Ⅳ・海洋王国と陰謀と1
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「失礼します。転覆した戦艦からの乗組員救出作業を終了しました。重軽傷者あわせて三八人、乗組員は全員無事です」
「分かった。死亡者がいなかったのは不幸中の幸いだな。怪我人は手厚く保護してくれ。精霊王には俺が伝えておこう」
「畏まりました」
伝令兵が敬礼して指令室を出ていった。
気配が遠ざかり、ハウストは椅子に深く腰掛けて肩から力を抜いた。
現在、ハウストが乗船している戦艦は島へ帰還する途中である。
全員救出の報告を受けて、ようやくひと心地ついた気分になれた。
今回の海戦は海賊拿捕が最大の目的であり、それに付随する障害などなかったはずである。
それなのに、それがどうした訳かいにしえの時代に封印されたクラーケンが出現した。
千年以上前に封印されたクラーケンは、もはや伝説の怪物に近かったというのに……。
ふと、指令室の外がざわつきだした。
慌ただしい足音が指令室の前で止まり、扉をノックされる。
「失礼します。精霊王様がお出になりました」
「やはり来たか。通してくれ」
来ると思っていた。
なぜなら、千年以上前にクラーケンを封印したのは当時の精霊王なのだから。
島に残っていた精霊王は、クラーケン出現の報告にいてもたってもいられず転移魔法で戦艦に来たのだろう。
「失礼する! クラーケンが出現したと聞いたが、それは本当か?! なぜそんな怪物が今頃になってっ」
精霊王フェルベオが美少年らしからぬ剣幕で指令室に飛び込んできた。
その後ろに控えたジェノキスが「落ち着いてください」と宥めるも、今のフェルベオに聞き入れる余裕などない様子だ。
「それはこっちのセリフだ。ジェノキスから封印したと聞いていたが?」
「ああ、文献には確かに封印したと残っている! そしてそれは未来永劫解かれることはなく、封印の中でクラーケンは死滅するだろうと! それなのにどうして……っ」
「封印が解かれたとしか考えられない。問題は誰が解いたか、だ」
ハウストの言葉にフェルベオも考えこむ。
千年以上前とはいえ精霊王の施した封印が偶発的に解けることは考えられない。故意的でなければ、決してクラーケンの封印は解かれなかったはずだ。
だが何の為に、誰がクラーケンの封印を解く必要があったのか……。
「とりあえずクラーケンの捜索を最優先する。あんな怪物を第三国の海に野放しにしておくことはできない」
「そうしよう。精霊界としてもクラーケンを放置することはできない。いや、むしろクラーケンの件は僕の方でも動かせてもらう。ご先祖様の封印を解いた者を許すわけにはいかない」
急遽クラーケン討伐が正式に決まり、ハウストとフェルベオはクラーケンの捜索とそれに関する情報収集を急がせた。
そんな中、またも指令室の扉がノックされる。
「緊急の追加報告で参りました!」
「入れ」
「失礼します」
入ってきた兵士を見て、ハウストは訝しげに顔を顰める。
兵士が手に持っていたのは見覚えのある衣装だったのだ。
今朝、海戦の見送りをしてくれたブレイラが着ていたものと似ている。
嫌な予感に、心臓がどくどくと嫌な鼓動を鳴らす。大丈夫だ、ブレイラは城にいるはずだと内心で何度も言い聞かせた。
「どうして、それを持っている……?」
「実は転覆した戦艦は乗組員以外に二人の民間人を保護していたことが分かりました。年齢の離れた兄弟が遭難していたところを保護したそうです。この衣装は、その時に兄の方が着ていたものと報告がありましたが、その、……報告を聞いていると、特徴がブレイラ様に似ていたので魔王様に検めていただきたく」
「見せろっ」
衣装を受け取り、全身から血の気が引いた。
触れた生地の感触は、ブレイラを抱き寄せた時の感触を思い起こさせたのだ。
「保護した二人は今どこにいる!」
「そ、それが現在行方不明になっていますっ。誠に申し訳ありません! 戦艦で応対したのが下級士官だった為、保護した時にブレイラ様とイスラ様だとは気付かずっ……」
「謝罪はいらん! 誰か二人を見た者はいなかったのか!」
「別の戦艦に乗っていた者が、イスラ様らしき子どもがクラーケンとともに海に消え、その後、ブレイラ様らしき方が逃亡中の海賊船へ向かっているのを目撃しています」
「っ、クソッ!」
どうして城で待っている筈のブレイラとイスラが戦艦に乗っていたのか分からない。
分からないが、戦艦がクラーケンに襲われて転覆していったのをハウストも目にしている。まさか、あそこにブレイラとイスラがいたなんて想像もしていなかった。
「ブレイラ、イスラっ……!」
最悪だ。
どうしてそこにいたと怒りすらこみあげる。
二人は城で待っている筈だったのに、イスラは海へ消え、ブレイラは海賊を追ったという。
おそらくブレイラが海賊を追った理由はイスラの為だ。だとしたら、海賊とクラーケンは何らかの繋がりもあるはずだ。
「ブレイラとイスラを捜索しろ! 徹底的に探して必ず見つけだせ!!」
魔界全軍に命令が下された。
ブレイラだけでなく勇者イスラも行方不明になったことで、精霊界全軍も二人の捜索に加わる。
後にこれは、人間界の一国も巻き込んだ騒動へと発展していくのだった……。
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