八ノ環・勇者は私の腕のなか4
転移魔法陣がハウストの魔力で発動し、私たちは人間界のモルカナ国へ。
モルカナの地に姿を現わすと、アベルやエルマリスをはじめとしたモルカナの重臣や衛兵たちが待ち構えていました。先に送られていた使者によって私たちのことが知らされていたのです。
整列する重臣たちを従え、アベルとエルマリスが前に進み出てきました。
「ブレイラ、久しぶりだな。ようこそモルカナへ」
「ブレイラ様、お久しぶりです。こうしてまた再会できましたことを光栄に思います。って、アベル様、ブレイラ様は魔王様の正式な婚約者になられたんですから、もっと気を使ってくださいっ」
「そんなこと言ってもブレイラはブレイラだろ。魔界の王妃になったとしてもブレイラだ」
アベルは当然のようにそう言うと、「元気そうだな」とひらりと手をあげて挨拶してきました。
「お久しぶりですね、あなたも元気そうで何よりです」
「まあな」
口端を吊り上げてニヤリと笑うアベル。相変わらず生意気そうな笑い方ですね。
背後に気難しそうな重臣や物々しい衛兵を従えているというのに、気安く挨拶してくる姿は以前のままです。王になってもまるで海賊のような雰囲気で、変わらない彼に嬉しくなります。
でも、そんなアベルの後ろでエルマリスが真っ青な顔で慌てだす。
「も、申し訳ありません。アベル様には後できつく言い聞かせますのでっ」
「ああ? てめぇ、誰が主人か分かってんのか」
「アベル様ですっ。アベル様だからこうしてるんじゃないですか!」
言い返したエルマリスにアベルが煩そうに顔を顰めました。
相変わらずな二人のやり取りに笑みが零れてしまいます。
おかしなものですね。アベルの態度は生真面目なエルマリスには許し難いようですが、モルカナの御家騒動に巻き込まれた時はエルマリスの方が私に殴り掛かってきたこともあったというのに。
「ふふふ、構いませんよ。あなた達は変わりませんね」
「お、お恥ずかしい姿を見せました」
「気にしないでください。もっと見ていたいくらいです」
覚えのある二人のやり取りに懐かしさがこみあげました。
たった数ヶ月前のことを懐かしく思うのは、きっと急激に世界が変化したからでしょう。
そう、世界はあまりにも急激に変わってしまったのです。
「ゆっくり再会を喜びたいところですが、残念ながら今日は遊びに来たわけではないんです」
「ああ、そうだろうな。俺たちの王は……、今はただのガキみたいだな」
アベルが私に抱っこされているイスラを見て鼻で笑いました。
小馬鹿にしたような態度にムッとしてしまいます。
アベルに悪気はないのでしょうが、イスラは子どもなのでガキでいいのです。
「イスラは見てのとおり普通の子どもです。なにか問題でも?」
「冥界の怪物クラーケンの腹に風穴開ける普通のガキがどこにいるんだよ」
「頑張れば普通の子どもだって出来るようになるんじゃないですか?」
「んなわけねぇだろ……」
アベルが呆れた顔で空を仰ぎます。
ワガママだと思われているのは分かっています。でも譲ってはあげません。
「そんな都合のいい話しが通ると思ってんのか」
「イスラが子どもであることは事実でしょう」
「そうだけど、」
アベルが言い返そうとして、でも困ったように私をちらりと見る。そしてこれ見よがしにため息を一つ。
仕方ねぇなといわんばかりの顔ですね。
「……まあいい、分かったよ。あんたと揉めるのは面倒くせぇ。でも俺以外の人間の王どもがどう反応するかは知らねぇぞ?」
「心配してくれてるんですか?」
「あんたには一応感謝してるからな。だが、今の人間界は天地が引っくり返ったような混乱に陥ってる国もある。そんな国の王にとって勇者の存在はまさに暗雲に差した一条の光だ」
「……勝手なものですね」
嫌味たっぷりに言い返したかったのに、言葉は尻すぼみになってしまいました。
でもイスラを抱っこする手に力を籠める。
抗いを見せた私にイスラもぎゅっと抱き付いてきて、そんな私たち二人にアベルは苦笑しました。
「とりあえずこんな所で立ち話もなんだから、さっさと城にこいよ。あんたらの人間界での面倒はモルカナが見る。あの魔王様直々の頼まれごとを断るのは勿体ねぇからな」
「……貸しにするのですか?」
「いいや、これで貸し借り無しだ」
そう言ってニヤリと笑ったアベルに目を瞬く。
それは私たちが以前モルカナの御家騒動に巻き込まれた時のことを指しているのでしょう。
元海賊という異色の経歴からは考えられない義理堅い男です。でも、だからこそハウストは使者をここに送ってくれたのですね。
ハウストのアベルに対する印象は良いとはいえませんが、それでも王として信用しているということです。
「そう言っていだけると私も遠慮なく甘えられます。ではイスラ共々よろしくお願いします」
深々と頭を下げると、抱っこしているイスラも真似てちょこんと頭を下げます。
そんな私たちに「その絶妙に図々しいとこは変わんねぇな」とアベルが肩を竦めて笑いました。
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