第二十一話・9

 ランジェリーショップの中で彼女のことを待つのはすごく恥ずかしい。

 僕としては、1秒たりともここにはいたくない。

 本心ではそう思っていても、なかなか口に出せないのがもどかしい。

 ──しかしだ。

 だからといって、もし先にお店を出ちゃったら、後で香奈姉ちゃんになんて言われてしまうだろう。

 まず確実に怒られるだろうな。


「香奈姉ちゃん。まだ決まらないのかな……」


 僕は、店の出入り口付近で香奈姉ちゃんのことを待っていた。

 男としては、ランジェリーショップにいることの方が苦痛なんだけど。

 なにより、周囲の人たちの視線が痛い。

 やっぱり、店の外で待っていようかな。


「やっぱり場違いだよな……。香奈姉ちゃんには悪いけど、店の外で待とうかな」


 僕は、独り言のようにそう言って店を出ようとする。

 すると──


「あ……。ちょっと待って」


 すぐに女性店員がやってきて、僕を引き止めてきた。

 何かあったのかな?

 僕が思案げな表情で、やってきた女性店員さんを見る。


「あの……。何か?」

「君は、あの女の子の彼氏さんだよね?」


 女性店員さんの言う『女の子』というのは、香奈姉ちゃんの事だ。

 その証拠に、女性店員さんは香奈姉ちゃんの事を見ている。

 彼氏だということは僕自身にはわからないが、香奈姉ちゃんがそう言うのだから間違いないだろう。


「あ、はい。そうだけど……。何かありましたか?」

「あの女の子が、あなたのことを呼んでるの。はやく行ってあげて」

「あ、はい。わかりました」


 香奈姉ちゃんは今、下着選び中だよね?

 そうした疑問を持ちつつも、僕は香奈姉ちゃんのいる場所に向かっていく。

 ただでさえ、ここにいるのは恥ずかしいのに、何なんだろうか。


「どうしたの、香奈姉ちゃん? 何かあった──」

「え……」


 香奈姉ちゃんは、キョトンとした表情で僕のことを見てくる。

 まるで僕がここに来たなどという事は、思ってもみなかったみたいにして──

 その証拠に、香奈姉ちゃんが入っていた試着室のカーテンは、開いたままだ。

 その試着室の中で、今まさに下着を試着している最中だったとしたらどうだろう。

 当然のことながら、僕は何も知らない。

 女性店員さんに言われたから、ここに来ただけなのだから。

 僕は、慌てて後ろを向いて香奈姉ちゃんに言う。


「あ、ごめん。試着の途中だったなんて……」


 普通の女の子だったら、悲鳴があがるだろう。

 しかし、香奈姉ちゃんからは悲鳴はあがらない。

 むしろ、優しい笑顔で僕のことを見る。


「やっぱり私のことが心配になったの? 楓は、優しいね」

「いや、その……」


 こんな時、なんて言えばいいのかわからない。

 もしかしたら、駆けつけてきたことが嬉しかったのかな。

 なんにせよ、何もなかったのなら戻っても問題なさそうだ。

 しかし香奈姉ちゃんは、さも嬉しそうに──


「せっかくここまで来てくれたんだから、ちゃんと見てくれるよね?」

「いや、僕は……」

「まさか、ここまで来て見ないなんてことはないよね?」

「それは……」


 笑顔でそんなことを言ってくるあたり、計算してたのかもしれない。

 あの女性店員さん。僕に嘘をついたな。

 香奈姉ちゃんが呼んでいたなんていう話は、まったくのデタラメじゃないか。

 僕は、チラッとその女性店員さんの方に視線を向ける。

 女性店員さんは、バツが悪そうに僕から視線を逸らし、そのまま他の場所に移動していく。

 あ、逃げた……。

 わざわざ、店の奥に誘導するような真似をしてなんの得があるんだろう。

 こんな所で、香奈姉ちゃんの下着姿なんて見たくはないんだけど……。


「もう! ここまで来たんだから、はっきりしなさい!」

「あ、うん。ごめん……」


 結局、謝るハメになってしまうんだよな。

 香奈姉ちゃんには、敵わないから。


「とりあえず、2~3枚は買っていくから、どれがいいか楓も選んでね」


 笑顔でそんなことを言われても……。

 見てるだけじゃ、ダメなのか。


「それで、サイズは?」

「70のEだよ」

「Eって……。そんなに大きかったっけ?」

「成長したのよ。よくある事でしょ」

「あー、うん……。よくある事だね……」


 僕は、そう相槌をうつ。

 Eって、カップのことだよね。

 香奈姉ちゃんのおっぱいって、そんなに大きいのか……。

 見るのに慣れすぎてしまって、あんまり気にしたことはなかったな。

 僕だって、女の子のおっぱいの大きさの基準くらいはわかる。

 Eカップは、結構な巨乳だ。

 触るとはっきりとわかるくらいにして……。


「お姉さんに合う下着は、こちらになります。可愛いものを選びましょうね」


 香奈姉ちゃんを接客していた女性店員さんは、微笑を浮かべて僕を下着コーナーに案内する。

 可愛いものって……。

 それを僕に選ばせるつもりなのか。

 悩んでも仕方がない。

 僕は渋々、香奈姉ちゃんが指定したサイズのブラジャーを何枚か選ぶ。

 比較的、香奈姉ちゃんが好きそうな色合いのものを……。

 こんなものを僕が選んでいいものなのか、躊躇してしまうけど。

 店員さんが見ているのなら、問題はないか。

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