十七

 雲景と軒轅は目の前で起きた出来事に、他の参拝客に混じって何事も無くその場を後にした。その場で反応などしたら、異質な存在と認識されてしまうだろう。

 現状で、動けなくなる事は避けねばならない。

 力無く引き摺られていく男の姿が、脳裏に染みついたまま、二人は再び街中を歩いた。

 下手に声が出せないと言うのは困ったもので、人の多い場所では何も話せない。かといって、人目を避ける場所など厳かな街では怪しまれる。

 目線を合わせ、そのまま宿に戻ろうとお互い確認の為に頷くと、その足を宿へと向けていた。



 黄昏れ時、逢魔時と異界に通じる刻とも言われるその頃合い。二人の背後に気配が、ちらり、ほらり。

 素人だ。

 ただ二人に距離をとってコソコソとつけまわすだけで、気配の消し方も知らない様子。何が目的か、それが重要だが、雲景と軒轅の存在自体がキュウセンから見れば不審極まりない部外者とも言える。それを鑑みると、背後にいるもの達の行動も納得いくものだ。手出しされなければ、こちらから手を出すことも無いだろう。二人は、再び仮面の向こうにある視線を交わすと、そのまま前を向いて歩き続けた。



 闇雲に跡を付けている背後の者達を尻目に、雲景と軒轅は何事も無く宿へと辿り着き、気づいていないふりを続けて宿へと入っていく。流石に宿の中までは着いては来なかったが、嫌な視線だけが二人の感覚に残っていた。

 それからと言うもの、宿の中も薄気味悪い感覚が纏わりついた。



 宿屋の主人や従業員、すれ違う下男下女の目線、その全てがじっとりと何かを孕んでいる。

 やっとの事、部屋へ辿り着くと、それまで縫い付けられた様に閉じられていたとなると、忙しく口が回り始めた。


「あー、何だここ息が詰まる」


 部屋に辿り着き、軒轅は自身の寝台に仰向けになると、途端に愚痴が溢れた。うんざりしているとしっかり書かれた軒轅の顔も、主人が不在ならば雲景も見て見ぬ振りをしていた。


「まだ暫く我慢だ。祝融様達も、どうされているやら」


 雲景も、休息にもう一つの寝台に腰掛ける。隣の主人の部屋が空のうちに、少しばかり休んでおくかと考えながらも、先程の聖殿での出来事が気になって、それどころでは無くなっていた。


「隣村……ジョウだったか。そう離れていないという割には、帰ってこないな」

「様子見をしているんだろう。今日はこちらに戻って来ないかもな」


 軒轅は無気力に放り出したまま、寝台に身体を埋めてしまいたいところだったが、隣の寝台み座った男の難しい顔を見ているとそうもいかないと起き上がった。

 向かい合わせに座ると、俯いて考え込んでいた雲景はそのまま話し始めた。


「先の男、どこに連れて行かれたと思う」

「単純に聖殿が保護した、と考えれるかもしれない」

「それは、あり得るな」

「何故跡をつけた」

「部外者だから……?」


 軒轅は、取り敢えず考えついたままを口にした。馬鹿にされるやもと、思いながら述べた事だったが、意外にも雲景は、一言、「一理ある」と答えただけだった。

 雲景が考え込んで出てきた言葉を整理しているならば、自分は考えを述べていくだけに徹しようとと軒轅は更に思ったままを述べていく。

 

「後は、探りを入れていると思われているから。そもそも、尾行なんてのは後ろ暗い事を隠している奴がするもんさ」

「……後ろ暗い……一日中、煙が上がっている火葬場の煙突とか、か?」


 軒轅の脳裏に、今日一日中煙を上げたままだった煙突が浮かんだ。今はどうなっているんだろうか、と窓を覗くも、流石に夕焼けも終わった頃とあって、煙突の天辺は暗闇に呑まれて何も見えなくなっていた。

 仕方なく、再び軒轅は窓を閉じると寝台に戻った。戻っても尚、向かいに座る男は考え込んだままだった。

 だから、もう一つ浮かんだ事を口にした。

 

「薪代は馬鹿にならない額になりそうだな」


 それに関しては、軒轅は何と無くだった。あまり、火を起こすという習慣が無い。が、市井では冬場の薪が高騰する事がしばしばあって、苦労するという話を聞いた事があった。

 火葬場の運営自体は、街の統括が行なっているだろうが、それの自体は税で賄われるだろうな、ぐらいの考えだった。

 が、思いの外、雲景がそれに反応した。

 

「はは、人一人を火葬したとして白煙のままで煙を出し続けるのに、どれだけの火力が居ると思う?」


 漸く雲景は顔を上げたが、軒轅は思いもよらない問いに答えが導き出せなかった。

 

「親族に只人が居ないんだ。良く知らない」


 龍は火葬場とは無縁だ。葬儀には行っても、自らがそこに入る事は生涯ない。龍は、この世に骸を遺さないのだ。

 雲景もそれを知っているからか、軒轅に僅かながらの知識を披露した。

 

「人ってのは中々燃えない。我らが主人の様に異能を持っていれば別だろうが、いくら密閉され火力を出す事に特化した火葬場であっても、温度を保ち続けるのには薪がいる。それも膨大な量の……」


 上手く燃えないと、火葬場から黒煙が上がるのだという。不吉でも何でも無く、火力が足りないのだと、雲景は言った。


「これが、今日だけで無く、懇々と続いている事だとしたら……」


 再び考え込んだ雲景を前に、軒轅はポツリと溢した。

 

「……雲景氏、火葬場に行ってみないか?」


 雲景の顔がゆっくり前を向く。ああ、その手があったか、と二人は顔を見合わせていた。

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