四十二

 常夜の何処かで――

 

 暗闇の常夜の底で、四人の白い女達が立ち並ぶ。 

 空とは言えない、天を見上げて祈りを捧ぐ。祝言を紡ぎ、事態が鎮まる事を祈るばかり。

 そこに現れたのは、黒い衣の男だ。四人の目は同時にそちらに向かう。 

  

「手伝って欲しい」

 

 赤く光る目が暗闇の中で良く目立つ。その赤に釣られてか、顔も風態も澱んで見える。


「その状態で良く此処まで来ましたね」 


 相変わらず鋭い目をした華林が、燼を睨む。


「神子瑤姫は」 

「さあ、此処には来ていません」


 華林の顔が歪む。唇を噛み締め、ままならない状況に業を煮やすばかり。白き神子らしからぬ姿に王扈が華林の肩にそっと触れる。

  

「燼、その状態では心身が闇に飲まれるだけ、今暫く大人しくしていた方が良い」


 王扈も又、物悲しく言う。

 その隣で、目を閉じたままの神子がもう一人の神子を隠す様に前に出た。

 媚嫻びかんは、だらりと伸びて纏めもしていない白髪を鬱陶しそうに右耳にかきあげる。鬱陶しいなら切ればいいのに、それか縛る。燼も少し伸びただけで、組紐で纏めるのだ。見てるだけでもうんざりする長さを見せつける媚嫻の姿に燼目を向けた。


「神子燼、我々に何をしろと?私達は神の傀儡かいらいに過ぎない。何ができると言う」

「役目が祈るだけであれば、わざわざ神格の魂を分けた存在を送り込む必要はない。力は人並み以上どころか不死すら超越している。寧ろ、何故何もしない」


 燼の顔は慨嘆がいたんに染まっている。白き神子の役割は、言葉を伝えるものとされ、その力を使う事は凡そない。

 神聖なる力を、おいそれと使えないと言うのもあったが、単純に彼女たちは行動力が極めて少ないと言うのもあるだろう。

 常に神の加護の下にいる。それこそが傀儡である証拠でもあった。


「それで、そいつらはお空の上だか暗闇の底だか世界の果てからか知らんが、どうせ口出しするだけだ。こっちの命で賭け事でもしてるのかもな、そんな奴らの命令にいつ迄従う」

「燼!無礼だ!」

「俺が無体だとしても、神とやらが直接手を下す事はない。前に白神が言っていた。神は死を与えられないのだと。要は、神は生み出す事は出来ても、殺す事はできないんだろ?その為に、は俺に祝融様を殺す呪いを掛けたんだろう!?」


 誰にもぶつけられ無かった言葉を、感情のままのに燼は吐き出した。


「なあ、は……伏犧でさえも、命あるものは殺せない。何かを成し得る場合、神子って手先が必要になる。だが、何故俺だった。何故白神の子が……」


 燼の心が騒つく、燼の瞳の紅が徐々に濃くなる。思い通りにならない身体に苛つき、憤怒のまま、その怒りが吹き出しそうになる。が、それは燼の背後から現れた気配が肩にそっと触れると、燼は落ち着きを取り戻していた。


「彼は、白神が邪魔なのです」


 凛とした声が響いて、白が人を形作る。

 美しく、その色に全てが染まってしまいそうな美しさを宿した瑤姫。その目は物悲しく、燼と目を合わせた。


「随分と怒っていらっしゃいますね。彼の影響が強い」

「ああ、気分は最悪だ。それで、白神のを邪険にしてどうする、白神がこの国の封印の柱だ」

「……だからですよ。彼の方は、彼方側への帰郷を望んでいる」


 白仙山のその向こう。焔皇国の民の多くは、遥かなる地からやってきた。龍人族も、獣人族も、不死の一族も。

 あの山を越えた先にある外界から、皆、この地にやってきた。

 燼の脳裏に、懇々と続く雪山と雲の海が浮かぶ。悠久なる山々はどこか懐かしくも寂しくもある。あの時、その向こうへ行きたいと僅かな想いは今でも鮮明に残ったままだ。


「彼方側に何を求める」

「……女神女媧。それだけでしょう」


 ――それだけ?それだけの為に?


 燼が呆気に囚われていると、その心情を察した瑤姫が更に続けた。


「彼の方と女神女媧はついの存在。そして、妹でもあり妻君でもあった女神と永久の別れを決断し、娘を正道が為にその手で死に追いやり、仮初の愛を求め人に身を落としたが、妻は人らしく先に黄泉へと旅立ち、更には息子は身に宿った神威に呑み込まれてしまった。彼の方の心はもう、失われたのやもしれません」


 淡々と瑤姫は語る。


「神とて心はある。だからこそ、この国は存在すると言えます」


 家族への愛があり、正道を為す理があり、罪に苛まれる義がある。

 そのどれもが、人と何ら変わりがない。違うのは、彼らは偉大なる力を携え、その力は簡単に影響するという事だろう。  


「けれど、その心が悲しみに囚われすぎると、澱んでしまう」 

「その結果が、今……か」


 何故、妖魔が存在するか。何故、業魔が生まれるか。神の影響とは、何なのか。

 その答えは、いつだってすぐ側にある。

  

「そう言えます。神々は、予見していたのでしょう。だからこそ天命を下した」


 燼の顔色が変わった。仄暗い、その常闇で瑤姫は、四人の神子達の前に立った。


青娥せいが、あの日の夢は覚えていますか?」


 神子の中で、全くの無表情でそこに立っていた女が離れた位置にいる燼を一瞥すると、言い難いと言わんばかりに重たく口を開いた。


「……覚えています。今でも、鮮明に」

「皆は?」


 誰しもが、答えは同じだった。はっきりと覚えていると。その姿は苦々しく、とても祝言を伝えたとは思えない『夢』を遠ざけていた。

 そうだ、確か祝融様が生まれた時、神子達は『天命が下った』とした伝えていないのだ。内容に関しては、一歳明かされていない。


「知らないのでは無かったのか?」

「……当時、伝えられたのは、天命の子が生まれるという言葉だけでした。ですが新たな言葉が、今日、伝えられました」


 白き神子逹は、五人並んで円を作り中心を見る。そして、瑤姫は立ち尽くしている燼へと円へと加わるように手でそっと促す。


「神子燼、」

「俺は協力して欲しくて此処に来たんだ」

「怖いのですか?」

「……何だと?」


 起伏のない神子瑤姫の瞳は、静かに燼を見る。他の神子達も同じく、しじまの瞳を向けていた。

 暗い夜の底で、カラカラ、ケタケタと達が騒ぎ始める。あれらは常夜の僅かな変化に敏感だ。神子達が六人も集まれば、それこそ夜がざわめき立つ。

 鬼の気配に燼は苛立ちながら、その円へと加わった。  


「俺に何を見せる気だ」

「知りたかったのでしょう?何故、が祝融に拘るのか」


 そう言って、瑤姫は瞼を閉じた。燼は、瑤姫から目を逸らすと向かいにいた王扈と目があった。その王扈も物悲しい目を残したまま、ゆっくりと瞼を閉じる。

 彼女と過ごした日々が、遠い昔のような思い出にも似た感覚を残しながら、燼も暗闇に身を預けた。

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