十一ノ環・凍てつく国の深淵4
◆◆◆◆◆◆
塔の中庭でイスラは子ども達と遊んでいた。
隠れんぼや鬼ごっこでたっぷり遊び、今は休憩とばかりに中庭の芝生でごろごろしている。
子ども達と一緒にごろごろ。イスラはそれだけで楽しかった。
「イスラ様、こっちに綺麗な花が咲いているんです。行ってみませんか?」
一人の少年がイスラに話しかけた。
イスラより年上の金髪の子どもである。
隠れんぼでは一緒に隠れたりしてイスラと遊んでくれた少年だ。名前は、リリアル。
「はな?」
「はい。ブレイラ様に差し上げればきっと喜びますよ?」
「いく。ブレイラがよろこぶなら、いく」
イスラは即答した。
ブレイラが喜ぶことならなんだってしたいのだ。
イスラの返事にリリアルがにこりと笑う。
「では付いてきてください。静かに付いてきてくださいね、見つかると連れ戻されますから」
「うん」
リリアルに連れられ、イスラは子ども達の輪から抜けだした。
こっそり中庭を出ると人気の少ない塔の奥へ駆けていく。
回廊を抜けると小さな日溜まりの場所に出た。
小さな庭園には細い木が一本だけ生えており、その下に可愛らしい白い花が咲いている。
「ここです。この白い花をプレゼントすればきっとブレイラ様は喜びます」
「わかった」
イスラは素直に頷き、根元にちょこんとしゃがんで花を摘みだす。
一本、二本、ブレイラの為にたくさん摘みたい。きっとブレイラは喜んで、いい香りですねと花に顔を寄せて笑ってくれる筈だからだ。
イスラはせっせと花を摘んでいたが。
「――――バカみたい」
突如、背後から降りかかった声。
聞き間違いかと思い、イスラは背後を振り返る。そこにはリリアルしかいない。
イスラがきょとんと見上げると、目が合ったリリアルはにこりと笑う。そして。
「ほんとにバカみたいだ。勇者様」
笑顔とは裏腹な言葉が放たれた。
イスラは目を丸める。やはり聞き間違いではなかったのだ。
「……リリアル?」
信じられないと唖然とするイスラに、リリアルは笑顔のまま続ける。
「まだ気付かないの? 騙されたんだよ、ブレイラ様から引き離すために」
「――――イスラ様、大変です! ブレイラ様の行方が分からなくなりました!」
コレットが焦った様子で現われた。
呆然とするイスラにコレットが状況を説明する。
「ブレイラ様は突然走り出してしまい、後を追ったのですが消えるようにいなくなってしまって……」
「……ブレイラ、きえた……?」
衝撃が強すぎて上手く飲み込めない。
でもリリアルが口元に薄い笑みを刻んでいる。ほらね、と。
「おまえ、ブレイラを……」
イスラが愕然とリリアルを見つめた。
でもじわじわと意味を理解し、激情に昂ぶる。
「ブレイラに、なにをした!!」
「うわっ!」
イスラがリリアルに掴みかかった。
勢いに押されてリリアルが倒れこむ。
子どもでもイスラは勇者だ。たとえ年上でも力で負けることはない。
「ブレイラをかえせ! かえせ!!」
「くっ、やめ……!」
イスラはリリアルに跨って掴んだ襟元をがくがく揺さぶる。
喉元を締め付けられてリリアルが苦しさにもがく。
コレットが慌ててイスラを宥めた。
「イスラ様、落ち着いてください! ブレイラ様の側には魔王様のクウヤとエンキがおります! きっとご無事ですから今は探しましょう!」
コレットが必死に声を掛けると、襟元を締め付けていたイスラの力が僅かに弱まる。
コレットはそれに安心するもリリアルに気付いて不審な顔になった。先ほどのブレイラと案内人の会話を聞いていたのだ。その少年が契約者の末裔だと。
その時。
ドンドンドンドンドンッ!!!!
突如凄まじい砲撃音が上がった。
ガラガラガラガラ!! 砲撃で塔が破壊され、瓦礫が落下する。
「危ないイスラ様!」
咄嗟にコレットが防壁魔法で瓦礫を防ぐ。
何の前触れもない攻撃に塔内が騒然とする中、エルマリスが血相を変えて駆けこんできた。
「緊急事態です! 塔がフォルネピア軍に囲まれています! フォルネピア軍の中に、オーク、それだけじゃありません、巨大トロールの軍団もあります! 冥界の怪物です!!」
「な、なにが起こっているの?!」
「分かりません! ただ、フォルネピアは冥界と結託して奇襲を仕掛けてきた模様です。塔ごと破壊するつもりでしょう!」
「ここには同じ人間の難民もいるのにっ……」
信じがたい報告内容にコレットは唇を噛み締める。
フォルネピアと冥界は繋がっていたのだ。そしてこの奇襲は魔界への宣戦布告。
あまりの緊急事態に現状把握すらままならない。しかし、今しなければならないことは一つである。
そして今、塔内にいる魔族でそれを命じられるのは、ブレイラの側近女官という地位にあるコレットだけだ。
「塔にいる魔族に命令する! 護衛兵は防壁魔法を展開し、塔を全力で死守! 援軍がくるまで持ち堪えよ!! 侍女はブレイラ様の捜索を急げ!!」
コレットの命令に塔にいた魔族が一斉に動きだす。
ここにきて視察団の人数を最小限に絞ったのが仇になった。きっと攻撃に転じることはできず、援軍がくるまで防戦一方になるだろう。塔内にいる魔族は兵士と侍女を合わせても数十人、全員に戦闘の心得があるとはいえ冥界の怪物相手では苦戦を強いられる。なによりここは全ての難民を収容できる広大な塔で、それを守る防壁魔法にかなり動員が必要だ。防戦の要である防壁魔法を手薄にすれば、オークやトロールの破壊的な攻撃力と人間による砲弾の雨で塔は瞬く間に瓦礫と化すからである。
「オレもいく! やっつけてくる!」
イスラは立ち上がり、駆けだそうとした。
それはコレット達にとって願ってもないことである。勇者イスラの力なら難局を超えることも可能だ。
だが、その姿にリリアルがスッと目を細める。そして。
「勇者なのに人間と戦うんだ。人間より魔族を守るんだね」
「あ、……」
イスラが立ち止まり、呆然とリリアルを振り返った。
目が合うとリリアルは嘲るように吐き捨てる。
「難民の人たちが六ノ国はゴルゴスとかいう男のせいで消滅したって言ってるけど、本当は勇者のせいなんじゃないの?」
「っ、う~……っ」
イスラが強張った顔で小さな手を握りしめる。
何も言い返せずに、ぶるぶると拳を震わせるだけだ。
「子どもとはいえイスラ様になんて無礼なことを! イスラ様、気にする必要はありません。それに、イスラ様の手を借りずとも私どもで塔を守ります。ご安心ください」
「…………」
「大丈夫です。イスラ様の手を借りるほどではありません」
コレットが慰めるも、イスラの顔は強張ったままだ。
紫の大きな瞳がみるみる潤み、ぶれいら、ぶれいら、と小さな肩を震わせて繰り返す。勇者といえど、その姿は母親とはぐれた幼い子どもだ。
しかし、その光景をリリアルは冷ややかに見ている。
「勇者ってほんとうに何もできないんだね。ブレイラ様だって、今頃は冥界に攫われてるはずだ。フォルネピアだって、もうっ……」
リリアルは馬鹿にしながらも途中から泣きだしそうな顔でイスラを睨んだ。
それは哀れにも思える子どもの顔だったが、コレットは流されたりしない。
「ブレイラ様が冥界に連れていかれたとはどういうことだ!」
「ブレイラ様と勇者をわざと引き離して、ブレイラ様を冥界に攫ったんだ。知らなかったの? フォルネピアはもうずっと昔から冥界のものになってたのにっ。この塔のどこかに冥界と繋がってる場所があるんだよ!」
リリアルが吐き捨てた内容にコレット達は息を飲む。
この北の大地はすでに冥界に侵略されていたのだ。
「リリアルを拘束せよ! 相手は子どもだが今回の一件に絡んでいるはず!」
「はっ!」
兵士が瞬く間にリリアルを拘束する。
コレットはリリアルを静かに見据えた。
「このような事態を子ども一人で引き起こせるとは思っていない。誰に命じられたのか話してもらう。連れていけ!」
コレットが厳しい面差しで命じた。
塔は完全に囲まれた。人間の軍隊だけならまだしも冥界の軍勢も混じっている。
勇者を抜きにした戦闘では状況は不利。しかし援軍がくるまで塔を守り切らなければならなかった。
コレットは侍女にも戦闘態勢を命じ、みずからも剣を抜く。
今回の一件は完全に自分の落ち度で、なんとしても窮地を打開しなければならない。コレットに迷っている余裕はなかった。
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