第21話

 溢れる涙を拭い、四飛はユラに触れたまま強く願う。

 この全ての中心たる人物、リンの居場所を探る為に。


「……貴方はお祖母様に教えて貰っていたのね。だから、夢見の力で見た道を探し続けた」


 両目を失った子供が、助けを求めたのは、道の先の見知らぬ女だった。

 祖母から聞く女は、勇ましく誰よりも強かった。御伽噺の中の登場人物にも近い存在だったが、彼女ならば、自分を助けてくれるかもしれない。

 ユラは彷徨い続けた。完全にえにしが経ち消えていない肉体に引っ張られながらも、記憶の中の英雄を探し続けた。

 いつしか、ユラの記憶が曖昧になり、肉体の形を忘れ、白神から授かった魂の姿だけになっても、英雄の名前だけは、忘れなかった。


「……行きましょう、リンの下へ」


 四飛が伸ばした腕にユラは包み込まれた。すると、四飛に同調する様に、ユラの魂は揺れ、その身へと溶けていった。

 そして、四飛は用意されたの道を見た。恐らく、ユラを導く為に用意された道。

 その道の先、四飛が意識を向ければ、以上に禍々しい気配が漂っていた。


「(これは……)」


 深い闇に飲まれ、憎しみにどっぷりと浸かってしまった心。

 その心が向かう先は、考えずとも答えは明白だ。


「(……今は夜……誰かと……移動してる?)」


 その魂の動きに、四飛は覚えがあった。馬よりも、早く駆け抜ける存在。


「(協力者に龍がいる……)」


 向かう先は、既に断定できている。

 四飛は、黒馬の魂を胸に抱いたまま、目を閉じて夢の世界を後にしたのだった。


 ――

 ――

 ――


 香の香りが、神殿を思わせた。

 その香りが四飛を現へと戻ってきたと実感させる為に最も重要視している事だった。夢見にとっては、夢の世界である常夜も現実だ。何処かへ迷い込んだとしても、そこを現世と認識してしまえば、最後、抜け出せなくなってしまう。

 四飛は幼くして神殿に仕える事になった。それからは、神殿が我が家も同然だ。だからか、慣れ親しんだ香の香りが、四飛にとっては道筋となっていた。

 ゆっくりと瞼を開け、握っていた手を見た。夢の中で、差し伸べられた感触そのままに、今は四飛の手の中にある。

 男は今も、眠ったままだ。無理矢理起こそうとすればできた筈なのに、神子王扈も揃って拒絶をした。

 そこに意味はあるのだろうが、四飛には理解の出来ないものだった。


「……間に合わなくなりますよ」


 そう、小さく呟くと、四飛は立ち上がった。振り返りると、見覚えのある金色の髪が香の煙で霞む視界の向こうに映っている。其方も四飛が目覚めた事に気が付いたのか、姿勢良く立ち上がると、すかさず四飛の下へと近づいていた。


「巫、目覚められたのだな」

「……少々、時間を掛けてしまいました」


 眠りに入った時は、まだ日は登っていたが、今は、静寂に飲まれた暗闇に、時刻も分からない。


「貴方が眠っていたのは四刻と言った所だろう。祝融様と鸚史様に報告を頼む。……燼が目覚めていない事も含めて」


 軒轅の目線は、燼へと移っていた。四飛と違って一切の動きを見せない男は、今も夢の中だ。

 

 ――


 軒轅が案内したのは、最初に霍雨が押し入った部屋だった。中は行燈が灯され、部屋は橙色で染まっている。既に、乱雑に置かれていた書籍は全て撤去されており、長椅子には祝融、鸚史、そして霍雨が何やら話をしながら待っていた。

 軒轅が四飛だけを伴って現れたからか、四飛を見た瞬間に祝融達の剣幕は厳しいものへと変わっていく。そんな中、霍雨だけが他人事とでも言う様に、いつも通りの無表情に戻った顔つきで、自身が座る長椅子の空いた部分をポンポンと掌で叩いていた。


「四飛、疲れただろう。こちらに座りなさい」

「あ、はい」


 四飛がとことこと軒轅から離れ、霍雨の隣に座ったことを確認してか、軒轅は燼が眠る部屋へ戻ると告げると部屋を出ていった。

 

「この時間では、これぐらいしか無いな」


 そう言って、四飛の為に用意されていたであろう饅頭まんとうと果実水を差し出した。

 流石に、育ち盛りだからか饅頭を見た途端に、腹の虫が主張を始めた。目の前に、慣れぬ男二人がいるが、腹の虫には勝てない。小さく失礼しますと言うと、饅頭を頬張った。饅頭を口に放り込む姿は、小動物さながら。それぞれの頭には栗鼠の姿でも浮かんでいる事だろう。饅頭を食べ終わり、果実水を一口含むと、ふうと息を吐く。

 それを見届けて、祝融が急かす様に口を開いた。


「それで、田四飛女士、どうだった?」


 その剣幕は厳しい。当然だろう、夢見を頼るしか手立てが無いなど、既に異常を示している様なものだ。


「目標は二つ見つけました。一つは男性。そして、それを追うリンという女性。どちらも、魂は深い闇の底にあります。このままでは……」


 純然たる悍ましい程の欲望と、悲しみの底から這い出た憎悪。対局にある様で、どちらも同種の様な濁った色を見せる。四飛は、男の所業を思い出せば、薙琳が憎悪に囚われる理由も頷けた。そして、それは赤の他人の自分では取り払う事など不可能だという事も。

 

「道案内は出来るだろうか」

「出来ますが、問題が一つ。リンは、龍に乗っている恐れがあります。急がねば間に合いません」


 その言葉で、鸚史の顔が曇った。


「祝融、出る準備だけ進めるぞ、話を聞いておいてくれ」


 そう言って、立ち上がったかと思えば、颯爽と部屋の扉へと向かっていく。間に合わない、その様な言葉を聞けば居ても立っても居られなかったのだろう。

 

「分かった。彩華と雲景にも伝えてくれ」

「あぁ」


 単調な返事だけを返すと、鸚史は勢いそのままに、扉の向こうへと消えていった。


「すまんな、薙琳は、あいつの従者でな」

「風家の後継とあろう者が、従者一人に心乱されてどうする」


 嘆かわしいと、霍雨が言ってのける。だが、それに反論する様に、祝融は霍雨を睨んだ。

 

「……問題か?」

「殿下、風家は姜家にとっても重要です。そして、今、跡目を告げるのは風鸚史ただ一人。この意味をお考えですか?」

「鸚史は問題ない。従者を心配してはいけないのか?」

「そうでは有りませんが、もし、女がした場合を考えておいでですか?」

  

 既に、巫の言葉でも薙琳の状況は危うい。霍雨は遠回しに乱心と言ったが、それ以上の事が起こると予測しているのか、その表情は硬い。


「覚悟はしている。だが、間に合わないなどと言ってくれるな、薙琳は俺の友人でもある」


 霍雨の発言自体は軽率とは言えなかった。だからこそ、祝融はその覚悟を示す為に、霍雨から目を逸らすことは無かった。 

 

「大変に失礼を致しました」

「良い、お前が心配なのは、そこへ巫を連れて行く事なのだろう」

「私の役目は巫を守る事に御座います。四飛に何かあれば、それこそ瑤姫様に顔向け出来ません」


 だが、覚悟は聞けた。と霍雨は硬い表情のまま呟いた。納得はしていないが、どの道瑤姫の命を考えれば、祝融と共に行動せねばならない。


「か、霍雨様、私は常夜で約束をした者がおります。だから、向かわねばならないのです」


 少しばかり背伸びをして、一切恐々とした態度を見せないかと思えば、意外にも瑤姫から下された役目以外にも行くと言ったことに、霍雨は驚いていた。彼女の目にこそ、今何が起こっていて、これから何が起こるかがよく映っている事だろう。だが、平民所以の挙動が目に付く少女は今、一端の度胸を見せている。


「……そうか」


 霍雨の表情は崩れ、今までに無い暖かい眼差しを四飛に向け、優しく頭を撫でていた。

 

「四飛、男はどうだ」


 祝融の声で、四飛の顔は、再び役目ある巫としての顔に戻った。

 

「大きく移動はしていないかと」


 祝融は、顎に手を当てると、思いふけり視線を四飛から外すと何もない卓の上を見つめた。

 

「燼が目覚めないのは何故だ?」

「……拒絶をされました。彼が居る場所は常夜でも更に深い場所、誰かに引き摺り込まれたのは確かですが……態と留まっている様にも見えました」

「その真意は?」

「分かりません」


 夢見達の感性は、別次元だ。考え方も、現世の常識が通じず、しかも言葉を口にしない。考え込ませる為なのか、それとも別の要素でもあるのか。

 ふと、祝融は四飛に視線を戻した。を、巫はどう見るのだろうか。そう思うと、祝融の口は自然と開いた。

 

「田四飛女士、答えられる範囲で構わない。燼は何と対峙している?」


 祝融は真面な答えなど返ってこないとすら考えていた。だが、予想に反して、巫の言葉は意外なものだった。

 

「残念ながら、私の能力の範疇を越えております。ですが、だからこそ私が此処にいるのかと」


 祝融の不意に放った言葉の意味を理解した回答だった。まだ、十三とはとは思えぬ回答に、神子瑤姫が一番優秀だと言った理由がそこにある様にも見えた。


「知らないという事が必要なのでは無いでしょうか。私が考え得るに、燼様は今も、夢の奥深くで何かを思案されているのでは?又は、常夜にいる事に意味があるのでは?」

「……燼は、機を待っているのか?」

「かもしれません」


 巫として、夢見として、四飛は確かに、その力を見せつけた。それでも尚、神子達の境地には至らない。その差こそが、巫に求められるものでもある。


「最後に聞く、薙琳は、今どういう状態だ?」

「常夜の深い闇の如く、黒く染まった心に飲み込まれ、魂が変質する恐れがあります」


 その言葉の先は、霍雨が心配していた要素が見え隠れしている。飲み込まれた先にあるもの。そして、巫が此処に寄越された理由。神子から、直接言葉は無い。だが、本当に最悪を想定せねばならなかった。

 

「では、四飛。薙琳の下へ、案内してくれ」

「畏まりました」


 四飛は、自身の胸に触れた。そこには、大事に仕舞った玉繭が一つ。

 大丈夫、きっと間に合う。そう、ユラに伝える事で、自身も安心させていた。


 向かうは、柑省――

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