Ⅲ・海戦と怪物と3

「イスラ、リンゴもう一個どうぞ」


 新しく剥いたリンゴを差し出すと、イスラはほっとして嬉しそうに受け取りました。

 話しが終わったと思って安心したのでしょうね。


「ブレイラもリンゴ!」

「はい、いただきます」


 イスラに口元にリンゴを運ばれ、私もぱくりといただきました。

 口内で甘く瑞々しい果汁が広がって、とても美味しいリンゴです。

 こういう新鮮で瑞々しいフルーツを食べられるようになったのは、ハウストの側で過ごすようになってからです。人間界で貧しい生活をしていた時のリンゴは萎びてパサパサしていました。リンゴだけじゃありません。パンやスープなどもとても粗末なものばかりで、育ち盛りのイスラにとって不十分なものでした。

 でもイスラは文句も言わずに食べてくれましたね。なんでも「おいしい」と言ってぺろりと食べてくれました。

 でも本当は硬いパンも薄いスープもあんまり好きじゃないのを知っていますよ。

 あなたが「おいしい」と言ってくれるのは、私との食事だからですよね。それくらい私だって分かります。だって同じ気持ちですから。

 だから、分かるんです。

 今、あなたは何か重大なことを隠している。幼い子どもが抱えるにしては大きな隠しごとを。

 気にならないと言えば嘘になります。

 でも、あなたが理由もなく隠しごとをする子ではないことを、私はよく知っています。


「イスラ」

「なに?」

「リンゴ、おいしいですか?」

「うん、おいしい」

「また剥いてあげますね。そうだ、リンゴを使ってお菓子も作ってあげます」

「たべたい!」

「クッキーとチョコレイトも作ってあげましょう」

「チョコレイトも!」


 さっきまで涙を溜めていた瞳が今はキラキラ輝きました。

 私はその顔が好きなので、見ているだけで嬉しくなります。今だけは悩み事から解放されたのだと安心するんです。

 あなたの隠しごとがどんなものか分かりませんが、それがあなたにとって最良の形で解決されることを願っています。


「ごちそうさまでした」

「はい、たくさん食べましたね。ん? 眠いんですか?」

「ううん」


 イスラは首を横に振りましたが、重そうな瞼が今にも落ちてしまいそうです。体がゆらゆらして危なっかしいですね。

 お話しして安心したのと、お腹が満たされたことで眠くなったのでしょう。

 イスラの隣に移動して、ぽんっと小さな肩に手を置きました。すると、こてんっと体が凭れかかってきます。


「ブレイラ……?」

「いいですよ、眠っても」

「でも、おはなしの、あいて」

「側にいてくれるだけで充分です。あなただって疲れているでしょう? 昨日は一緒に眠ってあげられませんでしたが、よく眠れましたか?」

「…………ねた。ねたけど……」


 疲れたから眠ったというだけで、ちゃんと眠れなかったようです。

 昨夜は私も普段の状態でなかったとはいえ可哀想なことをしてしまいました。


「寂しい思いをさせてしまいましたね、ごめんなさい。ここで眠っていくといいですよ?」

「ううん。……おへやに、もどる」


 眠たい目を擦りながらイスラが首を横に振ります。

 今にも眠っていきそうなのに、頑ななイスラに首を傾げました。


「どうしてですか?」

「だって、ブレイラもおやすみだし、……わがまま、ダメだから。ハウスト、……おこってた」


 イスラが今にも泣きだしそうな顔で言いました。

 どうやらハウストに叱られたことを思い出したようです。


「これはワガママじゃありませんよ」

「でも……」

「それじゃあ、いい事を教えてあげます」

「いいこと?」

「はい。ハウストはですね、心配し過ぎると怖い顔になるんです」


 そう言って笑いかけると、イスラが目をぱちくりさせました。

 私をじっと見つめて言葉の意味を考え、何かに気付いたのか恥ずかしそうに目を泳がせだします。

 目が合ったので頷いてみせると、イスラがぽすっと私の膝に顔を埋めました。どうやら照れているようです。


「……ここで、おひるねする」

「そうしてください」


 膝枕しているイスラの頭をそっと撫でてあげました。

 そうするとイスラがうとうとし、すぐに眠っていきます。本当はとても眠たかったのですね。

 イスラを膝枕しながら青い海を眺めました。

 バルコニーから臨める海の青は空の青と繋がって、どこまでも美しい光景が広がっています。

 でも、時間が経つにつれて戦艦の数が増えていきます。多くの戦艦が海上を行き交って、海賊の包囲網を狭めていっています。きっと海賊が包囲網に引っ掛かるのも時間の問題でしょう。

 隊列を組んだ戦艦を遠目に見ながら、なんとも形容しがたい複雑な気持ちが去来する。

 なぜか胸騒ぎがするのです。

 海賊は無法者集団なので捕まえるのは賛成です。船長は私たちを助けてくれましたが、酷い目に遭ったことも忘れたわけじゃありませんから。

 でも、どうしてでしょうか。どうしても胸騒ぎが拭えないのです。




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