Ⅷ・魔王様と勇者と私と4
「ご先祖様の封印が解かれるなどあってはならない事だった! 怪物よ、封じるなど生易しいことはしないっ。消滅するがいい!!!!」
精霊王が声を張り上げ、魔力の塊である巨大な光球が放たれました。
光球はクラーケンを飲み込み、あっという間に跡形もなくなっていく。
こうして小指ほどの欠片すら残させず、クラーケンはこの世界から消滅したのでした。
「終わりましたね」
空中に投げだされていた私たちは空からそれを見ていました。
イスラは少し不満そうです。
「……なにもできなかった。オレも、たたかえたのに」
「ふふふ、なに言ってるんですか。あなたのお陰でクラーケンのお腹から出ることができました。ありがとうございます、イスラ」
「ブレイラっ」
「わっ、こらっ。こんな所で危ないですよっ」
前に座っていたイスラが急に抱き付いてきて、慌てて小さな体を抱きしめます。
私の胸に顔を埋めるイスラの頭をいい子いい子と撫でてあげます。こんな小さな体で本当によく頑張りました。
そして空から海を見渡す。見つけた。一番大きな戦艦の甲板にハウストがいます。
ハウストは甲板から空を、いいえ、私を見上げている。
表情など分からないほど遠いのに、それでも私を見つめているのがはっきりと分かります。
「ハウストの所へ、連れて行ってください」
そうお願いすると魔狼が空を駆けだしました。
一陣の風のように空と海を駆け、戦艦の甲板にいるハウストの前へと降り立ちます。
「……ただいま、戻りました」
魔狼から降りて、ハウストの前に立ちました。
ハウストの顔が見れなくて視線が無意識に落ちてしまいます。すでにハウストには知られていたとはいえ、勝手な行動をしていたことには変わりないのです。
「申し開きがあるなら聞こう」
ハウストに淡々とした声で言われて唇を噛みしめました。
やっぱり怒っているのでしょうか。ハウストの一言一言がとても怖い。
黙りこんでいると、ふとイスラが魔狼からぴょんと飛び降りて、私を庇うように前に立ちました。
イスラが無言のままハウストを睨む。私が怒られていると思ったのかもしれません。
「イスラ」名を呼んで小さな肩に手を置きました。
すると眉を八の字にして私を見上げてきます。
「ブレイラ……」
「心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫ですよ」
そう言って安心させるように笑いかけると、改めてハウストと向き合いました。
ハウストが言葉を待っています。
申し開きなどありません。そんなもの許されるわけがないです。
でも申し開きのかわりに、一つだけ願うことを許してほしい。
「ハウスト、どうか……、どうか私を……嫌いに、ならないでください」
許されたい願いはこれだけです。
どうか嫌いにならないでくださいと。
私はハウストを見つめ、おそるおそる手を伸ばす。
拒まれたらどうしよう、迷いがよぎる。とても怖いです。
伸ばした手が触れる寸前で止まりそうになりました。でも、その手がハウストの大きな手に掴まれました。そして。
「どんな時も俺に触れることを恐れるな。お前だけに許していることだ」
「ぅっ、ハウスト……っ」
涙が込みあげました。
掴まれた手がそっと引き寄せられ、強く抱き締められる。
「ハウストっ、ハウスト……っ」
何度も名を呼び、彼の背中に両腕を回してしがみ付きました。
彼の肩に顔を埋めて泣いていると、足にぎゅっと抱きつかれます。
見下ろすとイスラでした。
「ブレイラ、だっこ」
オレを忘れるなとばかりに両手を伸ばされ、私の顔が綻ぶ。
私はイスラを抱き上げようとしましたが、その前に肩に手を置かれて制止されます。
何ごとかと振り返ると、ハウストは静かにイスラを見下ろしていました。
イスラを見つめるハウストの横顔は厳しいもので、少しだけ怖い。
でもイスラは真っすぐにハウストを見上げて対峙しています。
最初に沈黙を破ったのはハウストでした。
「自分で呪縛を解いたのか」
「うん……」
イスラは緊張しながらも頷きました。
イスラが呪縛魔法をかけられてからいろいろありましたが、イラスの中ではハウストに怒られた時のままなのです。きっとハウストに怒られると思っているのかもしれません。
そんなイスラの緊張の中、ハウストがふっと穏やかな表情を浮かべます。
「そうか。……よく頑張ったな」
ハウストがそう言った瞬間、イスラの顔がパァッと明るくなりました。
そしてイスラの小さな体がハウストに抱き上げられる。イスラは照れ臭そうに、でも嬉しそうにハウストに抱き付きました。
「うんっ。オレ、がんばった!」
「良かったですね、イスラ」
はしゃぐ様子に笑いかけると、「うん!」とイスラが大きく頷く。
いい子いい子とイスラの頭を撫でてから、ハウストを見つめました。
「ハウスト、ありがとうございます。ほんとうに……っ」
嬉しくて、嬉しくて声が震えました。
そんな私をハウストは愛おしげに見つめ、優しく口付けてくれたのでした。
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