三十三
それぞれの痼を抱えたまま、一向は皇都へと向かった。
思惑も、真意も、覚悟も、何もかもが不条理の中に沈んでは、誰が真実を語るのかも定かでない。
真実を問えば、放った言葉が
神子華林、そして燼も、何も語らない。
重苦しい三日の旅路の果て、皇都の地を踏んだ。
神子華林と別れ、外宮へと降り立つと、龍の姿を確認したと同時か、最初に姿を現したのは槐だった。急ぎ駆けるあまり、息を切らして胸を押さえている。
「祝融様、禹姫様の事ですが、」
「あぁ、静瑛から連絡を受けたが、先に陛下に面会の申請を。燼と軒轅も共に行くぞ」
祝融に嘆き悲しむ暇は無かった。数日前の気落ちした姿はなく、いつも通りの毅然とした態度を振る舞う。無理をしている様にも見えるが、実際、それどころではないのも事実だった。
「その事ですが……」
槐が、どう伝えれば良いか、困り顔で悩み祝融から目線を逸らしていた。その目線の先には、燼の姿だ。
「何か、問題か?」
何かを決心し、再度、槐が口を開こうとした瞬間だった。
何かの影が、光を遮った。
龍だ。
その瞬間に、誰もが空を見上げる。渦を描く様に、ぐるぐると何頭もの龍が上空に集まっていではないか。それらは、人の姿に戻ると、一向を囲む。装いは確認するまでもなく、皇軍そのものだ。
その先頭に立つは、皇軍将軍が一人、姜
剣を抜き、祝融に向ける。
「
白々しくも、祝融は周りを睨め付ける。何が目的か。言わずとも知れた事だった。
「第四皇孫姜阿孫の殺害を自ら自供しておいて、ただで済むと思っていたのか?」
道托の目は、憎悪で満たされていた。仕方のない事だ。何せ、実の弟が跡形もなくこの世から消えたと知らせを受ければ、例え誰とて取り乱すだろう。
それが、最も憎むべき者の手で殺されたともなれば――
「心中お察しします。ですが、討伐対象になったとも、お伝えした筈です」
「戯言を聞き入れる気は無い。既に、陛下がお待ちだ。同行して貰う」
祝融は、そのまま剣で斬られてもおかしくないと考えていたが、意外にも道托は冷静だった。
「槐、お前は宮で待て」
「ですが、祝融様……!」
槐も、ある程度の実情は知り得ている。祝融が害意を持っていたわけでも無い事も。だた、状況が槐を不安にさせた。皇軍に取り囲まれ、指揮をとっているのは、祝融を憎む男だ。
そして、問題は現状だけで無い事も。
「大丈夫だ」
安心させる為か、祝融は優しく微笑む。その余裕は、道托を苛つかせていた。祝融の背後に控えていた面々にも視線を移し、敵意を向ける。
「黄軒轅、朱浪壽、
弟の死に際、お前は何をしていた。同じ軍属であるはずの浪壽にすら敵意が放たれる。そして、その敵意は、あの時その場に居た全員へと対象が広がっていく。
どろどろとした悪意にも似た感情が、道托に沸き起こる。
陰に飲み込まれる。負の感情が共振して燼に降り掛かり、身体が僅かにふらついた。
「(これは……)」
波紋だ。姜一族、兄弟、血の繋がりの死が、道托の中の
きっかけがあれば、道托も――
「羅燼、顔色が悪いが、問題でもあるのか?」
道托の悪意の一切が燼に向いた。燼がきっかけと知らなくとも、
「異母兄上、皇都に戻ったばかりで従者達も疲労も溜まっています。陛下が、お待ちと言うならば、早い方が良いでしょう」
祝融が間に入ると、道托もそれ以上の追求はしなかった。
「武器は渡してもらう」
まるで罪人の扱いだ。いつもであれば、祝融の怒りが沸き立ちそうな状況であったが、流石に冷静を装っていた。そう、あくまで装っているだけで、内心穏やかでなど居られるはずも無い。
しかし、怒りを抑え、あたかも素知らぬふりを続けている。此処で、怒りに任せれば、相手の思う壺だ。それこそ皇軍の手にかかる羽目にもなるだろう。
しかし、単純に従うだけも意味はない。幾ら、皇軍将軍だろうと何の根拠も無く現段階での祝融の捕縛は不可能だ。
だからこそ、祝融は余裕のある素振りを続けていた。
「私の宮にでも置いていけば良い。槐、保管を頼む」
「承知しました」
槐もそれがわかっているからか、落ち着きを取り戻していた。背後に控えていた者達に指示を出し、武器も更には旅路の荷物まで預かる。
「では、祝融様。私は居宮にてお待ちしております」
柔かに微笑む。夫は罪など犯していないと、道托に告げる様に。
「なるべく早く戻る。酒を用意しておいてくれ」
態とらしい余裕を道托は、淡々と見届けると、行くぞと荒げた声と共に歩き出した。
囲まれている。別段必要に無い行為だったが、祝融達は抵抗もしなかった。
勝手にすれば良い。元より、立場は最悪だ。気にかかるとすれば、阿孫の従卒と言うだけで、同様の扱いを受ける男だった。
軍属らしく、堂々としているが、主人は死に、同じ軍属には敵意を向けられている。内心、恐々としている事だろう。
「(協力が得られるかどうかだが……)」
下手な行動は取れないだろうが、彼も又朱家だ。今は腹の中で最優先する相手を、考えているに違いない。
「(さて、どう出る事やら)」
多くの要因が、祝融の手にあった。その最たるは、燼だろう。その燼が、どう動くか――
――
玉座の間
重々しい扉が、皇軍の手で開いた。
開かれた道の先、玉座から皇帝が全てを見下ろしている。行く手を阻む者はいないが、多くの見物客の目線が、祝融達を捕らえて離さない。武官だけでなく、多くの文官が集まる。
その中でも特に、祝融と血を同じくする姜一族の目線は、殺意そのものだった。同族を殺された怨みが、ひしひしと伝わり、玉座の間を埋め尽くそうとしていた。
祝融は、背後に立つ燼を見る。先程よりも、顔色は悪くなっているが、行かなくて良いと言ってやる事も出来ない。
「彩華、出来る限り燼の傍に」
弱みは見せられない。燼の正体など、以ての外だ。
彩華が燼の隣に立ち、その背を摩る。それを見届けると、祝融は、小さく行くぞと声を掛け、玉座の間への一歩を踏み出した。
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