第11話
二体の異形。先ほど切り落とした腕は、既に再生している。昔の記憶通りなら、業魔同様に首を落とせば良いだけだ。
燼の目に、その二体は鈍間に写った。手足が長いだけで、これといって特徴もない。言葉か音かも判断つかない異音を出し続けてはいたが、のろのろと近づくだけで、何もして来ない。
いつまでも、考えているわけにもいかなかった。燼は、
だが、そう簡単にはいかない。
「(次に隙を見せれば、喰われる)」
禍々しい瘴気は放つが、殺気が無く、動作も機微が少ない為に、読みづらい。不用意に飛び出せなくなっただけでなく、慎重さも要求される。
迷っている暇など無い。燼は再び前に出た。
勢いに任せ、懐に飛び込んでは、
「俺は、考えるのが苦手なんだよっ」
対処が分からず、思わず本音が漏れた。泣き言を言っている場合でも無いが、手立てがない。どう考えても、燼の手に余るどころか、一歩間違えれば命を落とす。
「(……俺は、自分の命を惜しんでいるのか?)」
命懸けな事など、最初から分かっていた筈だ。それこそ、祝融に仕える前から。何より、一度は首を斬られる覚悟もあったのだ。
「(今更、命を惜しんでどうする)」
燼の目付きが変わった。より強く、鋭くなった瞳は、紅色に変化していく。
止める者は居ない。燼は自分の中の何かが、自身を飲み込もうとする感覚を覚えながらも、今は気付かないふりをした。
――
静瑛は長剣を地に差し、杖の代わりにしていた。ぜえぜえと荒い息が口から出続けては、言葉を発することすら拒絶している。大事な剣だが、座り込むと立ち上がれなくなりそうな程に、疲労していた。これ程までに疲れた事があっただろうか。
何とか息を整え、顔を上げると辺りを見渡した。業魔と人の血がそこら中に広がっていた。省軍には大打撃だろう。ここには、将軍だけではなく、多くの武官も居たはずだが、生き残った者の中に無傷の者は殆どと言っていい程にいない。
「殿下、ご無事で」
左腕から血を流しながら、唐将軍が静瑛に近づいた。酷い傷だが、その程度で済んだのは、彼の実力のお陰だろう。
「唐将軍も、無事で何よりだ。生き残りは?」
「半数が戦死致しました」
城壁の破損は有っても、都には一体の業魔も入っていない。城壁に群がる無数の業魔に半数の犠牲で済んだのなら、上々だ。無論、悲痛な顔を見せる、唐将軍には口が裂けても言えないことではあったが。
また墓跡が増える。犠牲無く終わらない事は最初からわかっていた事だったが、静瑛は唐将軍の顔を正面から見る事は出来なかった。
なにより、まだ終わっていない。
そこら中で、溜まった瘴気が漂う中、城壁の内側から異常な気配が一つ……二つ。
「戦える者は居るか?」
「……殿下、何を言って」
「私は、そこまで陰の気配に過敏な方じゃない。此方側の業魔に気取られ過ぎて先ほど気づいたばかりだが、中に何かいる」
「そんな……」
唐将軍は生き残った者達を見渡した。皆疲れ切って、殆どが、その場に座り込んでいる。まともに戦えるも者がどれだけいるだろうか。生き残った者も、傷を負った者ばかりだ。軍としても、機能するかどうかも分からない。
それは、静瑛も理解していただろう。それでも尚、落ち着いた様子を見せる。唐将軍は皇族と揶揄するつもりは無くとも、静瑛が恭しい身分で有る事が果てしなく遠い存在に見えていた。自分とは違う、高貴な方。
それがどうだろうか。先陣切って業魔に向かったかと思えば、誰に守られるでもなく無傷の姿で此処に立っている。衣は業魔の返り血で汚れているが、それを気にする様子も無い。皇族として気高くも、此処にいる誰よりも、勇敢なる姿。天命を受けし英雄と称されるのは、彼の兄だけだったが、唐将軍の目には静瑛の姿もまた、英雄として写っていた。
唐将軍は振り返り、気力が有りそうな者が二人目に付いた。
「
名を呼ばれた二人は、一目散に唐将軍まで駆けてきた。
一人は白髪金眼と、唐将軍と同じ白龍族の風貌だが、唐将軍よりも幼く小柄の女。もう一人は、細身では有るが、しっかりした体格を見せる只人の青年。どちらも屈強とは言えないが、疲れた様子も見えない。
龍人族独特の落ち着きを見せる林校尉に対して、馮校尉は静瑛を前に、顔を強張らせ、緊張した様子を見せていた。其々が、静瑛を前に頭を下げ、唐将軍は小柄の龍人族を魏校尉、青年を馮校尉と紹介した。
「魏校尉は、将軍の候補にも名が上がった者です。馮校尉は若いですが、殿下と同じく異能の才を授かった不死です。平民出身で、少々不手際があるやも知れませんが、どうか大目に見て頂きたい」
「構わない。私の従者も同じく平民の出だ」
静瑛は、悍ましい気配がひしひしと伝わる方角を見た。距離が離れているからか、それ以上の情報はわからない。
「すまないが、私の従者達が心配だ。急ぎたい」
静瑛は再び二人を見た。真っ直ぐで、燼の様に使命感や正義感に満ちた目を見せてくる。
「唐将軍、こちらも瘴気は溜まったままだ。影響する可能性がある、警戒は続けてくれ」
「承知致しました」
「悪いが、二人は生きて返せるかは分からんぞ」
静瑛の顔つきは険しいものだった。それが意図するものは、容易に想像できる。それは、校尉二人への警告でもあった。静瑛からしてみれば、使命などで命を落とす必要は無いと考えていたからだったが、対して二人は緊張こそ見せたが、死ねと同義の言葉に臆する事は無かった。
「殿下、発言をお許しください」
それまで、黙って従っていた馮校尉が、口を開いた。訓練されているからか、落ち着き払った顔と、冷静な口調。
静瑛も、それに答えた。
「許す」
「此処は我々の故郷にございます。命を賭けるには十分な理由です」
「私も馮校尉と同様です。何より、殿下と共の戦える事を光栄に存じます」
兄の様に為りたいと思っていたのは、一体いつの頃だっただろうか。若く頼もしいその姿に、僅かばかりに、静瑛は心苦しさを感じていた。
「では、行こう」
その言葉で、魏校尉は龍へと転じ、静瑛と馮校尉を乗せて、飛び立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます