第三章・あなたが教えてくれました。 私の目に映る世界は色鮮やかで美しいと。3
翌日の朝。
朝食を終えたハウストが魔界へ行ってしまいました。
今日から私はイスラと留守番です。
ハウストがいない間は薬師の仕事をお休みして、ずっとイスラと一緒にいるつもりです。
せっかくなので家の掃除をすることにします。
朝から窓を拭いたり床を掃いたりしている私をイスラがじっと見つめている。
「ブレイラ、きょうはまちへいかないのか?」
「そうですよ、ハウストが帰ってくるまで仕事はお休みです。あなたと一緒にいますよ」
イスラの雰囲気がパァッと輝く。
顔は無愛想なままですが、雰囲気だけ羽がはえて飛んでいってしまいそうになってます。
「そうか、いっしょ。ブレイラといっしょ……」
いっしょ、いっしょ、と無愛想な顔なのに雰囲気だけは浮かれたままぶつぶつ言っている。
そんな様子に、そういえばイスラとゆっくり過ごすのは久しぶりだと思い出しました。
イスラは生後十日が過ぎてから、食事時と休息の時以外はずっと鍛錬をしているのです。それは勇者にとって必要なこととはいえ、イスラはまだ生まれて間もない子どもです。いえ、外見は三歳ほどでも実際は生まれて一ヶ月ほどしか経っていません。
「イスラ、なにか食べたいものはありませんか? イスラの好きなものを作ってあげます」
「かぼちゃのすーぷ。いっぱいたべたい」
「いいですよ、たくさん作ってあげます」
「あまいのだ」
「はいはい、甘い味がいいんですね」
私との約束にイスラが嬉しそうに頷く。
しばらく買物にいかなくてもいいように数日分の食材なら備蓄してあります。たまにはイスラと二人でのんびり過ごすのも悪くありませんね。
「午前中は掃除をしますから、昼になったら散歩に行きましょうか」
「いく! おさんぽいく!」
何度も頷くイスラに私の顔も綻ぶ。
では、午前中はイスラに掃除を手伝ってもらって、午後からは一緒にお散歩をしましょう。
麗らかな午後。穏やかな陽射しの下をイスラと散歩する。
家から遠く離れることはできませんが充分です。緑の木々に囲まれた緩やかな小道は、明るい木漏れ日できらきらと輝いてとても綺麗なんです。
木々の間に響く山鳥の鳴き声は愛らしく、草木の陰からウサギがぴょこんっと覗くと、「うさぎだ!」とイスラが追いかけていく。
「イスラ、遠くへいかないでくださいね!」
兎を追いかけだしたイスラの背中に声をかける。
するとイスラはぴたりっと立ち止まり、パタパタッと私の元に戻ってきました。
そして私の手をぎゅっと握り締める。
「ウサギが待ってますよ?」
追いかけられていたウサギもその場に止まり、ちょこんと首を傾げてイスラを見ている。まるでウサギの方が遊んでほしがっているようです。
でもイスラはふるふると首を横に振る。
「きょうはブレイラとさんぽだ」
「ではウサギと遊ぶのはまた今度ですね」
そう言って私も優しく手を握り返すと、イスラが嬉しそうにはにかみました。
こうして私たちは他愛ない話しをしながら散歩を楽しむ。
「ハウストがあなたを褒めていましたよ。力をコントロールできるようになってきたんですね」
「うん。オレ、えらいか?」
「はい、えらいですよ。私は勇者の力がどういうものか分かりませんが、きっと凄いんでしょうね」
私が褒めるとイスラは照れ臭そうにもじもじしだす。
「オレはつよい」
「そうですね、鍛錬がんばってますからね」
「もうすぐハウストもたおせるようになる」
「ふふふ、それは凄いです」
「ブレイラ、みろ」
ふとイスラが立ち止まって私の手を離す。
そして両手を広げたかと思うと、その手中に紫色の光の塊を出現させました。
「これは……っ」
それは普通の人間は持ち得ない力、魔力。
イスラは勇者の力の一つである魔力を自在に具現化し、光として出現させたのです。
私は初めて目にした魔力というものに目を奪われました。
「綺麗です。あなたの瞳と同じ色ですね」
「こんなこともできる」
「わわっ! か、風が!」
小さなつむじ風が現われたかと思うと、私の周りをくるりと移動する。
ヒュウッと風が私の頬を優しく撫でたかと思うと、足元で踊るように吹き抜けました。
「すごいっ。風が遊んでるみたいです!」
「すごいか?」
「ええ、すごいですよ! こんなの初めて見ます、これが魔法なんですね!」
イスラが見せてくれたのは風の魔法でした。
魔法とは、風、火、水、土、雷を自在に操る力。魔力を根源にして発動する技です。
この世界に魔法というものがあると知っていても、それを人間界で目にすることはほとんどありません。魔力は魔族や精霊族の力なので、人間はほとんど持っていないからです。
ごく稀に魔力を持って生まれてくる人間もいますが、彼らのほとんどが王家や貴族や豪商などの権力者に召し抱えられています。
でも、そんな人間の中で唯一例外がいます。それが勇者。
勇者は莫大な魔力を持って生まれてくるだけでなく、光や闇すらも自在に操るといいます。
私はまじまじとイスラを見つめてしまう。
この子は特別な子どもだと知っていても、普段から身近にいるのでピンときません。なんだか不思議です。
「魔法を見せてくれてありがとうございます。ハウストに教えてもらったんですか?」
「そうだ。ハウストはもっとすごかった」
「ハウストは魔王ですからね」
魔力は魔族や精霊族の専売特許のようなものです。その中で、王を冠するハウストの力は想像を絶しています。
しかし私がハウストを褒めるのが気に入らなかったのか、イスラがムッとする。
「……オレはもっとすごくなる」
「ふふ、そうですね。あなたならもっとすごくなれます」
「そうそう。だから俺たちもずーっと警戒してるわけ。それこそ卵の時からずーっと」
「!? 誰ですかっ!」
私は咄嗟にイスラを後ろに隠す。
そして声の主に驚愕しました。
「あ、あなたは、ジェノキス……っ」
そう、イスラが生まれる前に卵を奪おうとした精霊族のジェノキスです。
ハウストから精霊族最強の男だと聞いています。厄介な男に私の緊張が高まる。
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