二十一

 街の一等地とも言える、高台の居住区は物々しい家ばかりが並ぶ。

 白が立ち並ぶ中でも、静寂がゆっくりと背後から迫ってく気がしてならない。その静寂に、飲み込まれる気がして、、、

 


 キュウセンを治める、戴家。その門戸の前、私兵の門番が二人、突然の訪問者を前に厳しく立ち塞がる。しかも、言葉を発してはくれないものだから、ややこしい。


「そちらが事情があって話せないのは分かっている。だが、急いで取り次いだ方が身の為だ」


 と、普段はのほほんとしている洛浪が厳格な顔つきで門番に詰め寄る……その表情は見えずとも、仮面の奥底の鋭い目つきと威圧がまじまじと降り注いだ事だろう。一人が慌てて中へと取り次に走ると、一人が逃げる機会を失ったのか、俯き加減に小さく少々お待ち下さいと、か細く口にした。


 それから、そう待たずに、門戸は開かれた。

 解家が効いたか、それとも別の理由か。どちらにせよ、街を治める者に会える機会を得た事には変わりない。

 洛浪を筆頭とし、祝融と彩華は背後で控え歩く。白い街を抜けたとて、その異風な様子は変わらない。重い空気とでも言えば良いか、あちらこちらから祝融は肌にまじまじとした視線を感じた。


「(何だ?)」


 その視線は、祝融や彩華というよりは洛浪を捕まえて離さない。


  

 ――



 通された部屋は、至って普通の長椅子が並べられた客間だ。が、窓が無い。こう言った客間は、日当たりが良く光が取り込める部屋が選ばれるのだが、客人に陰鬱な印象を与えない為、と言われているがその習いの通り少々窮屈な印象を受ける。

 灯りは行燈だけと、昼間なのに薄暗い。まあ、これがこの街のやり方と言われて仕舞えばそれまでだ。

 ただ、その街に好印象を抱いていない事が、その部屋のひいては、その邸の不気味さを助長させていた事だけは確かな事実だった。


 そんな不穏極まり無い部屋の中、出された茶器には手を付けず洛浪が眺めていると、廊下から人の足音が届いた。それは、洛浪の背後で控える祝融と彩華にも聞こえた様で、扉の向こうへと視線が集まる。

 ゆっくりと落ち着いた歩調。どうにも、慎重な人物が来たようだと、洛浪の俯き加減だった背筋がスッと伸びた。

 臨戦態勢を思い出す。その時だけは、洛浪が纏う空気は冷然たる氷の刃の如く。祝融が灼熱ならば、洛浪は厳寒と例えられるだろう。



 そんな鋭さが増す部屋に、その者は入ってきた。

 落ち着いた足取りを保ち、戴家の代表として現れた者は、ひょろりとした細身で背が高い。一見、頼りなさげだが、実に堂々とした風格もある。

 洛浪の対面に置かれた長椅子に腰掛け、解家である事自体は信じているようだった。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません」


 キュウセンの者には珍しくも口を開け言葉を発した。その声色は、男にしては少々甲高い……というよりも、女の声だ。


「私、この街を治めております。たい清杏しょうあんと申します」


 仮面こそ外さないが、その物腰は柔らかく落ち着いている。男装混じりの格好が男を思わせたが、座る姿勢は女性そのものだった。


「解家の方がお越しになると知っていれば、事前に何かと手配をしておいたのですが」


 配慮が足りず申し訳ありません、とまで。どちらかと言えば、突然押し掛けた洛浪が不躾に当たるのだが、それすらも意に返さないと常に、清杏は温厚誠実な風体を保っていた。


「いや何、親族に会いに来る用事があったのだが、街に何やら変事が起こっている様子。少々、不躾ながらも、突然こちらを訪問した次第」


 洛浪としては、手っ取り早くという考えがあったのだろう。が、あまりにも露骨だ。

 露骨だが、相手の隙を突くには良かった。仮面越しで表情は見えずとも、些細な身体の機微だけははっきりと浮き出る。

 

「……人が消える、でしょうか」

「ええ、私の従兄弟姪も同様に消えました故、御力をお貸しいただきたく」

「此方も、その事案につきましては手を拱いている状況に御座いまして、、、暗愚と貶められても仕方が無い程に御座います」

「……何もしていないと?」


 相対した、その仮面の向こうで、清杏がにっこりと笑って見えた。


「その魂、その身心、全てが水神洛嬪の血肉となる。これは、神の試練と考え得るべきでしょう」


 神の仕業なのだから、仕方が無い。


「貴女はこの街に住む者の命を差し出すのが使命だと?」

「そうです」

「だから、連日葬儀が執り行われ、街人は沈黙を貫くと?」

「信仰心の賜物という事でしょう」

「ならば、何故ジョウまでもが巻き込まれる。信仰を捨てた者までが、その命を捧げねばならんのだ」

「仕方が無い事、ジョウもキュウセンと袂を分けたと言っても、血は続いているのです」


 仮面の奥底で、その女の瞳はほくそ笑んでいる、そんな気すら起こりそうな程、清杏は落ち着き払っていた。


「では、消えた方は把握しておられますか?」

「ジョウまでは把握しておりませんが、この街でしたら、届けは出されております。ご覧になれるように手配は致しましょう」

 

 ――ですから、もうお引き取り下さい。


 冷ややかな口調で語る清杏は、立ち上がると扉へ手を示し、出て行く様にと促している。

 その清杏の手は、些か震えていた。何かに怯えている、とでも言うのだろうか。

 

 洛浪は、背後に居る祝融と彩華に視線を送ると立ち上がる。


「この度は、突然の訪問にも関わらず、この様に歓迎してくださった事に感謝いたします。我々は、まだ暫く街に滞在する予定に御座います。何かあれば、翠楽庵という宿までご連絡下さい」

「ええ、その様に」


  

 ――



 そのまま、宿へと戻ると直ぐ様に、役人と思しき男が現れた。その男の手には死亡届の名簿が握られている。男は、挙動不審なのか、手は震え、衣は汗ばみ、首にも汗が伝っている。しかも渡したくないのか、名簿を握りしめたまま渡そうとしない。


「そなたは、戴清杏氏の命で此処に来たのだろう?それを渡せば、任は終わる。帰って良いぞ」


 何を渋っているのだ。と、洛浪も睨みを効かせる。それは、洛浪だけでなく、洛浪の背後で控えている祝融も、手渡す様にと請求する手を向ける彩華からも、威圧が突き刺さるだろう。縮こまり、おどおどと震えながらも、男は彩華に名簿を渡した。


「……その、名簿を見ても……」

「ならば、何の問題も無いだろう。何を怯えている」


 名簿を受け取った彩華は、それをすんなりと洛浪に手渡す。


「助かった。写したら返そう」

「いえ……」


 男は、及び腰ながらも、おずおずと部屋から出て行った。その背に、不安を乗せたまま。


「あー、堅苦しい」


 男が遠のいた事で、それまで黙って背後にいただけの祝融の口から、本音が溢れた。首に手を当て、首が凝ったと左右に曲げ、更には洛浪が座る長椅子の対面に態とらしく、音を立てて座る。

  

「それ、嫌味ですか?」


 と、名簿を洛浪の前で彩華が広げながら、クスリと笑う。普段、その堅苦しい役目を負っているのは、祝融の従者達だ。


「俺は、どうにも黙っているのが向いていないな」

「祝融様の立場で、黙ってたら寝首を掻かれますしね」


 あはは、と笑う彩華は、真剣な目で名簿を眺め始めた洛浪を前に一度口を閉ざした。


「……それで、洛浪。どうだ?」


 頁をめくり、洛浪は名簿に目を通しながら、何人かに目星をつける。


「短期間に、かなりの人数が亡くなっています。矢張り、戴氏の言葉通り失踪も死亡と扱っている様ですね」

「死者に関連はありそうか?」


 洛浪は、名簿を祝融に向けると、一部をトントンと指で指し示す。


「丁寧に年齢や、住んでいる区域が示されいてます。殆どが、叔父の話通り若い者ばかりです。そして――」

「区域か……」

「彩華、悪いが街の地図を」

「はいはい、もう用意していますよ」


 洛浪が指示するよりも早く、彩華は地図を手にしていた。それを、卓の上に広げると街の区域まで細かく描かれている。それを、名簿と照らし合わせていくと――


「似た区域ばかりだ……親族か?」

「姓の無いものばかりで、そこまでは判断出来ません。ただ、私が思うに……血では無いのかと」

「……そう言えば、先ほど戴清杏も血がどうとか言っていたな」          


 ――ジョウもキュウセンと袂を分けたと言っても、血は続いているのです

 ――その魂、その身心、全てが水神洛嬪の血肉となる


「戴清杏は、我々に言葉で示した……と?」


 気丈な姿から一転して、突如怯える様子を見せた。一体、何に怯えたと言うのか。そして、それが伝えてはいけない言葉だったとしたら。

 想像が、著しくも明後日の方向へと向かい始め、彩華が慌てて声を上げた。 

  

「待って下さい、言葉通りだと、その……」

「神を創る……水神洛嬪を復活させようとしている、か」

      

 彩華が、言い淀んだ言葉を、祝融はあっさりと口にする。


 神を創る。荒唐無稽な事とも言える、事態を前に、誰も笑う事はない。

 事が動き始めている。

 そして、それが人の力では到底叶わない事象である事も。


「……洛浪、お前は一度街から出ろ」


 祝融は目の前に座る洛浪を見入る。その目線は厳しくも、気掛かりが篭っている。


「私の従兄弟姪の事案を鑑みれば……不死も範疇であるのであれば、確かに私も該当しますね」


 洛浪は、パタンと名簿を閉じた。


「逃げません。東君は、気をつけろとは言いましたが、逃げろとは言いませんでした。ならば、私にはまだ役目があるのでしょう」

「全てを東王父に委ねるのか?」

「いえ、私の意思です。それに、彩華女士の夫君ふくんも、軒轅氏も、まだ行方知れずのままです。逃げ出せません」


 そう言って、彩華に向けて微笑む。今、渦中にいるのは、自分だけでは無いのだと。


「殿下、もし、二人が消えた事案に神意が絡んでいるならば、手は多い方が良いでしょう」


 依然、厳正を残した瞳のままの祝融に洛浪は、一路に視線を向ける。


「命の危機があってからでは遅いと言っているのだ」

「おや、私は従者として祝融様の為に命を投げ出す所存で此処におりますが」


 惚けた調子で投げかける言葉。その瞬間に、卓が大きく、重く音が鳴った。

 祝融の右の拳が卓にの減り込み、大きく凹んでいた。


「俺は誰も犠牲にする気は無い!!!」


 声を荒げ、はっきりと憤怒を示す祝融の姿に、洛浪と彩華は驚くも、直様に平静を取り戻す。


「では、その様に努めます」


 洛浪は、その怒りを静かに受け止めたのだった。

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