二ノ環・西の大公爵7

「イスラ、その手に持っている物はなんですか?」

「あっ、これ! これみて!」


 イスラは画用紙を広げて見せてくれました。

 そこには子どもらしき人の形をしたものが数人描かれていました。

 顔らしき歪んだ円に、目や口らしきものがあって、そこから手と足だと思われる線が四本引かれています。


「これは孤児院で遊んだ時の絵ですね! とっても上手です!」

「うん、オレじょうず!」


 私が褒めるとイスラは照れ臭そうに頭をかきました。

 孤児院で同年代の子どもたちと遊んだのがよっぽど楽しかったのですね。


「はい、上手ですよ。誰かに教えてもらったんですか?」

「おともだち」

「今日のお友達に教えてもらったんですね」

「うん。だからコレットにおえかきのどうぐ、かしてもらった」

「そうですか、それは良かったですね。よく見せてください」


 私はイスラから画用紙を受け取り、じっくり絵を見せてもらいました。

 画用紙いっぱいに描かれた絵はとても楽しそうで微笑ましくなります。


「ハウスト、見てください。イスラがお友達と遊んだ時の絵です。楽しそうに描けていますよね」

「ああ」


 更にハウストにまで褒められてイスラは満足そうです。


「コレットにお礼は言いましたか?」

「あっ」


 イスラがハッとした顔になって私は苦笑しました。

 どうやらお絵描きに夢中になって忘れていたようです。


「仕方ないですね。では、私はコレットに礼を言ってきますね」


 私はイスラに画用紙を返すと、二人を残して部屋を後にしました。




◆◆◆◆◆◆


 ブレイラが部屋を出ていき、ハウストとイスラが残された。

 今、部屋には奇妙な沈黙が落ちている。

 今までなら同じ空間にいても何の問題もなかった。二人にはブレイラという共通の大切な人がいるが、そのブレイラを挟んだ距離感で互いを認識していたからだ。

 イスラはハウストをブレイラにとって必要な人として。ハウストはイスラをブレイラの息子として。近すぎず遠すぎずの絶妙な距離感だった。

 しかし、魔王ハウストと勇者の親であるブレイラの結婚が決まったことで、その関係に大きな変化が訪れる。魔王ハウストと勇者イスラが親子になるのだ。

 前代未聞である。三界の古い歴史を紐解いても魔王と勇者が親子になった記述など残っていない。

 …………どうしたものか……。

 ハウストは悩んでいた。

 まさか魔王の自分が勇者を息子にしようと思う日がくるとは思わなかった。

 だがそれはイスラとて同じだろう。


『う、うんっ。わーい。や、やったー、やったー』


 あれは見事な棒読みだった。

 ブレイラは気付いていないようだったがハウストはたしかに気が付いた。

 あの時のイスラは心中複雑だったことだろう。

 もちろんハウストの方はイスラを息子として受け入れたいと思っている。だが幼いイスラにとっては難しい問題だ。ハウストが魔王ということもあるが、それ以上にブレイラの子どもとして受け入れ難いのだろう。

 ハウストは側で佇んでいるイスラをちらりと見る。

 空気が重い。

 イスラは分かりやすくハウストから目を逸らしているが、存在感と気配は強く意識しているようでピリピリしていた。

 ブレイラが退室してから、イスラもハウストと二人きりなことを居心地悪く思っているようである。

 以前はそんな様子を見せなかったが、結婚の話を聞かされてから親子になるということを意識しているのだ。


「イスラ……」

「な、……なに?」


 イスラがきょろきょろしながら聞き返してきた。

 不安定に視線が揺れて困惑が隠し切れていない。

 声を掛けてみたものの、そんなイスラを前にハウストも言葉に困った。

 今、ハウストにとってイスラの存在は同じ三界の王というより、ブレイラが大切にしている子どもというものだ。

 まだ三界の王・勇者として扱うなら対等に扱えるので気楽なものだが、ブレイラの子どもだと思うと扱いも変わる。

 ゴホンッ、ハウストは咳払いを一つ。

 そして当たり障りなく、かつ親しみを籠めた言葉をかける。


「……よく描けていたぞ」

「……う、うん……」


 しかし褒めたもののイスラも反応に困っている。

 ブレイラが褒めた時は大喜びしていたイスラだが、新しい親であるハウストに褒められてもどう反応していいか分からないのだろう。

 イスラは落ち着かない様子でそわそわしていたが、とうとう耐えきれなくなる。


「オ、オレ、ブレイラのとこいってくる!」


 イスラは大きな声で言うと、ハウストの返事も待たずに駆けだして行く。

 振り返りもせずに部屋から飛びだし、居心地の悪い空間から脱出したのだ。

 そしてハウストの方も、一人になってほっと安堵の息をつく。

 今、ハウストとイスラはブレイラがいなければまともに会話もできなくなっている。三界の王が二人してぎこちない態度しか取れないとは情けない。


「…………何とかしなくてはな」


 そのなんとかが思い浮かばないが、なんとかしなくてはならない。

 そうでなくてはブレイラを心配させる。それはイスラも回避したいことのはずだ。

 今後を思ってハウストはなんとも複雑な顔になった。

 歴代魔王の中で、これほど勇者の対応に困った魔王もいまい。もちろん勇者を息子にする魔王も。


◆◆◆◆◆◆




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