第五章・私は愛されたかったのです。たとえ娼婦のような真似をしても。2
その日の夜、私は城にあるイスラの部屋にいました。
私個人の部屋も与えられましたが、イスラがずっと手を繋いで離さないのです。
大きな声で駄々を捏ねたりする子ではありませんが、私の姿が少しでも見えなくなると城中を必死になって探し回りだすのです。
やはり少し離れてから甘えん坊になったようですね。
「イスラ、ちゃんと横になってください。ふかふかのベッドですから、きっと直ぐに眠れますね」
「ねむれない。ブレイラ、て」
「……仕方ないですね。どうぞ」
手を差し出すとイスラは嬉しそうに握り締め、ようやくベッドに横になってくれました。
ベッドで仰向けになり、枕元の私をじっと見あげてきます。
「ブレイラ、あいたかったんだ」
「私も会いたかったですよ」
「ほんとうか?」
「もちろんです」
私の答えにイスラは満足そうな顔になる。
見た目は相変わらず無愛想なのですが、誕生した時から一緒にいるので私には分かります。この顔は嬉しい時の顔です。
「オレは、もっとはやくブレイラにきてほしかった」
「遅くなってすみません」
「はやくブレイラをむかえにいけといったのに、ハウストはいかなかった。いじわるだ」
「いじわるなんて言わないでください。ハウストも何か考えがあったんです」
宥めるようにそう言って、イスラの額にかかる前髪を指で梳く。いい子いい子と頭を撫で、小さな体を優しくトントン叩きます。
「そろそろ眠りなさい」
「……どこにもいくな」
「分かってます。ずっと一緒です」
「うん」
嬉しそうにイスラは頷き、大きなあくびをする。
瞼は重くなってうつらうつらし始め、今にも眠っていきそうです。
「あしたは、ブレイラのスープがたべたい。パンも、おかしも」
「分かりました、厨房を借りてたくさん作ってあげます。楽しみにしててくださいね」
「うん」
「おやすみなさい、イスラ」
「おやすみ……」
少ししてようやくイスラが眠ってくれました。
枕元から離れようとして、イスラに手を繋がれたままなことに気がつきます。
眠っても離そうとしない小さな手に苦笑し、繋がれた手をそっと解きました。
「おやすみなさい、良い夢を」
柔らかな頬をひと撫でする。
しばらく寝顔を見つめていましたが、私は起こさないように静かに部屋を出ました。
部屋を出て、裾の長い夜着を引きずりながら長い回廊を歩きます。
何も持たずに魔界へ来たので、必要なものはすべて用意していただけました。
この夜着もその一つですが、上質な絹で織られた衣服など初めてで少し落ち着きません。今まで触れたこともない手触りで、歩く度にさらさらと裾が揺れるのです。
回廊を抜け、階段を上がり、城の奥にあるハウストの寝室の前で立ち止まりました。
大きな扉の前で静かに目を閉じ、呼吸をして気持ちを落ちつけます。
私の中で、冷静な部分が自分自身を愚か者だと嘲笑っています。
でも、私は決めたのです。どうしても欲しいものがあります。
「ハウスト、私です。ブレイラです。失礼してもいいですか?」
ノックとともに扉の向こうに声をかけました。
すると中からハウストの「入れ」という声が聞こえてくる。
私は震えそうになる指先を握り締め、静かに扉を開けました。
「こんな時間にすみません。お邪魔じゃありませんでしたか?」
「いや、大丈夫だ。何かあったのか?」
窓辺のソファで読書をしていたハウストが顔をあげて答えてくれました。
以前と変わらぬ穏やかさに安心しますが、同時に寂しさのようなものも覚えてしまいます。
私はハウストの前に立っているだけで胸が壊れそうに高鳴り、体は馬鹿みたいに熱くなる。心が震え、あなたの何もかも欲しいと嵐のような激情が渦を巻く。
でも、それは私だけなんですよね。
そんなことは分かっています。分かっていますが、諦めたくありません。私にはどうしても欲しいものがあります。
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