第二十二話

第二十二話・1

 隆一さんたちとの交流がすっかりなくなってしまった花音は、楓と一緒にいたがるようになってしまっていた。


「ねぇ、楓。この問題なんだけど……。合ってるかな?」

「どれどれ。──うん。合ってるよ」


 楓は、花音に対しても嫌な顔一つせずに対応している。

 この辺りは、隆一さんとは全然違う。

 隆一さんは、面倒な事は後にするタイプだから、こうして困っている花音を見ても、つい放ったらかしにしちゃうんだよね。

 今だって、無視してるような感じだし。

 隆一さんの方はというと、花音よりも私に対しての好意の方が上なのか、よく私に話しかけてくるようになっている。


「なぁ、香奈。高校卒業したら俺と一緒にバンドをやらないか?」

「ごめんね。私は、卒業後も楓と一緒にバンドをやるって決めているから」

「そんなこと言わずにさ。俺にとって、香奈は絶対に必要なんだよ」

「残念だけど、無理かな。私にも、バンド仲間がいるから」

「そうか……。気が変わったら言ってくれ」


 隆一さんは、落ち込んだ様子で2階に上がっていった。

 バンドの誘いを受けても、比較的やんわりと断っているので、これ以上は粘着してはこないだろうと思う。

 それに、隆一さんは大学生だから、まともに付き合うのは難しい。

 私自身、付き合うつもりもないが。

 花音の方はといえば。


「よかった。そういえば、楓に勉強を教えてもらうのって初めてかも──」

「そうだね。僕の場合は、香奈姉ちゃんから教えてもらっているからね。あんまり参考にはならないかもよ」

「そんなことないよ。楓は、すごく優しいし。教え方も上手だから」

「お姉ちゃんからは、教えてもらってないのかな?」

「お姉ちゃんは、その……。自分の勉強だけで忙しいみたいだから」

「そっか。それは仕方ないね」

「だから楓が教えてくれたら、その──。嬉しいっていうか……」


 花音も高校一年生になり、突飛な行動が減った代わりに、料理や掃除などを積極的にやるようになっていた。

 それもこれも、楓が普段からやっている事なので、合わせているだけなのかもしれないが。

 楓のことに関しては、私もできる限り一緒にいたいので、週一のデートや今夏に向けての海水浴やお祭りなどにもどんどん誘いたいと思うばかりだ。

 もちろん楓がよかったらの話だけど。

 それにしてもだ。

 ここは花音の勉強部屋じゃないんだけどな。

 私が楓の家に行くと、なんで花音までついてくるんだろうか。

 隆一さんが家にいるのは、仕方がないけど。


「まぁ、僕で良ければいいよ。教えてあげられる範囲は限られているけど……」

「こらこら。安請け合いしないの。弟くんだって、苦手なものがある限りでは、花音とそんなに変わらないでしょ!」


 私は、ムッとした表情でそう言っていた。

 別にやきもちを妬いたわけじゃない。

 あくまで事実を言ったまでだ。

 楓は、苦笑いをして口を開く。


「それを言われると……。返す言葉がない」

「そりゃあ、お姉ちゃんは勉強もできて運動神経も抜群だけど……。楓には楓の良いところがあるんだから」


 花音は、不機嫌そうな表情で私を睨んでくる。

 楓の良いところは、私の方がたくさん知っている。

 花音の場合は、ただ単に寂しいだけだと思う。


「そんな事くらい、私にだってわかっているよ。弟くんは、私の大切な人なんだから──」

「大切な人、ねぇ。私のことは大切じゃないんだ……」

「花音だって大切だよ。私の妹は、花音しかいないんだし」

「ホントに? それにしては、楓と私で対応に差異があるような気がするんだけど……」

「それは……。気のせいだよ」

「気のせいって……。私には、そんな風には見えないんだけどな……」


 花音は、不機嫌そうな表情のままでそう言う。

 そんな顔をされても……。

 私は、普段と変わらないんだけどな。


「そう言われても……。私は普段と変わらないよ。対応が異なるのも、弟くんとは彼氏彼女として付き合ってるから自然なことかと──」

「え……。お姉ちゃんと楓って、付き合ってるの?」

「そうだよ」

「そんな……。私はてっきり、楓は奈緒先輩と付き合ってるのかなって思ってたけど……。違ったの?」


 花音は、私が楓と付き合っていることにショックを受けている様子だった。

 別に隠していたという事はないのだけど、花音には言っておいた方がいいのかも。


「あの……。僕は──」


 と、楓が何かを言いだす前に、私は口を開く。


「たしかにバンドの付き合いで一緒にいる事は多いけど。彼氏彼女としてはどうなんだろうね。付き合ってはいないと思うな。──そうでしょ? 弟くん」

「え……。それは、その……」


 楓は、答えづらくなってしまったのか、私たちから視線を背ける。

 あらら……。

 これは、やっちゃったかな……。


「答えなさいよ、楓!」


 花音は、強い語気でそう言う。

 これは何を訊いても、楓は答えてくれそうにない。

 身体の関係になったって奈緒ちゃんからは聞いているけど、それは楓から迫ったものなのか怪しいものだ。

 当然、楓の反応を見る限りでも断言できないけれど……。


「こらこら。そんな追い詰めるような事しないの。弟くんには弟くんの付き合いっていうものがあるんだから」

「お姉ちゃんは、男の本質がわからないからそんなこと言えるんだよ。男の子は、みんな女の子とエッチなことがしたいって思ってるんだから」

「それは、女の子だって大好きな男の子と──」

「女の子は、男の子と違うもん!」


 花音は、ムッとした表情でそう断言する。

 いやいや。

 それを言われたら、私だって人の事は言えないだろうし。

 まだ高校生になったばかりだから、恋愛についての考察ができていないんだろうな。

 結果的に、隆一さんとの交流はほとんど無く、どちらかといえば『妹』としての立ち位置だっただろうし。


「女の子も男の子も、恋愛の在り方については、そんなに変わらないと思うな。ちょっと強引な人もいれば、逆に奥手な人もいる。こういうのって、結局は個人差なんじゃないかなって思うよ」

「個人差って言われたら……。そうかもしれないけど……」


 そこでなぜか楓の方に視線を向ける。

 まぁ、楓はそんなに積極的じゃないからね。

 そういう意味じゃ、良い見本になってるな。


「僕はその……。奈緒さんとはバンド仲間であって、恋愛対象としては……」

「わかってる。弟くんは、何も気にしなくていいよ」


 楓が何か言いたげだったのを制して、私は優しく微笑んでいた。


「むぅ~。なんか納得できない~」


 花音がそう言ったって、当人がそう言っているんだから、認めるしかないだろう。

 奈緒ちゃんの方からエッチなことをやったとはいえ、それを責める気になれないのは、私なりのアプローチが足りなかったからだろうと思うからだ。

 それにしても、奈緒ちゃんがこんなに積極的な性格をしていただなんて、今まで気づかなかったな。

 まぁ、たとえ気づいていても、彼女のことを止められたかと言われたら、否だ。

 そうなると、私ができる事は一つしかない。

 私なりに楓とデートを繰り返し、もっと多くスキンシップを図るくらいしか──

 うん。そうしよう。

 これからは、変に遠慮したりはしない。

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