二十二
果たして、物語の行方は誰が知っているのだろうか。
貴人の艶やかな装いの男は、暗闇の中で深淵の果てを見る。その先にあるのは理の世と呼ばれた場所だ。そこ住む者達にすら、結末は見通せはしない。
それが、夢なのだ。
人は、七つになるまでは神の子と言われている。神の子と言っても、神子とは違う。人よりも、不可視の存在に寄っているというだけだ。その最も不可視の存在に近い瞬間は、胎の中で命となったその時だ。魂という不可視なる存在が生まれ、母体の中で肉体が育まれる。この世に名も無く、視認も出来ない不確かで曖昧な存在。肉体が母胎の中で臍の緒を通して命を繋ぐなら、魂は存在が確立する迄、常夜と深く繋がっている。その繋がりは、魂が虚わぬ様に繋ぎ止め、静かに目覚めの時を待つのだ。
そして
それは、使命にも似たものではあるが、強制力は無い。結局は、
力を与えられた事に意味を見出し、その力を行使するかは、力を受け取った者に行く末は託される。
直接駒に触れる事が出来る者はいない。思い通りにいくかは運次第だが、事を有利に進める為に駒の置く位置と与える力程度を考慮し、誰もが思い通りに駒を転がそうと必死だ。一度、現世との道を断ち切った理の世に住む者達が出来る事は、その程度なのだ。
妨害に徹する者、見届ける者、助言するに止める者様々の中、貴人の男は唯一、直接干渉出来る力を持つ。そして、それは生者の奥深くにまで干渉する程だった。手間は掛かるが、それが育った時程、達成感を得られる事も無い。
種を植えれば植える程、男は自らの心が崩れていると知りながらも、既に壊れ掛けていた自らの精神にそれ程思いいれも無く、一つ、一つと種を植えていく。
さて、最初に植えた種は、いつ芽吹くのだろうか。
何となしに、男は種の行く末が見えるが、どれだけ、どう育つかは宿主次第だ。宿主の精神の強さで種の芽吹きは遅くなるが、その分、心から養分も吸い取っていく。より、強く、より悍ましく成長する為に、敢えて深い心の闇底で、芽を出すのを待っている。
「一つ、芽吹くな……」
男は、如何にも待ち遠しいと口角を吊り上げながら呟いた。
時が来た。
待ちに待った、時が来たのだ。
始まりは、いつだったか。男は思い起こそうとするも、既に古い記憶と成り果てた過去に興味は無くなっていた。
貴人の男はふらりと立ち上がると、踵を返す。そちら側もまた、深淵が続くだけだが、その先には幾重の道が示している。その一本の道を選ぶと、男はゆっくりと辿り始めたのだった。
――
――
――
ぽつり、ぽつり。朝日を浴びた朝露が、一粒づつ垂れていく。快晴な空の澄み切った青を映して輝くそれは、二日続いた嵐の終わりを告げていた。
休息は十分だ。朝日が登ると同時に、一行はぬかるんだ道を歩く。徒歩で目的を目指すのではなく、単純に一旦街から出るというだけだ。街中にも龍が飛び立てる停留地が存在するが、人が少ない時間帯は面倒事が起きる可能性がある。龍人族を三人連れ、更にはいかにもな見た目の阿孫がいるのだから、そこまで注意する必要があるかは、甚だ疑問だが、まあ神子を連れているという事を鑑みた結果なのだろう。
その一行の真ん中で、燼の目は先導する大男、阿孫を捉えていた。とは言っても、そこに敵意は無い。あくまで、視線を集中させず、自然に見るという行為に勤しんでいるだけだ。もしくは、観察とでも言うべきか。
軒轅が気にしていた事。それを燼は僅かな変化と考えていた。起因は、燼の夢を見せた事だとも。
あくまで、阿孫の中に眠っていた
経過観察と言った事に意味はある。差異を探していたからだ。
燼は、祝融にも同じ物を見せていた。阿孫と同様に聞かれたのだ。自分も見れるか、と。流石兄弟、考え得る事は同じかと気にも留めなかったが、結果が違った。
祝融は、何の恐れも見せなかったのだ。見下し、無意の目を向けては何も語らない。それが、異能を持つ者と持たない差と言うならば、軒轅も何かしらに毒されている筈だ。しかし、結果は、阿孫のみ。
燼が考えるべきは、その差だった。
「此処らで良いだろう」
これといっていつも通りの厳しい顔をした阿孫が、足を止めた。街を出て、道を外れて歩き続けた先に辿り着いたのは、ぬかるんでいるが、人目が無い草原だ。神子の存在を隠す為に、最低限の警戒をしているだけだが、街から随分と離れた場所から飛び立つ。ここなら見通しが良く、そう言った連中が襲って来た所で、目立った行動を取っても揉み消せる。物騒な考えではあるが、皇軍の仕事は何も業魔や妖魔の討伐だけでなく、皇都の治安維持も含まれるのだから、そういった考えに行き着いたとしても何もおかしくは無かった。
それぞれが龍の姿に転じると、三色の龍が空を舞った。
高く舞い昇ると、背後に煌びやかな街が少しづつ遠くなっていた。既に、雲省へと足を踏み入れ、一つ二つ街を介すれば、最後の目的地である高麗山へと辿り着く。
その時、阿孫の中にいるものが、どう反応するか。
そこで漸く、燼は軒轅に答えを提示出来るのだ。
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