Ⅸ・求婚と婚約と1
モルカナ国の城にある広間。
ここにモルカナ王となったアベルや執政補佐官のエルマリス、他にも国の大臣をはじめとした武官や文官など、国の中枢に名を連ねる者たちが揃っていました。
そしてモルカナ国以外からは魔王ハウスト、精霊王フェルベオ、人間の王であるイスラ、私、他にもジェノキスなど今回モルカナに入国していた魔族や精霊族の姿もあります。
今、広間は緊張感に包まれていました。
クラーケン討伐は成功したものの、王妃と執政官が残した爪痕は深いものだったのです。
それも当然でしょう。今まで国を治めていた王妃と執政官が怪物となっていたのですから。
そして失踪していた正当な王位継承者であるアベルが国に帰還し、城内に混乱と動揺が広がったのです。
広間では国の今後が話し合われていましたが、それは話し合いというより怒号の応酬といった方が正解かもしれません。
特に王妃の実子だった第二王子の処遇については意見が別れました。
王妃は怪物になったのです。ならば第二王子も怪物ではないかと疑われ、処刑すべきという意見まで出ています。
聞いていられませんでした。第二王子はまだ子どもで、もちろん怪物などではありません。それはハウストによって確認されているので間違いないです。
しかし異形を怖れた大臣や高官が恐れ、処刑しないまでも幽閉せよという意見が強くなっていました。
「ハウスト……」
聞くに堪えません。なんとかならないものかとハウストを見ると、首を横に振られました。
「他国の、しかも人間界の一国の問題だ。俺が内政にまで関与すれば、あの男は軽んじられていずれ失脚するぞ」
「そういうものなのですね……」
この問題は、アベルが王である為にアベル自身が解決しなければならない事なのですね。
私は内政や外交の駆け引きに疎いので、ハウストがそういうならそうなのでしょう。
こうして怒号が飛び交う中、今まで黙って皆の意見を聞いていたアベルが口を開きます。
「皆の話は聞かせてもらった。第二王子の処遇についてだが、第二王子は王妃の異変には気付いていなかった。気付けるような年齢でもない。よって今まで通りとする」
アベルが厳かな口振りで言い放ちました。
しかしその内容に大臣たちが反対します。
「な、なんとっ、それでは危険です!」
「よく考えてください! あの王妃の息子ですぞ?!」
大臣たちが口々に王妃と執政官の悪行について訴えだしました。
なかには先代王が生きていた頃にまで遡る内容まであります。
悪行を並べたてて許すまじ、と声を荒げる大臣たちはとても勇ましいです。
しかし悪行が並ぶにしたがって、身勝手な大臣たちにアベルの怒りが高まっているようでした。
気持ちは分かります。アベルが海賊の時、誰も声を上げなかったのですから。それを今頃になって王妃と執政官を断罪しようとしても、アベルの目には軽薄に映るだけなのです。
次第にアベルは苛々し始め、――――ガンッ! 椅子の肘置きに拳を叩きつける。
広間がシンッと静まり返りました。
そしてアベルはギロリッと大臣たちを睨みつけます。
「うるせぇっ。俺の決めたことに文句あんのかよ!」
「ア、アベル様っ!」
エルマリスが慌ててアベルを止めようとしましたが、もちろん止められる筈がありません。
「俺が今まで通りだって決めたんだ、だから第二王子は今まで通りなんだよ! 俺の決めたことにいちいち文句言うんじゃねぇ!!」
アベルはそう怒鳴ると、大臣たちを振り返りもせずに広間を出て行ったのでした。
そんなアベルの替わりにエルマリスが私たちや大臣に頭を下げています。
…………本当に大丈夫なのでしょうか。
モルカナ国には正当な王位継承者が帰還しましたが、素人の私にも前途多難に見えてしまいます。
「ハウスト、こういうのって大変なんですね」
「内政問題はどこの国にもあるものだ。全ての重臣が忠臣になり得るとはいえないからな」
「魔界の重臣の方々はよく纏まっていたように見えましたが」
「俺のところは先代が先代だったからだ。それに三界の王の力は絶対だ」
「……それは、まあ、たしかに」
先代魔王を思い出して、なんとも複雑な気分になりました。
神になろうとした先代魔王には散々な目に遭ったのです。
「ブレイラ、俺たちも部屋に戻るぞ。お前やイスラには聞きたいことがある」
「はい、魔笛のことやクラーケンの中で出会った過去の勇者のことですよね」
「ああ、精霊王にも聞かせておいた方がいいだろう」
「分かりました」
ハウストに促され、私とイスラも広間を出ます。
出る際に大臣たちの方をちらりと見ると、見るからに不満や不審で一杯の顔をしていました。
大臣たちに怒りを覚えるアベルの気持ちも分かりますが、これはなんとも複雑な問題です。
このまま何も起きなければいいのですが……。
広間から部屋に戻ってきた私は四人分のハーブティーを淹れました。ハウストとフェルベオとジェノキスと私の分です。
そしてイスラにはリンゴを剥いてあげます。
シュルシュルとリンゴの皮を剥く私の手元をイスラが興味深そうに見つめています。
「ほら、長く剥けましたよ?」
細長い螺旋のようになったリンゴの皮を見せると、「ブレイラ、すごい!」と素直に瞳をキラキラさせました。
「ブレイラ、バナナもたべたい」
「どうぞ」
「パイナップルも」
「いいですよ。キウイも切ってあげますね」
「ブレイラ、だいすき!」
「ふふふ、私もですよ」
イスラのリクエストに応えているうちに、気が付けばガラスの大皿にフルーツの盛り合わせができていました。
我ながら甘やかしすぎかと思いましたが、イスラに「ブレイラ」とちょっと舌足らずに名前を呼ばれると、もうだめです。ずっと離ればなれだったので、ついつい甘やかしたくなってしまうのです。
ハウストやジェノキスが少し呆れた顔をしているような気がしますが、今日だけは気付かない振りをしますね。だってイスラが帰ってきてくれて本当に嬉しいのです。
そんな私とイスラの様子をハウストは見守ってくれていましたが、そろそろいいか? とばかりに本題に入りました。
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