二十四

 夜が深まる。

 月明かりに照らされて、ひっそりと動くには好ましくない、この日。それでも、動くしかなかった。

 猶予など、あるかも分からない。

 神意など、誰にも汲み取れないのだから。

  

 

 

 祝融は、彩華と洛浪を引き連れ火葬場へと向かった。月は明るいが、戒律の厳しい街は、ある意味で好都合だった。

 門限でも決まっているのか、それとも、規律を重んじてか、黄昏こうこん(十九時ぐらい)の頃には、街の人通りは減っていく。そして、更に夜も深まれば、人はパタリと見かけなくなった。


 不気味なまでに静か。家でも、沈黙を貫いているのか、街は、更なる静寂に飲まれている。

 陰気な街だ。

 裏通りを選んで、ひっそりと歩く一行は、灯りすら消えた家々が陰鬱な空気を取り巻いている気がしてならなかった。

 おどろおどろしいというよりは、何か起こる前触れの静けさだ。

 沸々と、深い深い底で、何かが待っている。

 そんな気がしてならない静けさの中、一行は気配を消し、目的地へと静寂の一部となって向かっていった。


 ――

 

 火葬場も、また静かなものだった。夜に慣れた目が、月明かりに照らされた煙を明確に映す。

 白く、魂が月にでも登り行く様に。

 塀に囲まれた火葬場の門は閉ざされ、その向こうには人の気配が、ちらりほらり。

 その塀の一角、暗闇に紛れて三人は塀の中を探っていた。


「……、」

「ああ、此処は死人を見張る必要があるらしいな」


 彩華が静止を掛けるように小声で囀る。此処に、雲景と軒轅がいるかどうかも分からない今、見つかるのだけは、避けねばならない。かといって、不信感の一つ芽生えさせる訳にもいか無いものだから、祝融も思い悩む。

  

「コソ泥の真似事は初めてだな」

「楽しそうになさらないで下さい」


 珍しくも彩華が雲景の真似して説教しようとするも、祝融はにやりと笑う。


「洛浪、どの程度見える」


 祝融の背後で、同じく火葬場の気配を探ってい洛浪が、小さくため息を溢す。 

  

「千里眼では無いのですよ……」


 愚痴を述べながらも、洛浪は少々お待ちを、と告げると目を閉じた。ほんの一瞬、洛浪の身体が揺れる。十も数えた頃、洛浪は突然に目を開けた。が、いつも呆然とした表情をしている顔が、徐々に強張っていた。


「この施設に、人が複数人……二人との判別は付きません。後、それとは別に、奇妙な気配が……」

「何だ?」

「何と言えば良いのか……」


 黒く澱んだ……業魔の気配すら漂いそうな、黒い渦。ただ渦巻いて、そこにある。

 洛浪は、それに近づこうと思えなかった。いや、近づけなかった。湧き上がる恐怖で、魂を晒したままの姿では呑み込まれると、本能が警鐘を鳴らしたのだ。

 そして、その恐怖は魂が肉体に戻っても尚、拭いきれてはいない。その証拠に寒空の中、洛浪の額から汗が伝い、その畏怖を物語る。


「洛浪」


 主人の声に洛浪は、はっと顔を上げる。畏怖に押しつぶされ、目の前の主人を蔑ろにしていたのだと、改めて火葬場の何かの存在を思い知らされる。


「何を見た」

「はっきりと、とは」


 未だ形の無い物。例えるなら、と考えても何も浮かばない。


「まあ、確かめてみるしか無かろうよ」


 洛浪と彩華は頷く。一旦引いて、上空から……と考え火葬場から離れようとした、その時だった。


「火葬場への侵入はお勧めしません」


 聞き覚えのある、女の声。暗い路地の奥まった、そこに居たのは、たい清杏しょうあんだった。

 その出立ちに、男とも思える姿と、変わらず仮面をしている。

 あまりにも突然に現れた清杏に、祝融はあくまでも、解家の御付きを演じて、洛浪の前に立つ。

 会話を聞かれていたならば、あまり意味は無い行為だが、清杏が気にする様子は無い。 

 洛浪としては、主人が前で盾となる姿に内心状況を不服に感じながらも、祝融が望むなら乗るだけと、解家として洛浪は口を開いた。


「話す気になったのだろうか」

「……どうか、今一度我が家へとお越し下さいませ」


 清杏は、今は語れないと話す。ただ、信じて欲しいと。不安を隠しているのか、その身が微かに震えているが、その口調は落ち着いたまま。


「行方知れずになっている龍人の二人の場所も、存じております」


 その言葉に一斉に三人は反応する。挑発とも、人質とも言えるが、今は殺気を抑え、洛浪は祝融に目配せする。祝融は内心、さぞ腑が煮え繰り返っている事だろう。しかし表立っては一切見えてこない。それどころか、落ち着いた様子で、洛浪に目線を返していた。

 行くしかない。

 祝融の仮面奥底で、殺気だった瞳が洛浪に確りと映った。


「では、同行しよう」


 涼しい声で返答すれば、心なしか清杏が安堵したかの様にも見える。こちらへ、と案内され、一行は再び戴家へと招かれたのだった。


 ――

 ――

 ――


 戴家は変わらず、鬱々とした人の気配が満ち満ちていた。

 門から邸までの短い距離ですら変わらず、ねっとりとした視線が降り注ぐ。

 祝融は少しばかり目線を上げ二階を見上げるも、それは続く。

 何かと目が合う、という感覚はなく、ただ暗闇ばかりが瞳に映る。

 月明かりに照らされた邸は、そう暗くもない夜の筈なのに、暗然たる空気が邸すらも飲み込みそうだった。

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