四
皇宮本城から戻った顔など、どこかへ吹き飛んだ。そんな満足気な表情を見せながら、祝融は帰宅した。
だが、その表情も気難しい顔で腕を組み、応接間で兄の帰りを待っていた静瑛の言葉によって崩される事となる。
「神殿から使者が来ました。瑤姫様が直接お伝えしたい事があると」
休暇はあっという間に終わった。その瞬間に、祝融の表情はがらりと変わる。
「……随分と早いな。しかし、志鳥を使わないとは」
志鳥は、言葉を伝えるものとされている。神が造りし神具であり、
祝融は、いつ何時もそれを手放す事は無く懐にしまっていたが、志鳥は届いていない。
「とにかく、神殿に行きましょう」
悠長に馬車などとは言っていられない。共に帰宅した雲景を呼びつけ、神殿へと向かった。
街が洗朱色に染まる中に、一際目立つ、高い建物。
皇宮から少しばかり離れた所にあり、皇宮よりも市井に近い存在として、そこにある。
神殿の一角は民が神に祈りを捧げる場所として解放され、祝い事の時のみ訪れる者もあれば、毎日熱心に通う者もいる。今も、夕闇が近いというのにも関わらず、拝堂に入って行く者の姿がある。
民の為に開かれた門を通り越し、解放された敷地の更に奥にある門前に赤い龍が降り立った。
二人の顔を見て、顔を知っていた門番は恭しく言葉を述べる。
「祝融殿下、静瑛殿下、お待ちしておりました。中へどうぞ」
案内されるまま、祝融と静瑛は中へと入っていった。
隔離された敷地の中、新緑と花々が彩るそこは、皇都とはまた別の様相を放っていた。
幾つもの建物が立ち並び、神子と神子の世話を任される
祝融と静瑛は何度かここを訪れた事があった。門番の案内など不要ではあったが、神殿の敷きたりの手前そうもいかない。
二人はてっきり行き慣れた宮に案内されるものと思っていたが、案内された先は、見知らぬ金聖廟と呼ばれる場所だった。
「こちらに、神子様達がお待ちです」
――たち?
神殿には、五人の神子がいる。
神事など主だった事でもない限り、神子との面会は血の繋がりのある親兄弟までの親族に限られる。
神子を守るためでもあるが、できる限り、外界と遮断された空間を作るためでもあった。
あとは、神子本人から面会要求があった者のみとされているが、その様な機会は殆ど無いとされている。
祝融は生まれた時に神託を授かった身であり、叔母からの面会要求とあって、幾度と無く神殿を訪れていた。神託を告げる時もあれば、瑤姫が寂しさを紛らわす為に、適当な理由を付けては甥を呼び付けていた時もあった
門が開かれ、細々とした蝋燭の灯りだけが照らされた暗闇が広がり、夕陽が差し込んでいた入り口も扉が閉ざされると共に闇に飲み込まれた。
数々の神が祀られる中、
ぼんやりとした灯の中、白い衣を身に纏い、一人を筆頭に立ち並ぶ女が五人。
祝融と静瑛は、迷いもなく神子達を前に頭を下げた。
神子は、皇帝と同格とされる。権威こそ同じでは無いものの、例え皇族であっても、彼女達を前にしては頭を垂れるしかない。
「祝融、静瑛、面を上げてください。急ぎの面会要請に応じて下さり、感謝します」
薄暗い中で表情は見えないが、緊迫だけが二人に伝わっていた。
「此処では、外に声が漏れる事は有りません」
漸く慣れてきた目に、白銀の髪色が映った。歳若く、不死よりも上位とされる、不老不死の存在。
彼女達には、寿命も無ければ、精神の老いも存在しない。生まれた時より、彼女達は人では無いとされる。
人の胎を介して生まれてくる――真の神の子として、ここにいる。
「ご用件を伺います」
その言葉と共に灯火が全て消え、静寂と暗闇の中、床が白光を始めた。
光は徐々に強くなり、やがて国全土を描いていく。気付けば、神子達は、円になり祝融と静瑛を中心に立っていた。
二人は、ただ床を見つめ流ばかりで、驚きを隠せず言葉も出ない。描かれた国の中、国全体に黒い靄がぽつぽつと小さく映し出され、殆どが、人が住む場所に集中していた。
「これは……?」
「今は眠る業魔です」
淡々と述べる瑤姫に対して、二人が僅かに反応した。
今までは、地図にそれと無い場所を記すだけだったが、この様に神子の力を見るのは初めてでもあった。
「全てではありませんが、幾つかは、そろそろ目覚めるでしょう」
あまりにも、数が多すぎる。
――もし、これが一気に目覚めたら……
祝融は自身の恐ろしい思考に、背筋に冷たいものが流れた。隣を見れば、同じ思考が過ぎったのか、静瑛もまた言葉を失い息を呑んでいる。昨日の静瑛の予想が、そのまま目の前に映し出された事が何よりも恐ろしかった。
「何故、これを我々に見せたのでしょうか」
「貴方達は、この状況を知る必要があった」
神子は、神と同じく真意を知らせない。自ら真意を見つけ出し、使命を考えるしかない。
――いつか、状況が落ち着いたら……
そんな淡い期待を口にした事が、愚かに思えた。
「我々の……私の使命は、業魔を倒し続ける事であり、それを忘れるなと?」
「祝融、業魔は確実に増えています。そして、何故現れ、増えてるかなど、神は教えてはくれません」
不意に、足元の光が途絶えた。再び訪れた暗闇が広がるとともに、蝋燭に灯りが戻り、祝融達を囲んでいた神子達は、元の位置に戻っていた。
――夢の中だったのか……?
神子は神と夢を繋ぎ、会話を可能にすると聞く。
夢見という能力は、必ずしも人が持つ能力とされるが、それを自在に操る事が出来る者は少ない。更には、神と通じる事が出来るのは、神子だけだという。
「神託を受けし子、姜祝融。そして、その弟、姜静瑛」
名を呼ばれ二人は、瑤姫を見据えた。
「貴方達には酷な命運かもしれません。それでも、貴方達の力が必要です」
瑤姫の輪郭がはっきりと分かる程に目が慣れ、その表情が悲哀に満ちている事は、祝融の目にもしっかりと映っていた。
瑤姫が首を垂れ、それに続くように背後にいた四人の神子達も祝融と静瑛に頭を下げた。
「どうか、この国に住む者達の為に」
彼女達には、決して必要の無い行為。祝融は、心を読み取られている様だった。
皇宮で祝融がどの様に扱われているかなど、神農の娘である瑤姫が知らぬはずがない。それでも、瑤姫は祝融を神託を受けた者として、追い討ちを掛けようとする。
神意など、到底知れない。
「……我々は為すべき事をするまで。話が終わったのなら、失礼させて頂きます」
祝融は静瑛に出るように促すと、神子達に背を向け扉へと向かった。
「次の目覚めまで、時間が迫っています。追って、皇宮に詳細を知らせます」
扉が開き、月明かりが聖廟に注ぎ込まれる。その閉まる直前。祝融はわずかばかりに振り返ると、瑤姫と目が合った。
その薄暗いこと。瑤姫の表情に影が刺し、暗雲立ち込める国を表している様だった。
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