Ⅲ・海戦と怪物と2

「ブレイラ、いるか?」

「イスラ! 会いたかったですよ!」


 嬉しくなって両手を広げると、イスラが転がるような勢いで駆け寄ってきました。


「ブレイラ!!」


 ぎゅっと抱きつかれて私も強く抱きしめ返す。

 一日しか離れていないのですが、なんだか久しぶりに会った気がします。きっと毎日一緒にいるからですね。


「ブレイラ、だいじょうぶ? めがさめたってきいたから」

「それでお見舞いにきてくれたのですね。ありがとうございます。私はもう大丈夫ですよ」


 それにしてもハウストが退室するのを待っていたかのようなタイミングです。きっと鉢合わせしたくなくて、隠れてハウストが部屋を出るのを待っていたのでしょう。

 ハウストに見つからないように、こそこそ隠れているイスラを想像して思わず笑ってしまいそうになります。


「イスラこそ大丈夫でしたか? ケガはしていませんか?」


 そう言って抱きしめたイスラの体を確認します。

 小さな擦り傷はありますが、大きな怪我はないようで安心しました。


「元気そうで良かったです。でも痛くなったら直ぐに言ってくださいね」

「わかった」

「ではこちらへどうぞ」


 部屋の中へ通そうとしましたが、イスラは躊躇ったまま立ち尽くしてしまいます。

 私の服を握り、おずおずと見上げてきました。


「……じゃまじゃないのか?」

「邪魔? そんなわけないじゃないですか」

「でも、ブレイラは、きょうはおやすみだからって」


 どうやらイスラは私が病人だと聞かされているようです。

 それで部屋に入ることを躊躇っているのですね。


「大丈夫ですよ、のんびり過ごすように言われているだけです。だからとても退屈だったので、来てくれて嬉しいくらいですよ。私の話し相手になってください」

「なる!」


 イスラの顔が少しだけ明るくなりました。

 良かったです。部屋に入ってきた時からずっと暗い雰囲気を背負って、強張った顔をしていましたから。

 今回の件ではイスラもたくさんショックを受けているのでしょう。しかも今も魔力を封じられたままで心細くなっているようです。


「お腹が空いてませんか? 来なさい、リンゴを剥いてあげます」


 イスラの手を引いてバルコニーに連れて行く。

 海が臨めるチェアに座らせ、部屋に備えられているフルーツ籠からリンゴを取りました。


「ちょっと待っててくださいね」


 細身のフルーツナイフでシュルシュルとリンゴの皮を剥いていきます。

 剥いている皮がくるくると長くなっていくのをイスラが興味津々に見ています。素直に目を輝かせてくれるので気分がいいです。これでも結構器用なんですから。


「さあどうぞ。新鮮でおいしいですよ」

「いただきます!」


 切り分けたリンゴを置くと、さっそくとばかりに食べてくれました。

 頬張ったリンゴに満足そうです。


「おいしい!」

「たくさんありますからね」


 しゃりしゃりのリンゴをシャクシャク食べる姿が可愛くて、見ているだけで頬が自然に緩みました。

 私は二つ目のリンゴを剥きながらイスラに話し掛けます。


「イスラ、あなたに一つ謝らなければならないことがあります」

「なに?」

「あなたから貰った貝殻を海で失くしてしまったんです。せっかく貰ったのにごめんなさい」


 小さな貝殻はイスラみたいでとても可愛かったのに、どうやら海賊のアジトで失くしてしまったようでした。せっかく贈ってくれたのに今ごろは海の底かもしれません。


「ううん。ブレイラは、わるくない……」


 イスラは手に持ったリンゴをじっと見ていたかと思うと、おずおずと私を見上げます。

 そして私の頬のガーゼを見つめ、今にも泣きだしそうに顔を歪めてしまう。


「ご、ごめんなさいっ。ブレイラ、ほっぺたいたいの、ごめんなさいっ……。うぅっ」


 大きな瞳にじわりと涙がたまり、唇をぐっと引き結ぶ。「う~っ」と嗚咽を堪えるも、みるみる瞳は潤んでいきます。

 私はイスラに手を伸ばし、そっと目元に触れました。


「イスラ、泣かないでください」


 今にも溢れそうな涙を拭う。

 でも涙がみるみる溢れて、私は苦笑しました。


「あなたの所為ではありません。私こそ、私がついていながら守ってあげられなくてすみませんでした」

「ちがう。オレは、ゆうしゃだから」

「勇者でも、あなたは私の子どもです。だから私だって守りたいんです」

「ブレイラっ……、うぅ、……ぅっ」


 また新たな涙が溢れてぽたぽたと零れ落ちます。鼻水まで出てきてしまって、私はハンカチを手に取りました。


「イスラ、チーンは?」

「チーンッ!」

「上手ですね」


 ハンカチで鼻水を綺麗にすると、ようやくイスラの涙がとまりました。

 新しいハンカチで濡れた頬も綺麗に拭いて、これで元通り。まだ目は真っ赤ですが泣きやんでくれて一安心です。


「また一緒に海で遊びましょうね」

「うんっ」


 こくりっと大きく頷いて、またリンゴをシャクシャク食べ始めます。

 私はリンゴを剥きながらそれを見つめていましたが、あの海賊のアジトでのことを聞きたいです。どうしても気になっていることがあるんです。


「イスラ、あなたもたくさん怖い思いをしましたね。私は逃げている途中で気を失ってしまって何も覚えていないのですが、あの後なにがあったか話してくれませんか?」

「えっ?!」


 イスラが驚いたような反応をして、目を丸めます。


「どうしました?」

「う、ううんっ、なんでもないっ。お、オレも、おぼえてないっ」

「そうなんですか? それじゃあ私たちはどうやって逃げきれたんでしょう……。ハウストは私たちが浜辺にいたと言っていました」


 話しながらも昨日の記憶を巡らせます。

 洞窟の奥に海賊のアジトがあって、海賊と鉢合わせてしてしまい、トラブルになって海に向かって逃げました。すると恐ろしいほどの力で海に引き摺りこまれ、そのまま意識を失ったのです。その先の記憶はひどくおぼろげで曖昧ですが、赤髪の船長に抱いて運ばれていたような……。


「………………まさかと思うのですが、私たちは海賊の船長に助けられたのですか?」

「……おぼえてない」

「……そうですか。でも助けられたなら、どうして船長がそんなことを。それより私を海へ引き摺りこんだのは、いったいなんだったのでしょうか……、海賊の仲間? いやでもそれにしては……」


 ダメですね。どれだけ思い出そうとしても気を失った後のことまで思い出せません。

 やはりイスラの記憶に頼るしかないです。


「あの海賊のアジトで私の身に何があったか覚えていませんか?」

「お、おぼえてない」

「ほんとですか?」

「ほんとだ」

「ほんとに?」

「ほんと」


 そう答えたイスラに内心苦笑しました。

 私がなぜ助かったのか。何から助かったのか。イスラは知っている筈です。でも言いたくないようですね。

 おそらく私とイスラを助けたのは海賊の船長でしょう。なぜ彼が私たちを助けたのか分かりませんが、何かから助けられたことは間違いない事実です。

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