第18話
ゆらゆらと、蝋燭の灯りが揺れる。
魯粛は薙琳を品定めでもする様に、つま先から頭の天辺まで眺めた。佇まいは歴戦を思わせ、衣の下にで隠れているのは鍛え抜かれた肢体だ。その先を拝むのも悪くは無いが、とても敵う相手でも無いだろう。今も、薙琳は無表情を貫いているが、指一本触れたなら、魯粛に何倍となって返ってくる筈だ。
それが、何よりも魯粛を昂らせていた。
「あんた、その男に恨みがあるんだろう?」
「居場所を知りたいの。それとも、そこまでは分からないのかしら」
「いや、判る」
魯粛は確信していた。男が、何処にいて、今も何をしているか。
知り合いでは無い。あった事もなければ、何も知らない相手だ。だが魯粛には、薙琳が問いかける疑問に返せる言葉は持っていた。
「勿体ぶって、もう一枚金貨を出せとでも言うの?」
虚な
「いやいや、金も好きだが、情報屋は趣味と実益を兼ねた仕事でね。あんたに同行したい。
「……邪魔よ、殆ど山中を移動する予定だもの」
「問題無い。それに、俺を連れて行ったほうが利点がある」
魯粛の目は何一つとして嘘は語っていなかった。常に笑みを絶やさず、その向こうにあるのは、欲深な心だ。
「異能は無いが、
それ迄、二人の声だけが響いていた店の中が騒がしくなった。いや、薙琳には静寂のままだろう。
聞こえているのは、魯粛ただ一人。
この世の者とは思えない話し声が幾重にも重なり、嘲り、嫉妬し、憤怒し、様々な思惑と心情、精神が入り乱れている。
雑音にも近いそれは、不快な音にも聞こえるが、魯粛はその全てが聞こえていた。聞き分け、自らが欲しい情報を問いかける。
その声全てが、魯粛にとって情報だった。聞く事に長けた耳を
「どうする?俺なら、手を貸してやれる」
魯粛の瞳は欲望で満ちている。
「……報酬は私に付き纏うこと?」
「結末を見届ける事さ、手は出さないから安心しな。殺しはいけねぇなんて、善人ぶった事を言うつもりもねぇ」
今度は、薙琳が魯粛を見定める番だった。
その口が語る言葉は、何処までが真実か。
魯粛の言葉の節々に見え隠れする狂気。今も、薙琳を見据える男は、口の端を吊り上げて、答えを待っている。
「……良いわ、協力して頂戴」
「やっぱり、あんた良いね。迷いが無い」
そう言うと、魯粛は重たい腰を持ち上げた。薙琳の前を横切り、何をするかと思えば、店の中に居た客らしき者の傍で、それを見下している。
そう言えば、居たな。そんな程度の存在だったが、今も起きる気配は無い。
矢張り死んでいるのだろうか。二人が話をしている間、一切微動だにせず、今も魯粛が横に立っての気づきもしない。起こして店を追い出すのかとも思ったが、魯粛は、荒々しく客が座る椅子を蹴り上げ、地べたへと這いつくばらせていた。
「とっとと起きねぇか、出掛けるぞ」
「……うっ……」
呻き声か、起き抜けの間抜け声にも聞こえるそれは、男にしては甲高く艶もある。地べたに這いずったまま、女と思しき人物は文句を垂れていた。
「……もうちょっと丁寧に起こしても良いじゃない」
「うるせぇ、仕事だ」
薙琳相手には、客という認識だったからか、粗雑な面を見せなかった魯粛だったが、その女に対しては、遠慮はしない。足蹴にしては、その身体を転がし天を向かせていた。
「良い夢見てたのに、その後に見る顔があんたとか最悪」
「だったら出てけ、俺は構わねぇ」
「はいはい、従いますよ」
渋々と言った様子で、女は地べたからゆっくりと立ち上がっていた。立ち上がると、女から妙な威圧感が降り注いでいた。
魯粛の隣に立つ姿だけだと、身の丈から男かとすら思える。
「で、あれがお客さん?」
そう言って、女は薙琳を指差した。
「そう言うこった。今回は俺も同行する。お前は
「……まぁ良いけど」
女は、薙琳の前に歩み出た。薄暗い場所から蝋燭の灯りの下に来て、漸く女の顔が映し出されている。着崩れた衣を気にする事なくだらしない姿の女。その顔の右半分が火傷で覆われ爛れている。更には、右目は白く濁り、焦点を捉えていない。
女は容姿を見られる事を気にしていないのか、呼吸を肌で感じる程に薙琳の顔間近まで近付きまじまじと見ている。
「ねぇ、名前なんて言うの?」
「リン」
静かに答える薙琳に対して、「へえ」と適当に相槌を打ったかと思えば、顔や体、指先にまで細やかに触れ、その様は如何にも艶かしい。
「おい、必要ねぇだろ。気色悪いから止めろ」
「見えない分、触っておかないと」
何をしているかの説明もなく、女はその行為を続けた。その手は艶かしく動き回り、遂には際どい所迄手が伸びようとしたその時、女の手が薙琳によって遮られていた。
「……さっき、私を
ぎりりと腕が軋む程に力が入っている。ゾッとする様な目と言葉。これ以上は本当に腕が折られるかもしれない。女は全てを察し、慌てて手を離していた。
「ちょっと悪ふざけしただけ。そんなに怒んないでよ」
冗談めいて反省の色は見えないが、心なしか薙琳から距離を取るように離れいている。
どうにも、腕が痛む。その痛みが、薙琳が如何に本気であったかを物語っていた。腕を摩り、腕が正常であるかを確認する。腕が折れるなどたまったものじゃない。そうしていると、突如、女は首の締まる感覚に、思わず蟾蜍が潰れた様な声を上げていた。
「うぐっ……」
背後から襟をを掴まれ、魯粛によってされるがままに、後ろへと引き摺られている。そして、薙琳から距離が引き離されると漸く魯粛は女の襟から手を離した。
「悪かったな、こいつは
「酷い兄貴だよね。椅子から蹴落とすんだから」
ケラケラと酔っ払いの様に笑う絮皐に対して、態度が気に入らないのか、魯粛は舌打ちをする。
「……で、俺は魯粛ってんだ。暫くの間、宜しく頼む」
「それで、何処へ向かうの?」
その問いかけに、魯粛は迷いなく答えた。
「
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