十二
とっぷりと日も暮れた頃、一行は桃廉城へと辿り着いていた。神子華林が同行者にいるというだけで、旅路は恐ろしく贅沢だ。
祝融達も、程々に良い宿、良い食事が用意されるが、時折都合で小さな村で宿を借りたり、野宿もあるが、あくまで良い宿というのも、民間でそこそこといった程度だ。
だが神子華林は段違いだ。そもそも、お忍びとはいえ護衛が一人という状態が異常なのだ。
寝床は基本的に要人の為にと高級旅館で、更には一等良い部屋を選ぶものだから、自然と燼が寝泊まりする部屋に神子の近くの部屋と良い部屋が充てがわれた。居心地が悪く、現状も相まって心臓も胃も精神も調査の間に干からびそうでならなかった。
だから、桃廉城に辿り着いた時の燼の安堵の表情といったら、これ以上無いものだっただろう。桃廉城に知り合いは居ないが、まだ丹の紅砒城には滞在した経験もある為、慣れているのだ。それに、城という事は、神子に護衛がつく。燼があれこれ考える必要が一切無いのが、何より楽だった。
「やっと一箇所終わった……」
とは言え、まだ続く。目的の地までの移動が長く、そちらに気を使いっぱなしで本来の目的を忘れそうになる程にうんざりしていた燼だが、今は、苦手な豪勢な部屋の寝台にごろりと転がり、その様は如何にの自堕落だ。そして、相部屋では無いが、燼に与えられた部屋の長椅子でも転がる男が一人。
「本当にな」
「……軒轅様、日に日に鸚史様に似てきてませんか?」
「元々こうだよ。堅っ苦しいのが嫌いで家から逃げてたしな。今でも俺以外が後継に選ばれれば良いと思ってるし」
肩肘ついたままだらりと寝そべり、軒轅の口調同様に怠けた姿だ。
「じゃあ、何で……」
「俺、祝融様に憧れてさ。率先して危険に身を投じるなんて、早々出来る事じゃ無いだろう?だから、親に従者になりたいって言った事がある」
黄家は中立を保っている。皇帝側でも、風家でも、姜家にも着かず、全体を見る。その中でも特に立場に危うい祝融の下に着くとなれば、その発言だけでひと騒動だった。
「そしたら、黄家の立場を考えろって怒られてさ。そっから家出する様になったな」
軒轅は、家出した時は決まって妖魔討伐に参加していたそうだ。黄家である事を隠し、平民の知り合いを作りながら、混じっていたという。自由に生きる楽しさを覚えてしまい、度々家出を繰り返してはその日暮らしをして生きていたのだと。
「お陰で、今だに信用無いけどな」
「何というか、大胆ですね」
「まぁ、実力をつける為でもあったしな。業魔は無理でも、妖魔ぐらいで奥してたら、祝融様に相手にもされないと思ってたし」
そう言って、軒轅はカラカラと笑った。
「それに、その不真面目な期間があったから、俺が鸚史様の下につく事が許されたしな」
「今は何も言われないんですか?」
「え?祝融殿下、並びに静瑛殿下、風左長子にご迷惑をかける事だけは絶対にするなとは言われているな」
信用が無いんだと、またも軒轅は愉快そうに笑った。ふざけた調子ではあったが、その様子はわざとにも見える。軒轅は、信用を取り戻す為に必死だが、それを悟られまいとしているのだろう。
「家は継がないのですか?」
「……実際のところ、俺が継ぐしかない」
「というのは?」
「神血さ。封印術を当主以外で真っ当に使えるのは俺ぐらいだ」
軒轅の目が途端に変わり、それまでに不真面目な姿が消え、真剣そのものだった。
「神血を持つ者だけが使える術だが、全員がまともに使えるわけじゃ無い。特に黄家は血が薄まりすぎた」
だから、当主は何が何でも軒轅を当主の座に収めようと画策しているのだとか。
「……神血」
燼は寝そべっていた寝台から上体を起こすと、自身の手を見た。血とは何だろうか。燼は、神の子だと言われるが、肉体は人と違いはない。ならば、何が神の子であると証明できると言うのだろうか。
「(神子に流れる血は神血なのだろうか……)」
「どうかしたか?」
「いや……何でもない」
そう言って、燼は再び寝台に身を預けた。その時、扉の向こうから声が届いた。
「羅燼、話がある」
燼は慌てて身体を起こした。声の主は阿孫だ。釣られてか、軒轅も同様に警戒を見せ身体を起こす。思わず燼は軒轅と目を合わせるも、相手が主人と同じ皇孫なだけに無視は出来ない。関わりたく無いなどと言って無礼も働けず、扉まで近づくと、嫌々ながらも扉を開けた。
そこには予想通りの人物が、あいも変わらず厳しい顔つきでそこにいる。
「中へどうぞ」
そう言って、案内するも目線をやると軒轅は既に姿勢を正し待ち構えている。その目線は落ち着いているが、友好的では無い。
その目線に気付いてか、阿孫の目が厳しくなっていた。
「悪いが、外してもらおう」
軒轅には分が悪い状態だったが、思いの外、軒轅は冷静だった。敵意は見せず、今自身が手にしているものを最大限に活かす。例え、皇孫だろうと、逆らえない相手もいる。
「何か私がいると不都合でも?私も羅燼と共に勅命を受けた身、これといって問題は無い筈ですが」
貴族らしく堂々とした姿。若いからと甘く見られているとは言え、矢張り高位貴族としての姿なのだろう。祝融からの命もあるだけでは無く、黄家として甘く見られてはならないという動機も大きいのかもしれない。
「……良いだろう」
そう言った阿孫は、どかりと大きな音を立て、来客用に用意された一角の椅子に座った。一触即発に見えなくも無いが、祝融と阿孫が向かい合っていた時を思えばまだ、ましだろう。ただ、祝融の手の内として数えられている程度の警戒だけが軒轅には阿孫から感じられていた。
とにかく、招き入れたのなら話を進めた方が早い。燼も、軒轅の向かいに座ると、阿孫に向かって口を開いていた。
「それで阿孫殿下、お話とは」
「見解を聞きたい。我々、目を持たぬ者にも納得できる判断材料が欲しい所だ」
意外にも真っ当な意見だった。もしかしたら、軒轅がいるから、当初の目的とは別の会話をしているだけやもと勘繰るも、豊邑山で見た阿孫の姿は如何にも正義心ある武官だった。皇軍左将軍姜阿孫。決して、姜家だからその役職が与えられている訳ではなく、自らの実力だ。そうでなければ、業魔と相対する将軍職など務まらないだろう。
実直なる姿に、本来なら実直なる回答を出すべきだ。燼はそう思いながらも、目には限界が有り、答えられる事は少なかった。
「残念ですが、先ほど豊邑山で神子華林様が答えた事が全てです。私では、神子様程の力は無い」
「だが、最初に見つけたのはお前の筈だ」
「それは、偶々近くを通り掛かっただけです」
余りにも曖昧な回答だった為か、阿孫が首を捻る。偶々という言葉では言葉足らずとしか言えず、直様軒轅が補完していた。
「阿孫殿下、羅燼は幼い頃より陰の気配に過敏に感じる体質の様です。その体質が影響し、誰も気づかぬ気配に気づけたのです」
「それは……真か」
目に見えない存在を感じ取るのは容易ではない。訓練である程度読み取れるが、それでも燼程細やかにとは行かない上に、距離が開けば開くほど、困難となる。
それを容易にやってのけた。燼よりも余程永く業魔と対峙しているであろう男の目は羨望にも近い眼差しを燼に向けていた。
「はは……
あれ、という言い回しは、弟を指しているのだろうが、肉親とは思えぬ言い方は非情だ。しかも、隠し続けたとは悪意があるとしか思えず、燼は思わずムッとして、つい口が動いていた。
「私は、成人した頃より祝融様にお仕えしています。その時、祝融様にお支えするかどうかも、私の意志によるもの。祝融様がいなければ、私は今だ生まれの墨省に居た事でしょう」
燼は、自分の立場も忘れ阿孫に向かっていた。
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