第五章・私は愛されたかったのです。たとえ娼婦のような真似をしても。6


 朝食が終わると、私はパンとスープをまた自分で厨房に運び戻しました。

 朝食を終えたばかりで人気がない厨房。

 そこで一人、焼きたてのふわふわパンをゴミ袋に捨てます。とても勿体ないですが、不要になってしまったので仕方ないです。

 パンを捨て終えると、「よいしょ」と大きな鍋を持ち上げました。

 次はスープの番です。一口も飲まれなかったので鍋にはたっぷりスープが入ったままです。

 よいしょ、よいしょ、と持ち上げて鍋を傾けると、四人分のスープが一気に下水用の水路へ流れていきました。

 私は流れていくスープをじっと見つめていました。

 不思議ですね。不要になったパンとスープを捨てているだけなのに、なぜか自分の中の何かも一緒に流れていっているような気持ちになるのです。

 私の中に、食べて欲しかったという気持ちがあります。せっかく作ったのにと思う気持ちもあります。でも不思議なんです。パンをゴミ袋に捨てて、スープを下水に流していると何も感じなくなっていくのです。

 捨てて流れていくスープをじっと見ていましたが、鍋が空っぽになったので鍋洗いを始めました。

 厨房から借りた鍋なのでピカピカにして返さなければなりませんね。


「ブレイラ」

「ハウスト、こんな所にどうしました?」


 ふと、ハウストが厨房にやってきました。

 厨房は魔王が来るような所ではありません。首を傾げると、ハウストが申し訳なさそうに側まできます。


「……さっきはすまなかったな。せっかく作ったのに」

「ああ、そのことですか。気にしないでください、私が至らなかったんです。もう少し考えれば良かったんです」

「すまないな。だが分かってくれて良かった」


 ハウストが少しだけ安堵しました。

 私が怒ったり悲しんだりしていると心配してくれたのでしょうか。

 余計な心配をさせてしまいました。実際厨房を預かるコック達からすれば、早朝から厨房にいた私はとても迷惑だったはずですから。


「いいえ、困らせたのは私です」


 ハウストも他の方々も困らせてしまいました。

 魔界生活一日目だったというのに失敗です。もっと上手く立ち回らなければと思います。


「本当に気にしないでください。それに食事の支度をしなくていいなんて助かります。毎日料理を作るのは大変でしたから」


 そう言ってハウストに笑いかけました。

 これは半分本当で半分嘘です。

 料理を作るのはたしかに大変ですが、それをイスラやハウストが食べてくれると思うとちっとも苦になりませんでした。

 でももう必要なくなってしまいましたね。


「ブレイラ、ここでの生活で不自由があれば言ってくれ。遠慮はしなくていい」

「ありがとうございます。でも特にありません。いろいろ揃えて頂いたので充分なくらいです。……あ、でも一つだけ」

「なんだ? なんでも言ってくれ」


 ハウストが穏やかな顔で答えを促がしてくれました。

 優しいハウストに私の胸が締め付けられ、どうしても欲しいものを伝えます。


「口付けを、ください……」


 答えた声が微かに震えていました。

 でも今、一番欲しいものです。

 あなたの口付けは優しくて、愛しくて、すべての痛みを覆ってくれますから。

 私の欲しいものにハウストは驚きながらも面白そうに笑う。


「昨夜からお前には驚かされてばかりだな」

「駄目でしたか?」

「いいや、歓迎しよう」


 ハウストはそう言って私の腰を抱き寄せました。

 そして見つめ合ったまま顔が近づき、唇を重ねあう。

 唇を僅かに開けるとハウストの舌が入ってきて、更に口付けが深いものになっていきました。


「ん……は、あ……」


 口付けの合間に吐息が漏れる。

 気持ちいい。やはりハウストの口付けは麻薬のようでした。




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