第4話

 煌めく道は、探し物へと導いていた。あれ程までに美しかった道は、今では物悲しげだ。一歩一歩と踏み進める足の下には、やはり誰かの夢が転がって輝いている。夢で敷き詰められた世界の果てへと続いている様で、先はまだまだ長い。

 だが、どうにも邪魔者は再び現れたようだ。今度は、騒々しい連中の様で、子供に纏わりついていたの連中と同じかは分からないが、燼に何か強請ろうとでもしているのか、わらわらと集まっている。


―なあ、何かおくれ

―いい物があるんだ、その目と交換しよう

―目が良いならば、よく聞こえる耳は要らないか?


 何も知らない子供達は、鬼の姿に慄いて逃げ出すか、恐れ知らずに取引に応じるかだ。とても人には見えない姿だが、恐れ知らずな子供ならば、怖さに気づかず、その申し出を受け入れる事も有るだろう。

 誰もが、夢の通い路を知るわけでもない。

 子供は、無邪気だ。容易に入り込める夢の世界に魅了され、勘違いをしてしまう。自分は、にこれる存在なのだと。誘い込まれ、迷い込んだなどと考えはしないのだろう。ほんの少しでも、魅力のある誘いに容易に引っかかってしまい、永遠に暗闇を彷徨うか、魂を差し出してしまうのだ。

 鬼は、今までに何度も燼に擦り寄った。どの誘いにも燼が乗る事も無ければ、視線を向ける事すらないのだ。それらも、燼に触れる事は無い上が、大人と子供の区別はついても見境が無いのか、どれだけ無視をした所で探し物をしている燼に纏わり続けた。


「(面倒だな……)」


 いつまで、纏わり付かれるのか、そう考えると鬱憤は増した。見ず知らずの助かるかどうかもわからない子供を探しに行くという、意味のわからない状況で、近づき物欲しげに後をついて回る鬼が、視界に映り込む事すら嫌悪感を覚えそうになる。

 燼は、姿を転じた。熊の姿で、少しづつ足を早めてゆく。気付けば、人では到底追いつけない程の勢いで走っていた。

 追い付けないのは、どうやら鬼も同じだった様で、走る事が出来ないそれらは、見る見るうちに見えなくなった。

 また別の鬼に出会しても面倒だと、そのままの速度で、道を走り続けた。そして、どれくらいの時が経った頃だろうか。道は途絶えた。


 指し示すものが無くなれば、後は感覚に頼るだけだ。燼は、姿を人に戻すと、黒い玉を取り出した。

 掌の上で転がしては、じっと見つめる。

 それが先を示す事は無いが、似た気配は読み取れる。ふっと、風が吹いた様な感覚に、燼はそちらを向いた。

 遠くから蹄の音が響いた。燼に気付いたからなのか、蹄の音は気配を伴って徐々に近づいている。

 そして――


「……獣人族だったか」


 闇に同化しそうな程に黒く染まった、馬。子供と思っていたが、その大きさは成人の姿と言える程に大きい。陽の光の下でならその黒い毛並みも美しく輝くのだろうが、空洞となった眼窩がその黒を不気味な姿へ変質させている。

 気配と感覚に誘き寄せられただけか、じっと燼の方を向いては出方を伺っている様に何も語らない。鬼では無いことは確かだが、その眼窩の闇の如く、虚な存在だった。


「どうしたい。ある程度なら助けてやれる」


 少しでも、反応してくれたなら、どれだけ良かったことか。虚な存在となったそれは、記憶を失い、言葉を失い、闇を彷徨うだけの存在に成り果てていた。


「鬼では無いのだろう!?お前が願わねば、俺は何も出来ない!」


 僅かに、その身が動いた。もう少し、何かきっかけがあれば……

 だが、無情にも燼には刻限が迫っていた。


「……朝か」


 常夜たる夢に変化は無いが、現はそうもいかない。薄らと感じる、本体の感覚がその魂の身に伝わってくる。

 戻らねばならない。


「……また、来る」


 燼はしっかりと、その姿を記憶し、夢から姿を消した。


 ――

 ――

 ――


 朝日が眩しく差し込む部屋、既に木戸は全開に開けられ、燼にもしっかりと朝日が当たっていた。

 目が覆いたくなる程の眩しさに、ゆっくりと起き上がると、横目に鮮やかな赤色が映り込んだ。その瞬間に、燼の心臓は飛び跳ねた。

 それもその筈、しっかりと身支度を整えた赤髪の男が、隣の寝台に腰掛けじっとりと睨んでいるではないか。


「やっと起きたな」


 元々、真面目な顔ばかりで、それ程表情が変わらない男ではあるが、今日ばかりは無表情が恐ろしい。それを見た燼の顔色は、一気に真っ青へと変わっていた。

 

「(やっちまった……)」


 昨日、祝融、雲景、彩華と共に業魔討伐の為訪れていた桜省の宿で一泊を過ごしていた。いつもの事なのだが、主人の隣室で異常があれすぐに動ける様にと、同室は雲景だ。

 どうにも、眠りすぎていたらしい。夢の通い路での出来事など、文字通り夢だ。言い訳にも使えず、燼は雲景の口から出る嫌味を身をもって受け取るしか無いのだった。


「もうすぐ朝食の支度も整う。行くぞ」

「因みに祝融様は……」 

「とっくに起きておられる決まってるだろう!とっとと顔を洗って来い!」

 

 盛大な説教と共に、燼は、逃げる様に部屋を出たのだった。


 ――


「ははは、単純に寝過ごしたのか」


 目の前に並んだ朝食に箸を付けながら、燼は盛大に笑う主人に顔向けできずにいた。と言うのも、祝融と部屋は隣室だ。見事に雲景の説教は聞こえていたわけで、その後慌てて部屋を出たのも気づかれたわけだ。


「すみません」


 燼は、祝融の従者となって何年と経つが、起こされても起きないと言うのは初めてだった。流石に、雲景は引きずる事はなく、今はいつも通りに戻っているが、恐ろしくて目は合わせられていない。


「まあ、一度ぐらいならそう言った事もあるだろう」

「……はい、二度としません」


 温厚な主人で良かったと言うべきか。くすくすと笑う彩華と、無言で食事を続ける雲景。祝融の従者でなかったら、一体どうなっていた事だろうか。その後、揶揄されながらの食事が終わると、祝融の顔つきが変わった。


「宿では、気を抜けば良い。それで、燼、?」


 燼の肩が跳ねた。何故、この男はこうも鋭いのか。燼の能力をある程度把握しているとは言え、朝、どれだけ起こしても起きなかったという理由だけで、導き出せるものだろうか。


「言えない相手か?」

「……神子王扈です」

「便利な能力だな、皇都からこれだけ離れているというのに、会話できるとは」


 祝融は、志鳥を持っているが、これはあくまで手紙より早く相手に言葉を伝えるだけのもので、会話には至らない。

 夢の通い路は、全てに繋がっている。自由に歩ける夢見の能力を持っていれば、会話は難しい事では無い。


「お前を連絡役にでもするか」

「構いませんが、これだけ離れていると、眠っている時にしか対話は出来ませんよ」

「そうなのか」


 何にでも、得て不得手はある。強制的に夢へと引き摺り込む方法はあるが、あれは近くにいないと効果を発揮しないのだ。


「神子王扈は何と言っていた?」


 神子王扈は、何が起こる、何をしなければならない等の言葉は一度も口にしていない。ただ――


「俺が、後悔するとだけ」

「何をだ?」

「まだ、わかりません」


 頭に浮かぶのは、眼窩に闇を宿した黒馬だ。まだ、名も知らぬ獣人族。彼を助ける手段すら見つけていない上に、彼と何も取り決めが無い。

 燼の思い悩む姿に、祝融はまた一口白湯を啜った。


「……暫く、寝坊は続きそうだな」


 燼は、二度としないと誓ったばかりではあったが、否定する事も出来なかった。

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