第十一話・3
今日は、共同実習の日だ。
一体、どんなことをやるんだろうかと思いながら登校していると、側にいた香奈姉ちゃんに指で突かれた。
突かれた箇所が左頬だったから、僕はびっくりして香奈姉ちゃんの方に向き直る。
香奈姉ちゃんは、頬をぷくっと膨らませて僕を見ていた。
「鼻の下伸ばさないの。しゃんとしなさい」
「う、うん……」
そんな緩んだ表情をしていたのか、僕は。
今日は、女子校の生徒が男子校に来るから、楽しみというより緊張してるんだけどな。
「浮気なんてしたら、許さないんだからね!」
香奈姉ちゃんは不服そうにそう言って、僕の前を歩きだす。
完全に拗ねてるよね。
僕が共同実習に参加するってこと自体、あまり面白くないみたいだし。
何を言っても無駄みたいだから、香奈姉ちゃんの横を歩くことはできなかったけど。
「あの……。香奈姉ちゃん」
香奈姉ちゃんの背に向かって、僕は声をかける。
香奈姉ちゃんは一度立ち止まり、背中を向けたまま言った。
「一年生はみんな可愛い子ばかりだからね。楓のことを好きにならないか心配なの。わかるでしょ?」
「僕は……」
僕のことを好きになる女の子って、よほどの物好きだろうと思うんだけど……。
香奈姉ちゃんってば、やきもちを妬いているのか。
顔も名前もわからない女の子に対して──。
「まぁ、楓なら大丈夫か」
「どういう意味?」
「楓は、人見知りが激しいタイプだから、逆に女の子の方が愛想を尽かしちゃうよね」
「それって、僕には何の長所もないってことになるよね」
「そんなことはないよ。楓の良さは、私だけが一番よく知っているんだから、余計なことは考えないの」
香奈姉ちゃんに言われるまでもなく、流れに沿ってやっていこうとは思っているけど。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。そんな簡単には、恋愛沙汰にはならないから」
「楓がそう言うんだったら、信じてあげてもいいけど。ホントに、他の女の子のことを好きにならないでよ」
香奈姉ちゃんは、心配そうな表情を浮かべてそう言った。
ホントに大丈夫なんだけどな。
いつもどおりに教室にたどり着くと、もう女子校の生徒たちが来ていて、男子たちと談笑していた。
いつもなら、男子たちのみで談笑しているのだが、今回は女子校の女の子たちがいて、男子たちと楽しそうに話をしている。
雰囲気が華やかに感じてしまうのは、仕方がないか。
今日は、男子校と女子校の共同実習だから、情けない姿を晒さないようにしないと。
「ねぇ」
「ん? 何かな?」
突然、女の子に声をかけられ、僕はそちらを向いた。
女子校の生徒だというのは、確認しなくてもわかる。
香奈姉ちゃんと同じ制服なのだから、聞くまでもない。
違うとすれば、ネクタイの色くらいだろうか。
これは学年毎に異なるんだろうけど、この女の子のネクタイの色は赤だ。
黒髪に近い茶髪を肩のあたりまで伸ばし、背丈は少し低めだ。顔は美人というより可愛いといったような感じである。
香奈姉ちゃんに比べたら、大人っぽさが足りない感じだ。
僕と同い年だから、しょうがないのかもしれないけれど。
女の子は、僕の顔を見て笑顔を浮かべる。
「そこ。あなたの席?」
「うん、そうだけど」
僕は、女の子の顔をまじまじと見てそう答えた。
あまりジロジロと見るのは良くないことなんだけど、女の子の方から話しかけてきたものだから、つい女の子の上から下までを見てしまう。
スタイルは、なかなかいいようだ。
女の子は、僕の視線を気にすることなく言った。
「そっか。なかなかいい場所を選んでるね」
「そうかな? 僕自身は、あまり気にしたこと無かったんだけど……」
授業を受けるための席順だから、あまり気にしたことはない。
基本的に男子校の場合、席順は自由に選んで座ることができるんだけど。
女子校の場合は、どうなんだろう。
「そうかな? 授業を受けるための席順といっても、いい場所を選んでるよ。えっと──」
「僕は、周防っていうんだ。周防楓。…楓って呼んでくれればいいよ」
「私は、千聖。古賀千聖っていうの。千聖でいいよ」
女の子──古賀千聖は、嬉しそうに自己紹介をした。
まだペアを組んでもいないのに、自己紹介をしてどうするんだろう。
「まだペアを組んでさえいないのに、自己紹介をしてもね。…いいのかな?」
「何言ってるのよ? 自己紹介をした瞬間から、ペアを組む相手は決まるんだよ」
「そうなの?」
「うん! 私がペアを組む相手は、あなただよ。周防君」
千聖は、ビシッと僕に指を突きつけた。
千聖のいきなりの告白に、まわりの生徒たちの視線がこちらに集中する。
僕は、あまりのことに呆然となってしまう。
千聖は、頬を赤く染めて僕の手を握ってきた。
「あの……。古賀さん」
「千聖でいいよ。私も楓君って呼ぶね」
こういう時はどうしたら……。
う~ん……。よくわからない。
わからないけど。
「それじゃ、千聖さん。今日は、よろしく……」
彼女を傷つけないようにするには、こう言うしかない。
「うん! よろしくね」
心の整理がつかない僕に、千聖は笑顔でそう言った。
う~ん……。
このままでいいんだろうか。
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