第四章・ごめんなさい、初恋なので勘違いしたのです。私は最初から独りでしたね。7

「お、おまえはっ、おまえは……、あ、ああ……」


 バイロンは恐怖のあまり声が引きつり、青褪めて後ずさります。

 しかしハウストは逃げることを許さない。


「もう一度聞く。お前は俺の同胞に何をした」


 バイロンは全身をガクガク震わせながらも、逃げ切れぬと察して剣を握り締める。

 そしてハウストに剣を構えて突っ込んでいく。


「こ、この魔族が!! っ、ぐああああ!!!!」


 しかし剣が届くことはない。

 届く前に魔狼がバイロンに飛びかかって絶命させたのです。

 先ほどまで静寂だった森に怒号と悲鳴が響き、生臭い血の臭いが漂っている。

 その中で、私はハウストを食い入るように見つめていました。

 そしてハウストも私を見つめ、そして女性の亡骸に目を細める。


「ブレイラ、お前が看取ってくれたのか」


 ハウストが静かな声色で言いました。

 女性の亡骸を見つめる眼差しはひどく切ないもので、私の胸が痛くなる。


「……何もできませんでした……」

「いいや、ありがとう。感謝する」


 ハウストは女性の顔を見ながら言いました。

 女性の穏やかな死に顔に手を伸ばし、頬をひと撫でする。そして私の手から亡骸を受け取りました。

 女性の亡骸を抱く腕は優しく労わりに満ちて、同じ魔族である彼女への弔いをみせる。

 どうしてでしょうか、疎外感を覚えてしまいます。立ち入ることができない疎外感を。

 言葉をかけることすら出来ず、黙って女性の亡骸を抱くハウストを見つめます。

 少ししてようやくハウストが私を見たと思ったら、以前突然出ていったことなどなかったような顔で口を開く。


「久しぶりだな」


 思わず唇を噛み締めました。

 なんて酷い男だろうと思いました。

 勝手に出て行って、何ごともなかったように「久しぶりだな」などと言う。

 あなたにとってたったそれだけの事なのかと、怒りすら覚えました。

 罵りたい。罵詈雑言を撒き散らして、酷い男だと思いきり罵ってやりたい。

 でも。


「お久しぶりですね」


 でも、責める言葉が一つも出てきませんでした。

 私も、あの一方的な別れなどなかったように振る舞ってしまう。


「……今まで、どこに行っていたのですか? 長く帰らないので、ずっと心配していたんです」


 やっと発した言葉は日常の言葉。

 その日常にハウストは少し驚き、次に哀れみ、そして優しく苦笑する。


「すまなかった。鍛錬が長引いたんだ」

「そうでしたか。あなたもイスラもお疲れでしょう?」


 私は以前のように笑ってみせました。

 笑顔は少し失敗したかもしれません。でも、私も何ごともなかったように振る舞いたかったのです。

 あの時に感じた絶望も、悲しみも、痛みも、孤独すらも、何もかもに蓋をして白々しい日常を続けたい。

 愚かだと分かっています。

 でも、怖いのです。

 愛しているから、愛されたいから、どうしようもなくハウストが怖いのです。

 私は、自分がハウストに捨てられたことを認めたくない。大丈夫、私は捨てられていない。だって、彼は目の前にいるじゃないですか。


「俺はまた戻るが、お前も来るか?」

「……私も、連れてってくれるのですか?」

「イスラがお前に会いたがっている。ブレイラに会いたいと、ずっと駄々を捏ねているんだ」

「そうですか、困った子どもですね……」


 私は苦笑し、ハウストだけを見つめます。


「では、私も連れていってください。あなたの所へ」


 そう言って、笑みを浮かべてみせました。

 やはり今度も失敗したかもしれません。きっと歪んでしまったことでしょう。

 だって胸が痛いです。痛みで心がじくじくと膿んでいきます。

 でも、すべての痛みに蓋をしました。

 頭の片隅にいる冷静な私が、私自身の愚かさを嘲笑っている。

 しかし私はそれでも、それでもハウストの手を取り、魔界へ行くことに躊躇いはありませんでした。

 愚かだと分かっていても、もしかして今度こそ愛されるんじゃないかと縋ってしまうのです。




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