Ⅵ・船長と幼馴染と9
「おい、泣くなって言っただろ」
「アベルさま、アベルさま……っ。う、うわああああああん!!」
自分の王の名を繰り返してエルマリスは号泣する。
エルマリスはしゃくりあげながら石畳みに両膝と両手をついてアベルに土下座した。
「うっ、うぅ、たいへん申しわけ、ありませんでしたっ! 父が、アベルさまを、こんな目にっ。なんてっ、なんてお詫びをしたらいいかっ! ほんとうにっ、ほんとうに申し訳ありませんでした!!!!」
「やめろバカッ! 土下座なんかするな!」
「アベル様の今までの悲しみと苦労を思うとっ、どんなにお詫びしても足りません!!」
土下座しながら泣き崩れるエルマリスにアベルは困った顔をする。
五年振りの再会は嬉しかったが、こんなことをされたかった訳じゃない。
先代国王が崩御するまでは、アベルとエルマリスは親しい友達のように一緒に遊んだり、剣の稽古をしたりした仲なのだから。
「お前が謝んなよ。むしろ感謝してんだから」
「うっ、アベル様……?」
「いろいろ情報くれてただろ? 見つかったらお前だってやばいのに、あれで何度も救われたんだぜ? ずっと俺を支えてくれてありがとうな」
「アベル様っ! う、うわあああああん!!」
感極まってまた泣きだしたエルマリスにアベルは苦笑した。
「うっ、うっ」とエルマリスの嗚咽だけが地下牢に響く。
アベルはしばらく見守っていたが、エルマリスの再会の感激があんまり続くので苦笑した。
「おい、そろそろいいだろ。泣きやめよ」
「は、はい……っ」
はいと答えつつも、エルマリスの涙が引っ込む様子はない。
しかし、エルマリスとて地下牢に泣きにきたわけではないのだ。
鉄格子越しに声を潜めて話しかける。
「アベル様にお話があって参りました。アベル様の処刑を阻止する計画がございます。最後まで決して諦めないでください」
「馬鹿かっ、なに考えてんだ!」
「な、なぜ怒るのですか?!」
いきなり馬鹿と言われてエルマリスは慌ててしまう。喜んでもらえると思っていたのだ。
「そんなことしたら、いくら執政官の息子のお前でもただで済むわけねぇだろ! てめぇは関わんな!」
「アベル様っ、お気持ち嬉しく思います! でも、もう覚悟は決めております! それに一人ではありません、ブレイラ様も共に計画しております!」
「ブレイラもだと?! ……それこそ大丈夫なのか?」
アベルは逆に心配になってきた。
なぜなら、今回大規模な海賊狩りが行なわれたのも、拿捕される原因になったのも、すべてはブレイラを船に乗せて魔王の逆鱗に触れたからだ。しかもブレイラ本人は自分の立場の自覚があるのかないのか、開き直りによる突発的問題行動を起こす傾向にあった。そんなブレイラが味方だとエルマリスは言ったが、はたしてそれは上手く作用するのか。場合によってはモルカナ国にとって最悪の事態を招きかねない。
「……お前、賢いのに危険な賭けにですぎだろ」
「そ、そんなこと言わないでくださいっ。たしかにブレイラ様は目に余ることもございますが、運命を共にしようと、そう言って覚悟を決めています」
「おい、覚悟ってなんだ。そんなん勝手に決めて、勝手に俺を巻き込んでんじゃねぇ」
「いいえ、今回ばかりはそうしなければアベル様をお救いできませんっ」
「馬鹿か! それで取り返しのつかないことになったらどうするつもりだ! 魔王の寵姫に関わるなんて国にとってもリスクがデカすぎるだろ!!」
「構いません。その覚悟はできていますっ!」
「なにが覚悟だ! 勝手なことすんな!」
「します!!」
エルマリスが遮るように声を上げた。
泣きながらアベルを見つめ、悔しさと遣る瀬無さに握った拳を震わせる。
「アベル様、口惜しくございますっ。この城の兵士の中には、今、牢獄に囚われているのがアベル様だと気付いている者もいますっ。なのに、誰も声を上げられないのです……! アベル様がいない間に城内は王妃様と父上に掌握され、誰一人声を上げることは許されなくなりましたっ。正当な王位継承者がいるというのに、このまま第二王子が王位を継ぐとなればモルカナの汚点となりましょうっ。そしてこの秩序の乱れは、いずれ国を亡ぼす火種となりえます! もし今回の計画で最悪の事態を招いたとしても、同じ滅びの道を辿るなら魔王の怒りを買って魔王に滅ぼされた方が箔が付きます!!」
「エルマリス……」
「ご存知の通り、王妃様と父上はクラーケンを復活させてしまいました。もしクラーケンを復活させたのがモルカナだと知られれば他国から国の咎とされます。そうなる前にクラーケンを滅ぼさなくてはなりません。どうか王位をお継ぎください。そしてクラーケン討伐を正式にご命令ください」
王位。その言葉がアベルに伸し掛かる。
黙りこんだアベルに、「どうかっ」とエルマリスが頭を下げた。
その姿からアベルは目を逸らす。
「……いずれクラーケンは討伐する。これは俺に課せられた責任だと思っている。これ以上クラーケンの被害者は出したくない」
「それじゃあっ」
エルマリスはパッと表情を輝かせる。
だが。
「クラーケン討伐は王でなくても出来ることだ」
「え……?」
アベルが続けた言葉にエルマリスの表情がみるみる強張っていく。
王でなくては意味がない、それをエルマリスは信じて疑っていない。それなのにアベルは違うというのだ。
「どうしてですかっ。幼少の頃からずっとアベル様にお仕えして、いずれ、いずれ王になったあなたを支えるのだとっ……!」
「……悪いが、そろそろ戻ってくれ」
「でも」
「戻れ!」
「っ……」
エルマリスはびくりっと肩を震わせた。
悔しさに唇を噛み締め、握り締めた拳を震わせる。
「……今は戻りますっ。ですが、決して諦めるつもりはありません。アベル様の処刑も必ず阻止してみせます!」
エルマリスは誓うように言葉を紡ぐと、アベルのいる牢獄の前から踵を返す。
今までエルマリスも諦めてきた。
海賊になってしまったアベルを想いながら、いつか帰ってきて王位を継いでくれると漠然と思って過ごしてきた。
いつか、きっといつか、その願いがただの逃げであることに気付いた時は手遅れになっていた。時間が経つにつれて王妃や執政は城内を掌握していき、もう覆せないところまできていたのだ。
エルマリスの中でも、気が付けば「いつか」という願いは次第に夢物語になっていった。
しかし、魔界と精霊界が関わってきたことで転機が訪れたのである。
この転機の先に何があるか分からない。国を亡ぼすことになるかもしれない。
でもエルマリスには、この転機が国のすべてを変える最後の転機だと思えたのだ。
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