第二十一話・10

 せっかくだから、今日は学校サボってしまおうかな。

 そんなことを一瞬思ってしまう私がいる。

 だけど楓が一緒にいるので、やっぱりやめておこうと判断した。

 真面目な楓のことだ。

 きっと『サボるのは絶対にダメ』って言いそうだから。


「ありがとうね、弟くん。下着、選んでくれて」

「礼には及ばないよ。香奈姉ちゃんには、いつも助けられてるし。気に入ったんなら、それでいいんだ」

「うん。すごく気に入ったよ」


 私は、嬉しそうな表情をして買い物袋をギュッと抱きしめる。

 楓のおかげで、比較的可愛い下着を買う事ができた。

 サイズは少し(?)大きめだけど、これでしばらくの間は大丈夫だろう。

 すぐに身に付けようと思っていたのだけど、こういうのは学校に着いてからでもいいかなって思って、後にした。

 ちなみに、今身に付けているのは、運動用のインナーだ。

 本来は胸が誇張しないような造りなのだが……。

 私の場合はそんな簡単にはいかず、制服を上に着ていても胸が誇張されてしまう。

 やっぱりEカップというのは、どうしても目立ってしまうものなんだな。

 今まで気にしたことなんてなかったから、意識してしまうと恥ずかしいかも……。

 楓は、思案げな表情で訊いてきた。


「やっぱり、合わない下着ってきついものなの?」

「そりゃあね。胸の締め付けが悪くなったりするから、その度に新しいのを買わなきゃいけないんだよ」

「そうなんだ。ちなみに、それで何度目なの?」

「う~ん……。何度目だろう? そんなに回数はいってないような気もするけど……」


 ランジェリーショップには友達と一緒に行くけど、そんなに回数は多くないような気もする。

 現に、私の下着の枚数はそんなに多くないし。


「それにしては、ずいぶんと枚数があったような……」

「気のせいだよ。ほとんどがサイズが合わなくてって事もあるんだから」


 私は、自室にあった下着のことを思い出し、そう言っていた。

 なにしろ、胸とお尻の成長に関しては、私自身にも把握はできないから。

 合わないと感じた瞬間には、太っちゃったのかと思ってしまうくらいだし。


「そっか。女の子って大変なんだね」

「ホント大変だよ。特にも、下着に関してはね」


 私は、微苦笑してそう言っていた。

 下着は普段から身に付けるものだから、合わない下着を身に付けるのは女の子にとっては死活問題だ。

 今回はブラ紐が切れてしまった事から、楓と一緒に新しい下着を買いに行ったけど。

 これがもしも奈緒ちゃんたちと一緒の時に買いに行ったとしたら、きっと落ち着かなくて、サイズを測るどころか下着を買うなんていう流れにさえ、なっていなかったと思う。

 そこのところは、楓に感謝しないと。


 学校にて。

 私が教室にたどり着くと、奈緒ちゃんが心配そうに話しかけてきた。


「めずらしいね。香奈が用事だなんて──。何かあったの?」

「うん。ちょっとね……」


 私は、そう言って精一杯の笑顔を見せる。

 おおよその事情は、担任の先生から聞いているのかもしれない。

 なにかを誤魔化してるのは丸見えなのかもしれないが、後ろめたい事は何もない。逆に神妙な顔をして変な心配をさせてしまうよりはマシだ。

 バンドのことじゃないし。

 まさかブラジャーの紐が切れて、新しいのを買いに行っていただなんて言えない。

 ちなみにランジェリーショップの買い物袋は、鞄の中にちゃんと仕舞っているから、バレる心配はないけど。


「ちょっと、か……。なるほどね」


 奈緒ちゃんは、悪戯っぽい笑みを浮かべて私のことを見てきた。

 こういう時の奈緒ちゃんは、必ずと言っていいほど、良くない事を考えている。

 その顔を見れば、すぐにわかるのだ。


「なに? 私の顔に何かついてる?」

「別に何もついてないけど……。ただ…ねぇ」


 奈緒ちゃんはそう言って、ギューッと私に抱きついてきた。

 いきなりそうしてきたものだから、私は思わず声を上げる。


「奈緒ちゃん⁉︎ いきなりどうしたの?」

「どうしたもなにも──。またちょっと胸が大きくなったかなぁって思ってさ」


 そう言いながら、奈緒ちゃんの手は、しっかりと私の胸を揉みしだいていた。

 今の時間帯が、休み時間だったのは幸いしているのかもしれない。

 それにしても。

 奈緒ちゃんは、見てるところはしっかりと見てるな。


「んっ。気のせいだよ。私の胸は普段と変わらないよ!」

「そうかな? そんな風には見えないんだけど」

「どんな風に見えてるの? 奈緒ちゃんには──」

「そうだね。香奈は、わかりやすい性格してるからなぁ。見ればなんとなく…ね」

「そんなの……。奈緒ちゃんの考えすぎじゃ……」

「それなら聞くけど、楓君との朝デートはどうだったの? 楽しかったでしょ?」

「なんでそこで弟くんが出てくるのよ? 私は一人で用事を──」

「一人で用事を、ねぇ……。まぁ、詳しいことはあたしにはわからないけど。香奈の身体からは、なんとなく楓君の匂いがするんだよね」

「弟くんの匂いって……」


 私は、自身の制服の匂いを嗅ぎ始める。

 一体、どこにそんなものがあるというんだろう。

 楓の匂いとかって、そんなのあったかなぁ。

 今まで、自覚してなかったかも……。


「ずっと近くにいた香奈には、感じないものかもしれないね」

「そんなことは……」


 断言できないのは、ものすごく悔しい気持ちになる。

 だけど……。

 近くにいたからこそ、そこでしか感じられないものもある。


「楓君の匂いは独特だからなぁ。香奈にわかるかな?」

「そんなの……。ちゃんとわかってるわよ。弟くんとは、長い付き合いなんだから──」

「その時に、彼氏彼女として付き合うとかの感情はなかったんでしょ?」


 たしかに奈緒ちゃんの言うとおり、楓が中学生の頃は恋愛対象じゃなかったけど……。今は──


「その頃のことはともかく、今は付き合ってるんだから、そこは別にツッコまれるところじゃ──」

「そっか。まぁ、香奈がそれでいいのなら、あたしは別に構わないけどさ」


 奈緒ちゃんは、意味深な笑みを浮かべる。

 その顔を見る限り、楓との間に何かあったな。


「奈緒ちゃん、私に何か隠してない?」

「隠すって、何をかな?」


 奈緒ちゃんは、惚けるようにそう聞き返してきた。

 これは、確実に何かあったかのような表情だ。


「それは、わからないけど……。弟くんに、何かしたでしょ?」

「別に何もしてないよ。ただ、ちょっとね。あたしの家でスキンシップを、ね」

「スキンシップって……。私に無断でだよね?」

「まぁ、そうなるかな。あたしにも、楓君にアタックする機会がほしいしね。あの時は、ちょうど良かったかな」


 あ……。

 エッチなことまでしちゃったんだ……。

 ちょっと納得。


「──それで。弟くんの心は掴めたの?」

「う~ん……。どうだろう。あの時の感じだと、あんまり実感が……」

「そうだよね。弟くんって、意外と警戒心が強いからね。私でさえ、弟くんとは心の距離がある感じだから」

「そうなんだ。香奈も大変なんだね」


 そう言われても……。

 いつもの事だからとしか言えないんだけど……。

 今回は楓にも下着を選んでもらったけど、次もそんなチャンスがあるのかまでは私にもわからない。


「次も付き合ってもらえるかわからないしね……」

「ん? 何か言った?」

「ううん。なんでもないよ」


 私は、苦笑いをして奈緒ちゃんにそう返していた。

 楓と一緒にいた事は、奈緒ちゃんたちには内緒だ。

 絶対にバレないようにしないと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る