、少し目を離した隙になんでも口に入れようとするし、土間でハイハイしようとしてすぐ砂まるけになるし、とにかく危なっかしくて大変でした。

 食事の方も、昨日はミルクしか飲めなかったのに、今夜はミルクにひたしたパンを食べました。初めてのパンを物珍しげに食べていました。小さな口でもぐもぐする姿は可愛かったです。

 でもミルクに浸しただけのパンは味気がなくてあまり美味しくなかったんでしょうね。三口ほど食べたら残していました。もぐもぐする姿は可愛かったですが、ごめんなさい、可哀想なことをしてしまいましたね。





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