Ⅲ・海戦と怪物と11

「おい、がんばれ! ちゃんと手当てしてやるからもう少し待ってろ!」

「うぅっ、いてぇ、船長いてぇよ! 畜生っ、魔族どもめ!」

「やり返したきゃしっかりしろ! 次にやり合う時は目にもの見せてやれ!」


 甲板には怪我をした海賊たちが寝かされていて、船長はひとりひとりに声をかけて励ましています。

 完全に油断していますね。チャンスは今しかありません。

 私は甲板に転がっていたナイフを咄嗟に手に取りました。

 それを懐に隠し、甲板に寝かされている怪我人に素早く近づいていく。そして。


「動かないでください!! この男を解放してほしければ、動くんじゃありません!!」


 怪我人を人質にしてやりました。

 寝ていた怪我人を無理やり起こし、首元にナイフの刃を押し当てる。


「な、なんだこいつっ、離せ!」

「黙りなさい! おとなしく人質も出来ないんですか?!」


 一喝して人質を黙らせると、騒然とする海賊どもを見回し、そして船長で視線を止める。


「お久しぶりですね、船長さん」

「誰かと思ったら……。これはこれは魔王の寵姫様。こんなむさ苦しい場所にようこそ」


 船長が白々しいほど恭しくお辞儀しました。

 魔王の寵姫。この言葉に海賊たちがざわつきました。

 当然です、魔王が海賊拿捕に踏み切った原因が目の前に現われたのですから。

 海賊たちは憎しみと殺意を剥き出しにしますが、今はそんなものに構っている時ではありません。


「挨拶など不要です。あなたと取引きがしたくてここに来ました」

「取引きだと? ハハッ、笑わせんなよ。俺がそんな話しを聞くと思ってんのか?」

「思っています。だってあなた、とても仲間思いのようですので」


 そう言って人質の首元にナイフの刃をぴたりと押し付けてやりました。

 船長に見せつけるように人質を盾扱いにする。後少し力を入れるだけで首が傷付いてしまいますね。

 ざわりっと甲板の空気が変わり、私は口元に酷薄な笑みを浮かべました。


「海に落ちた仲間を一人も見放さずに救出し、怪我人をひとりひとり励ましていましたね。その姿とても素敵でしたよ? 私、優しい方は大好きなんです」

「それが取引きする態度かよっ」

「そうですね、言葉を間違えました。これは取引きではありません、あなたに拒否権のない命令です。でないとこの人質がどうなっても知りませんよ? 仲間、大事ですよね?」


 挑発した私に船長がスッと目を細めます。

 鋭い眼光で睨まれるとさすがに迫力がありますね。ちょっと怖いですよ?

 もし今でなければ震えあがっていたでしょう。ガクガク震えて逃げ惑っていたでしょう。

 でも今、私の頭は無風の海のように冷静でした。


「あんたにそんなことが出来るのか?」

「なんだって出来ますよ。心配していただかなくても、この人質で失敗しても大丈夫です。だって、この甲板には怪我人がごろごろ寝転がっているじゃないですか。一人残らず利用してやります」


 言葉が淡々と口から流れでました。

 そう、なんだって出来ます。イスラを取り戻すまではなんだってしてやります。迷いはありません。


「時間がありません。まず私の質問に答えなさい。あなたはクラーケンの存在を知っていましたね。少なくとも私と洞窟のアジトで出会った時、この海域にクラーケンが棲み付いていると既に知っていた」

「……それがなんだっていうんだ」

「あなたはクラーケンの居場所、もしくは出現条件、他にもクラーケンに関するなんらかの情報を持っている。違いますか?」

「さあなっ。そんなもん知るかよ! だいたいあんたがそんなこと知ってどうすんだよ!」

「イスラがクラーケンとともに海に消えました。自分から追いかけたのか、それとも連れ去られたのか分かりません。でもそんなことは関係無いです。私はイスラを助けます」

「海に引き摺りこまれたんだろ? そんなの死んでるに」

「生きてます!!」


 強い口調で遮りました。

 そんな不吉な言葉は最後まで言わせません。そんなの絶対許しません。絶望の可能性なんて私は考えない。


「決めつけないでください、イスラは生きています。絶対に生きています!!」


 きっぱり断言しました。

 船長を見据えて放った言葉に、海賊たちがざわめきだす。「狂ってんのか?」「わけ分かんねぇな」「ただのヒスじゃねぇか」ひそひそと囁かれるそれは当たり前の反応でしょう。

 でも私は認めません。イスラは絶対生きている。誰が信じてくれなくても、親の私は信じています。

 重い沈黙が落ちました。

 船長の鋭い眼光がじぃっと私を見据えています。でも目は逸らしません、睨み返してやります。

 少しして船長からふっと緊張感が抜けました。


「……いいだろう、あんたをクラーケンの所に連れてってやる」

「本当ですか?!」


 船長の返事に僅かな希望が見えました。

 しかし納得いかない海賊たちが騒ぎだす。


「なんでだよ船長っ!」

「そんな奴やっちまえよ!」

「うるせぇ、船長命令だ! こいつは今から俺の客だ、てめぇら絶対に手を出すなよ!」


 シンッと静まり返った甲板に、「いいな!!」と船長が念押しします。

 するとようやく海賊たちは渋々ながらも頷きだしました。

 そんな仲間たちの姿に船長は苦笑する。


「大丈夫だ、こんな奴に好き勝手されるわけねぇだろ。こいつは魔王の弱点みたいなもんだ、もしもの時は人質にして利用させてもらう」

「あ、あなたっ」

「今更だろ? 魔王はあんた一人の為にこんな大掛かりな海賊狩りをおっぱじめやがったんだ。しかも魔王直々に出張ってくるなんて、相当なもんだぜ? これ以上ないほどの人質になる」


 そう言って船長はニヤリと笑いました。

 堂々とした人質宣言に唇を噛みしめます。

 でも、ようやく掴めた希望は離しません。この希望はイスラへと繋がっているのですから。


「好きにしなさい、私も好きにします」

「いい返事だ、なら決まりだな。俺はアベルだ。あんたは?」

「私はブレイラです」


 海賊に名前なんて名乗りたくありませんでした。

 しかし掴んだ希望は離しません。イスラへ繋がっている道に進むことを迷いたくありません。たとえどんな困難な道でも構いませんでした。

 イスラは勇者です。人間の希望を背負い、人間を守護する王です。

 でもそれが何ですか、イスラは私の大事な息子です。

 私が守ってあげなくて誰が守るというのです。

 こうして私は海賊船に乗り込み、イスラを奪還する為にクラーケンを追うことになりました。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る