Ⅸ・求婚と婚約と8【完結】



 翌日。

 モルカナ国を出国し、魔界に帰る時がきました。

 舞踏会翌日の急な出国ですが、そもそも今回は正式な訪問ではないのです。クラーケンの一件があったから、魔王ハウストも精霊王フェルベオもモルカナ国を訪れたのですから。


「またな」

「ブレイラ様、ありがとうございました」


 港までアベルとエルマリスが見送りに来てくれました。

 私も二人に深々とお辞儀します。


「こちらこそありがとうございました。たくさんお世話になってしまいましたね。侍女の方々や皆さんにもよろしくお伝えください」

 そう言って改めて二人を見ました。

 若い王と若い執政。この二人がこれからどんなふうに国を守り、繁栄させていくのか楽しみです。


「これから大変なことも多々あると思いますが、二人で助け合って乗り越えてください。また落ち着いたら会いましょう」


 こうして私たちは別れの挨拶をすると魔王の王旗が掲げられた戦艦に乗りこみました。

 イスラと一緒に甲板に出て、アベルとエルマリスに大きく手を振ります。

 戦艦が出港し、二人の姿が小さくなっていく。

 お別れは少しだけ寂しいですが、二人にはきっとまた会える気がします。


「みえなくなった」

「そうですね。少し寂しいですね」


 イスラは頷きましたが、しばらくして戦艦の横を飛びながら泳ぐ大きな魚に気が付きました。


「ブレイラ、あれ! おおきいの!」

「ああ、あれはイルカというのです。私も初めて見ましたが可愛いですね」

「イルカ!」


 キラキラ輝く海面をイルカの群れが飛んでいます。

 イスラは興味津々で、甲板を走ってイルカを追いかけだしました。


「イスラ、落ちないように気を付けてくださいね!」

「わかってる!」


 イスラはそう答えながらもイルカに夢中です。

 甲板から「イルカ! イルカ!」と指差しておおはしゃぎでした。


「イスラはどうした」

「あ、ハウスト」


 ハウストも甲板に出てきました。

 私の側までくると、甲板の隅で海を見下ろすイスラに首を傾げます。


「イルカです。ほら、あそこに」

「ああ、それでイスラは海を見ているのか」


 そう言ってハウストが穏やかに笑う。

 私も一緒に笑んで、ハウストの横顔を見上げます。

 すると目が合って頬が熱くなりました。

 昨夜、彼から求婚されたことは生涯忘れることはないでしょう。

 そして結婚の約束をした今、私はハウストの婚約者になったのです。

 意識するとダメですね。なんだかとても恥ずかしい。

 こうして私とハウストはイルカに夢中のイスラを眺めていましたが、ふと、あることに気付きました。

 ハウストと結婚の約束をしましたが、私はイスラの親でもあるのです。もちろん親をやめる気はありません。ということは、私と結婚するハウストもイスラの親になるということですよね?


「……ハウスト、あの、あなたは本当に私と結婚してもいいのですか?」

「なんだ突然……」


 私の不穏すぎる質問にハウストが警戒します。

 でも私だって好きでこんな質問している訳じゃありません。


「だって、あなたは魔王です。私はイスラの親です。私と結婚するということは、あなたもイスラの親になるということですよね? 魔王が勇者の親になるなんて聞いたことがないのですが、大丈夫なんですか?」

 素朴な疑問ですが、なんだかとても重大な問題な気がします。


 私がおそるおそるハウストを見ると、彼はなんとも複雑な顔をしていました。

 そして。


「…………俺は、ずっとイスラの親のつもりでいたんだが」

「え?」

「…………呪縛魔法をそのままにしてイスラを叱ったのも、親のつもりだったんだが」

「えっ、あ、あの……」

「そう思われて、いなかったのか……、俺は……」

「ハ、ハウストっ……」


 全身からサァッと血の気が引いていきます。

 だって今、ハウストは今まで見たことがない顔をしていました。


「ち、ちち違うんです! 分かってます! 分かってましたから!!」


 私は慌てて宥めました。

 このままではいけません。大変よくない状態です。

 必死に宥めていると、ハウストと目が合いました。


「怒ったと思ったか?」

「ハウストっ!」


 ハウストは楽しそうな顔でニヤリと笑いました。

 騙されていたことに気付いてムッとしましたが、彼がとても楽しそうに笑うので私も怒れなくなってしまう。


「……あなたは、まったく」

「怒るな」

「怒ってません、呆れているんです。心配して損しました」

「それは悪かった。だが、本気だからな」

「分かっています。これからもよろしくお願いします」


 嬉しくなって笑いかけると、ハウストも穏やかに微笑んでくれました。

 幸せです。ハウストと出会って、結ばれて、求婚されて、夢みたいに幸せです。

 ハウストとイスラがいる限り、この幸せはいつまでも続くでしょう。そう信じられるのです。



 こうして、私は魔王ハウストと結婚の約束をし、彼の婚約者になったのでした。






完結



小説を読んでくれてありがとうございました!

前作で結ばれたハウストとブレイラが婚約するまででした。

楽しんでいただけてたら嬉しいです。

感想やレビューなどいただけたら嬉しくて励みになります!!

読んでもらえていると実感できて嬉しいです!!


次作は『勇者のママは環(かん)の婚礼を魔王様と』です。

いろいろありましたがブレイラはハウストの婚約者になったので、次作からは魔界で婚礼準備な話しです。

魔王の婚約者になったブレイラは魔界でいろいろありますがハピエンですのでよろしくお願いします。


次作は準備ができしだいこのまま連載開始します。

開始したら近況ノートでお知らせしますね。




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