Ⅸ・求婚と婚約と2
「ブレイラ、執政官が召喚したのも、クラーケンの中で自主召喚されてきたのも、オークだったんだな?」
「はい、間違いないです。どうしてクラーケンの中で自主召喚されたのかまでは分かりませんが……」
私が答えると、ハウストとフェルベオが顔を見合わせました。
二人は今まで見たこともない複雑な顔をしています。
「クラーケンの中で自主召喚現象が起きたのは、クラーケンがオークと同じ世界の怪物だったからだろう」
「同じ世界……? 三界にオークが存在するなんて聞いたことがありませんが」
問い返した私に、ハウストが深刻な顔で口を開きました。
「冥界だ」
「冥界? 初めて聞く世界です」
「ああ、一万年前に滅びた世界だ。一万年前、世界は四つあった。魔界、精霊界、人間界、そして幻想界」
「幻想界……。もしかしてその世界が?」
「ああ、滅びて冥界になった。冥界は閉ざされ、三界には干渉できない筈なんだが……」
そう言ったハウストにフェルベオも重く頷きます。
「あの王妃の異形の姿は冥界の影響を受けたものだろう。オークを召喚したという執政官も冥界に堕ちていたと考えられる。問題は、普通の人間がどうやって冥界に接触したかだ」
「今回のクラーケンの一件は念入りに調査した方がよさそうだ。冥界に堕ちた王妃と執政官についても調べる必要がある」
ハウストとフェルベオが難しい顔で話し込んでしまいます。
どうやら深刻な事態が起こりつつあるようです。
でも、見たことも聞いた事もない冥界という世界に私はいまいちピンときません。
ジェノキスを見ると、彼も複雑な顔をしていました。
「ジェノキスは冥界を知っていましたか?」
「知識としてだけな。だが、ほとんど神話の領域だ。でも今回のことで、実在する真実の神話ってことになりそうだけどな」
こうして話していると、ふと部屋の扉がノックされました。
返事をしようとして、その前に勝手に扉が開かれます。
「邪魔するぜ」
「アベルっ」
扉を開けたのはアベルでした。その後ろにはエルマリスもいましたが、室内の顔ぶれに顔面を蒼白にしてしまう。
「も、もも申し訳ありませんっ! アベル様にはきつく言い聞かせますのでっ!」
「ああ? てめぇ、誰が主人か分かってんのか」
「アベル様ですっ。アベル様だから、こうしてるんじゃないですかっ!」
耳元で言い返したエルマリスにアベルが煩そうに顔を顰めている。
そんな二人の様子に思わず笑ってしまいました。とても仲の良い幼馴染の光景です。
「いいから入ってきなさい。何か話しがあるのでしょう?」
忙しい二人が用事もないのに訪ねてきたとは思えません。
どうぞと部屋の中に促すと、アベルが頭を深々と下げました。
「さっきは悪かった! 大臣どもにムカついたとはいえ、恥ずかしい姿を見せたと反省してる!」
開口一番飛びだした謝罪。
意外すぎて大きく目を丸めてしまう。
「アベル……、あなたが謝るなんてっ……」
お、驚きました……。
海賊をしていた時の不遜な印象が強いので、まさかこんなふうに謝れる男だったなんて。
アベルは頭をあげると驚く私の顔を見て少し拗ねた顔をします。
「……んだよ、その顔は。俺だって好きで謝ってるわけじゃねぇよ、外交だ外交。エルマリスが言ってた」
「ああ、なるほど」
謝罪一つにも大きな外交作用があります。表面上だけでも謝罪しなければならない時もあるし、心から謝罪したくても立場上出来ない時もある。アベルはこれからそんな駆け引きの中で生きていかなければなりません。これはアベル自身が選択した王族としての道です。
「アベル様、正直に言わないでくださいっ」
「うっせぇな」
控えていたエルマリスが焦っていますが、アベルはどこ吹く風であしらいます。
そんな二人に笑ってしまいました。アベルは一人で生きていくわけではありませんでしたね。二人はやっぱりどこから見ても幼馴染です。
私が二人の様子に目を細めると、フェルベオが笑いながら口を開きました。
「気にしなくていい。まずはあの大臣どもを黙らせてみせることだな。そうでなくては王は務まらない」
「高みの見物とはいい身分だな」
「いい身分だからな」
からかうフェルベオに私は苦笑し、次いでハウストを見ます。
ハウストは興味なさげにハーブティーを飲んでいました。
特に怒っている様子はないので大丈夫でしょう。
「どうぞ、ハーブティーを淹れます」
私が支度を始めると、エルマリスが慌てて駆け寄ってきます。
「ブレイラ様、僕が」
「いいえ、私がします。座ってください」
二人にソファに座るように促しました。
並んで座る二人の姿は対照的です。アベルは相変わらず太々しいですが、エルマリスは部屋の中の顔ぶれに恐縮しきりです。
こうして見ていると、やはりアベルとエルマリスは新米の王様と執政官という感じで、初々しさのようなものを感じますね。アベルもエルマリスもそれなりの場数を踏んでいますが、ハウストやフェルベオやジェノキスらと比べると幼さがあります。
この二人がどんな王様と執政官になるのか今から楽しみです。
「温かいうちに飲んでくださいね」
二人の前にハーブティーを置くと私はイスラの隣に戻りました。
アベルはハーブティーを一口飲むと、改めて本題を話しだす。
「これが勇者の宝ってのは本当か?」
そう言ってアベルが取りだしたのはモルカナ国の秘宝であり、勇者の魔笛でした。
最初はクラーケンの封印を解いたり、呼び出す為のものだと思っていましたが、どうやら用途はそれだけでないようです。
「はい。歴代勇者が持つもので、勇者がいない間は人間界の国の秘宝として保管されるそうです。クラーケンの中で千年以上前の勇者に聞きました」
「クラーケンの中で会った勇者って、あれか? 俺の国の伝承に残っている、クラーケンに飲まれて死んだ勇者」
「そうです、ジレスと名乗りました。イスラがクラーケンを倒すことにこだわったのも、どうやら呼ばれていたみたいです」
「そうか、てことは俺の国以外の人間界の国には、他にも勇者の宝が眠ってるってことだな。どうするんだよ、取りに行くのか?」
「いいえ、行きません」
きっぱり答えました。
過去の勇者であるジレスは『いずれ必要になる』と予言のように言っていましたが、今はその時ではない筈です。何より、『いずれ』の時など今は考えたくありません。
「そうか、まあ好きにしろよ。でもこの魔笛は勇者のものだ。勇者に返すぜ」
ぽんっと魔笛が渡されてしまいました。
あまりにもあっさり秘宝を渡されて驚いてしまいます。
「これってモルカナの秘宝でもあるんですよね、いいんですか?」
「勇者のもんだろ。なら勇者が持ってた方がいいんじゃねぇのか?」
「はあ、まあ、そうですね……。イスラ、欲しいですか?」
聞いてみると、イスラはじぃっと魔笛を見つめました。
でも少ししてふるふると首を横に振ります。
「いらない」
「いらないそうです」
「ああ? なんだそれ……」
「まだ必要ないのでしょう」
「……そうかよ、まあいいけど。それじゃあ預かっとくから、必要になったらいつでも言え」
「ありがとうございます。今は気持ちだけ頂いておきます」
こうしてあっさり本題が終わりました。
アベルはイスラの為に魔笛を譲ることを考えてくれていたのですね。今は気持ちだけで嬉しいです。
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