二十二

 街の住人が消えた先は知れずとも、区別はついた。となると、また問題が浮上した。


「何故、二人は消えた」


 冷静さを取り戻した祝融が、独り言の様に呟く。

 街とは全く関係のない二人。血が関係しているのだとしたら、龍など的外れも良いところだ。

 祝融は何となしに、窓に目をやる。土がついていた窓。あそこから出入りしていた事は明白で、コソコソと二人は何かを企んで実行した筈なのだ。


「何を探っていた」


 また、独り言つ。祝融は立ち上がり、窓に近づくと、窓枠に手を掛けて外を眺めた。その視界に映るのは、白い街並みだが、一等目立つのは、今も黙々と白い煙を出す煙突だ。

 そして、もう一つ、視界に映るのは、その煙突近くにある煌びやかな建物。

 聖殿だ。


「(俺達が街を出ている間にきな臭い事象に出会し、それを探る。軒轅ならやりそうだが……)」


 良くも悪くも、軒轅は行動力がある。さぞ、燼と組めば、其処彼処に二人で動き回った事だろう。だから、それを止める役目に雲景が共に居た。二人を残したのは、街から目を離さないという一環だっただけで、探る命までは下していない。

 奥底から駆り立てられる不安に、祝融は自然と舌打ちをしていた。

  

「どうされますか」


 背後で、次の命令を待つ二人。

 祝融は一度振り返るが、今一度街をその目に留めた。気になるは、火葬場。

 延々と、その煙は途絶えない。


「何故、煙が途絶えない」


 祝融は思ったままを口にしただけだった。

 そもそも、名簿に載っている死者とされる者達の大半は、消えている可能性があるのだ。火葬で燃やす亡骸が一体どれだけあるというのだろうか。

 そう思った瞬間に、二人が同じ考えに至った可能性が大きいのではと、脳裏によぎる。二人は、一日中この街にいた。それを変事と捉えたならば――


「火葬場を探った……か?」

「……そうなると、二人は見てはいけないものを見た……となります。それでは」


 彩華は祝融の独り言に応えて言いかけるが、言葉が喉で詰まった。

 それでは他の神隠しと違い、神威でなく人為だ。作為的な行動であれば、何事もない部屋を、さも神隠しに会ったのだと取り繕ったことになる。


「彩華女士の言葉通りです。それに、二人は龍人族。どうやって抵抗されずに此処から連れ出したというのです?」

 

 洛浪の言葉で、祝融は振り返る。心当たりがあるのか、表情は暗く険しい。その顔で、彩華は、「あ、」と短く声を上げた。


「夢見なら……出来るかも」

「それも、恐ろしい程に強い力を持った者だ」


 祝融と彩華は、一度だけ目にした強制的に眠りへと誘う力を思い出す。あれは、あくまで神子の力で、比べようもないのだが。その時の、燼のあっけらかんとした表情で、そう大して難しい事でも無い様に振る舞っていた姿ばかりが、二人に浮かんでいた。


「私には、出来ません」


 洛浪が、落胆にも近い細々とした声で言う。洛浪曰く、自らの力は夢見の中でも下の下何だそうだ。


「安心しろ、神子がやった事をやってみろとは言わん。それに、問題は――」


 ―この街に、確実に神意が有り、その神意に手を貸す夢見がいる、という事実だ。


 ――

 ――

 ――


 常夜のどこかで 


 暗闇の底で、男は果てを眺める。

 艶やかな装いの衣の袖をずるずると引きずり、ふらり、ふらりと身体を大きく左右に揺らしながら歩く。

 空虚なその身、空虚な目、その男のお零れでも狙うかの如く、纏わりつく幽鬼の群れ。

 特に目的も無く、ただ歩き回る。


  

 どれくらい歩いた頃か、男の足はぴたりと止まる。

 僅かな自身の眷属の気配を頼りに、背後を振り返れば、その視線の先に気配が現れた。


 白い衣がヒラヒラと漂い、霞の中より、顕現する。


伏犧ふくぎ様……」


 魂を分けた我が子の呼び声で、男のその目に白い姿が映る。


「瑤姫……」


 瑤姫は両手を合わせ、こいねがう。その姿は、祈りにも似ている。

 顔を歪める程に、強く強く願いを込める。

 どうか、元の姿に――


「どうした、瑤姫……」


 悲観に暮れる瑤姫に、男は近づいた。

 ずるずると、身体を引き摺り歩くその姿は、まるで死霊。

 尊厳ある姿を失い、壊れた精神を抱えたそれは、その姿を保つのも限界が来ている。瑤姫の目の前に立ち、ゆっくりと、瑤姫の髪を撫でれば、慈しみを込めた瞳が蘇った。


「我が子よ、もう直、私の娘が蘇る。あれは、妻に似て美しい娘だった」


 望郷を脳裏にでも浮かべているかの様に、男はうっとりとしながらも、視線は明後日の方向にある。

 しかし、その表情は、少しづつ歪んでいく。憎悪、嫌悪、後悔……凡そいんとされる感情が溢れ出し、男の精神を支配していた。

 その娘から神格を奪ったのも、男自身だったからだ。人の国に害意ある存在として、そうせざるを得ない状況だった。


「今思えば、あれが始まりだったのかもしれんなぁ」


 男の手は瑤姫の髪を撫で慈しみながらも、そう語る姿は、まるで他人事の様。

 されるがままに、瑤姫は男を受け入れた。男が語る娘とは違い、血の繋がりはない。

 魂を別つ存在として、現世に送り出された子として、瑤姫には拒絶する術は無かった。


「直に、幻燈げんとうも目覚める」


 それまで大人しく男に従っていた瑤姫だったが、男から逃げる様に一歩下がった。


「どうした」


 男の手が、空に浮いた。

 

「洛嬪は蘇りません。神威ある貴方とて、死者に生は与えられぬはず。貴方が創りし存在は、水神洛嬪とは別の存在です」


 神格を奪われた存在である洛嬪は、悲しみに耐えきれず洛水湖に身を投げて自死した。

 瑤姫が生を受けるよりも前の話とあって、瑤姫も神農や男より聞いた話に過ぎない。だが、その目の前の男は、瑤姫の口答えに怒りも見せず、意味ありげに含んで笑う。

 それも、愉しげに肩を揺らして。その様は実に妖しい。

 

 その姿に、瑤姫は目を背けるばかりだ。顔を手で押さえて、どうにもならないのだと、悟るだけ。


「あの子の神威は、今も私の手の中だ」


 男はまたも、にたりと妖しく笑う。

 大丈夫だ、何も問題はない。と、不安の渦の中にいる瑤姫を抱き締め、あやす。


 その情愛が、瑤姫を苦しめていると知りながら。

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