第二章・たとえあなたが魔王でも、 勇者をあなたの望む子どもに育てましょう。3

 ミルクを飲み終えたイスラはまた眠っていきました。

 満足そうな寝顔に私の口元も綻ぶ。


「お腹一杯になったみたいですね。よく眠っています」


 イスラをベッドで寝かせ、指で頬を一撫でする。

 明日の朝までぐっすり眠ってくれそうです。


「ブレイラ、そろそろ俺達も休もう」

「そうですね。ではハウストはイスラと一緒にベッドを使ってください。寝返りでイスラを潰さないでくださいね」

「お前は?」

「私はその辺で寝るので大丈夫です」


 私の返事にハウストが眉をしかめる。

 彼の反応に私は苦笑しました。


「ここにはベッドが一つしかないんです」

「お前も一緒に寝ればいいだろう」

「ダメです。狭くなってしまいます」


 ここには一人用の小さなベッドしかありません。

 イスラは赤ん坊とはいえ、そんな所に三人で眠るのは窮屈すぎます。

 しかしハウストはますます不機嫌になってしまう。


「駄目だ。ブレイラがベッドを使わないなら俺も使わない」

「それは困ります。あなたはベッドでちゃんと寝てください」

「ならば一緒に寝てくれ。そうすれば俺はベッドを使う」

「でも……」

「どうする?」


 一歩も引いてくれないハウストに困ってしまう。

 なにを言っても聞き入れてくれる様子はなく、根負けしてしまいました。


「……分かりました、一緒に寝ます。でも、狭いからといって文句言わないでくださいね?」

「文句なんて言うわけないだろう。ブレイラ、来い」

「はい」


 ハウストが先にベッドに入り、ランプの灯りを消して私も隣に横になりました。

 イスラを挟んで同じベッドに寝転がります。

 …………。

 思ったとおりベッドは狭い。

 細身の私が一人で寝て丁度良いサイズなんです。そこに私より一回り大きなハウストと赤ん坊が加わっています。それが窮屈なはずがない。


「……すみません、やっぱり狭いですよね?」


 私は違う場所で寝ます、とベッドを出ることにします。

 でも、手をハウストに掴まれました。


「俺は一緒に寝たいと言ったはずだ」

「ですが、こんな狭い所じゃ」

「同じことを言わせるな」

「ハウスト……」


 有無を言わせぬハウストに胸が一杯になりました。

 掴まれている手が熱いです。

 こんなふうに言われると、込み上げる思いが処理できなくなってしまう。


「分かりました。一緒に寝ます」

「ああ、そうしてくれ」


 嬉しそうに目を細めたハウストに私も小さく笑い返す。

 改めてベッドに横になると、相変わらずベッドは窮屈なままです。

 でも、窮屈だから感じる温もりがありました。だって嬉しいと、心地良いと、そう思っている自分がいます。

 ハウストが肘をついて私とイスラを見下ろしている。

 目が合って、心臓が壊れそうに高鳴りだす。

 とても近い距離から彼の視線を感じ、恥ずかしくなって真ん中で眠っているイスラを見つめます。


「よく眠ってますね。きっと疲れたんですね」

「ああ、今日生まれたばかりだからな」

「ふふ、卵から生まれたなんて、やっぱり今でも信じられません」


 イスラの閉じられた目元をそっとなぞると、くすぐったそうに小さな眉間に皺が寄る。

 それでも起きないイスラに小さな笑みが零れます。


「イスラは勇者なんですよね。なんだか不思議です」


 今日イスラが生まれたことで、私の身に多くの出来事が起きました。自分でも運命を変えられたと意識させられるほどに。

 でもそれを迷惑に思っているわけじゃありません。だって、ハウストにまた会えました。


「お前には迷惑をかけるが、イスラを大切に育ててほしい。もちろん俺も協力しよう、イスラが強い勇者になるように」

「はい、もちろんです。ですから迷惑だなんて思わないでくださいね。私はそういうふうに思っていませんから」


 私は勇者がどういう存在かあまり分かりません。

 でも、ハウストがイスラを大切に思っていることも、勇者として強く育てたいことも分かります。その望みを叶えたい。叶ったなら、きっとハウストは喜んでくれます。


「ブレイラ、ありがとう。おやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 おやすみなさい、この言葉を口にしたのは何年振りでしょうか。

 ああ思い出しました。十年前の嵐の夜以来です。その時の相手もハウストでした。

 どうしよう、夢みたいです。十年前のあの時、十年後の自分にこんな幸福が訪れるなんて想像もしていませんでした。

 こうして体温を感じるほどの距離で一緒に眠れるなんて、本当に夢みたいです。

 ランプが消えた暗闇の中、私はハウストとイスラを見つめる。

 暗いので表情はあまり見えません。

 でも二人の温もりを直ぐ側に感じ、胸の奥がじわじわと満たされていく。

 今まで経験したことがないこの温もりは、一人では決して得ることができないもの。

 まさかそれを自分が得る日がくるなんて夢にも思っていませんでした。

 こうして、ハウストとイスラを迎えた長い一日が終わっていきます。

 今日一日でたくさんの出来事があって疲れてしまいました。

 でも、おかしなものですね、疲れているのになかなか上手く寝付けないんです。

 明日からハウストとイスラがいる生活が始まる、そう思うとドキドキします。

 明日が待ち遠しい、そんな気持ちは生まれて初めてです。





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