十九

 火葬場の敷地内をぐるりと一周見て回ると、侵入できる経路は一つだけで、雲景は迷う事は無かった。

 気配を読み、人がいない事を確認すると、雲景は音も無く侵入していく。

 経験がなくとも、意外に簡単だな。などと、またもや不謹慎極まりない言葉が浮かぶ。そうやって内部へと侵入すると、内部を探りつつ煙突辺りである炉までの道を探る。

 人の気配は少なく、時折窓から刺す月光と仄かに増す熱気を頼りに、雲景は進んで行った。

 

 

 火葬場の最奥、炉が近いのか室内の温度も更に高まる。

 何故こんな奥まった所に炉を作ったのか。とも思ったが、雲景も『何かを燃やす』という知識はあっても、『炉』というものに詳しいわけじゃない。

 熱を籠らせるには、その場所が最適だったと言う場合もあるのかもしれない、と一人納得していると、雲景はピタリと足を止めた。

 灼熱にも思える熱量が、その身に伝わると同時に、開け放たれた扉の中の部屋は燃えているかと思うほど真っ赤に染まり、その赤色が廊下にまで漏れていた。

 炉に辿り着いたのだ。


 

 あまりの暑さに、雲景は外衣を脱ぎたくなったが、もしもの事がある。特に、雲景の赤髪は特徴的だ。滴る汗を無視して、雲景は身を隠しながら中を覗いた。

 眩しく、炎炎と燃え盛る赤い炎が炉の中で轟轟と燃え、部屋を照らす。

 炎は、主人を思い出す程に力強く燃え盛っている。一人が吹子を鳴らし、交代の二人は背後で見守ると言った具合だろうか。

 轟轟と燃え盛る炎を前に滴る汗を流し業火の熱に耐えながらも、纏う空気は真剣……といよりも緊張と恐怖の色を帯びている。怯えても直、その手は止まらず淡々と火と向かい合っていた。

 

 

 こんな、夜も深まる頃合いまで、何を燃やしているのか。火葬場なのだから、亡骸がそこで燃やされている筈だが。

 部屋の中を見回したところで、これと言って目立つものも無い。が、ある事にも気がついた。


「(……薪も、燃やすべき物も何も無い?)」


 本来ならば、これだけの業火を常に絶やさぬ為の大量の薪がある筈だ。それに、燃やしている筈の亡骸もない。

 あるのは、吹子を鳴らす男の横には四角い三尺四方程度の箱が二つほど置かれているだけだ。

 雲景は、自分が侵入する建物を間違えたのかとすら思ったのだが、例え、そこが火葬場でなかったとしても、薪もない事は奇妙でならなかった。

 薪は無いが、吹子を鳴らしては炎が燃え盛る。

 雲景は、自分が何を見ているのかも、判断もつかなくなっていた。


 そんな戸惑いの中、吹子を鳴らす男の背後の一人が立ち上がった。

 吹子を鳴らす男の横に置いてある箱をゴソゴソと探って、掌に乗る程度の何かを取り出した。

 あまりに小さいのか、それとも薄っぺらいのか、雲景その男が何を持っているのか見えなかった。

 そして、男が吹子の男に合図すると、一旦吹子を止めた。後ろに下がり、何が始まるのかと思ったが、その手に持った何かを炉に放り込む仕草をした、その瞬間。


 ――きゃああああぁぁぁぁっ!!!


 女の悲鳴にも似た声が、炉の中から響き渡ったのだ。と、同時に炉の炎も猛々しく大きくなる。


 ――あついっ、くるしいっ、たすけてっ


 助けを求め続ける声が、延々と炎の中から沸き続ける。そして、次第にその声は低く太くなる。

 人の声とは思えぬ物に変わった頃、それは次第に小さく、か細くなり、次第に聞こえなくなっていった。


「(今のは何だ!?)」


 まるで、生きたまま人が焼かれた様だ。

 目の前で、何も起きていない筈なのに、雲景は人が目の前で殺された、と考えてしまったのだ。

 炎は鎮まり、何かを放り込む前に戻っている。男達も、交代か別の男が吹子を鳴らし始めていた。


「(あの箱……)」


 箱の中身は、雲景からは距離が空きすぎて見えはしない。

 雲景は、一度影の中に顔を引っ込めると、壁を背に腕を組んだ。

 探りに来たとはいえ、命令では無い。命令ではないが現状で分かった事は、火葬場で燃やされているのは、亡骸でない何かであり、その炎の発生源も何かを材料にしているとしか、知れていない。

 態々、見つかる愚行も犯せないが、箱の中身が人の命に関連する物と言う考えが浮かんでしまったのだ。


 悲鳴は、命の断末魔だったのではないのか、と。


 誰かの命が消え、それを材料に炎が燃えている。

 元々の目的は、街の実情を知る一環として火葬場の状況を知る事だ。目的自体は達成されたのだから、雲景としては見つからないうちに火葬場を出る事が理想的だと言う考えも、浮かんでいた。

 ただ、理性とは別の感情が、その考えを揺らがせる。助けなければ、と言う根拠のない考えに囚われ、雲景は足が動かなかったのだ。


 そもそも、生きている物だったのかどうかも分からない状況で、あまりにも馬鹿げた考えとも思えていたのだ。そう思える筈なのに、断末魔が脳裏に反芻して雲景を足止めする。

 雲景は、思い切り自身の手を握り込み、掌に爪を立てる。ポタリ、と血が滴り落ちる程に力を込めて、漸く、足は出口へと向かっていた。

 


 ――



 月明かりが流れる雲に隠れた頃、雲景が出ていった窓と同じ所から、ひょっこりと現れた。目的は達成したのだろうが、今一つ顔色が良くは無い。


「雲景氏?」


 軒轅の問い掛けも無視して、雲景は外衣と仮面を床に脱ぎ捨てると、神妙な顔で寝台へと座り込む。いつも、の雲景ならば、そこらに適当に脱ぎ捨てるなど、あり得ない。軒轅がそんな事をしようものなら、鋭い目が飛んで来る事は必須だ。

 なのに、今は意気消沈と言った様子で、呆然と何も無い床を見つめたまま動かない。

 二つの寝台の間にある小さな卓の上には水差しが置いてある。軒轅は水差しと湯呑みを手に取り、一杯だけ汲んで手にすると、雲景が座り込んだ寝台の向かいに腰を下ろした。沈んだままの雲景に口を開かせようと前に真っ直ぐに雲景を見たまま、水の入った湯呑みを雲景に差し出す。

 

「一体何を見た」


 声を掛けると、雲景は僅かに目線を上げて、湯呑みを受け取った。中を確認する間も無く、それをぐっと喉へと流し込むと、漸く口を開いた。

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