第二十二話・2

 放課後。学校帰り。

 いつもの学校帰りだけど、どこか違う。

 楽しみっていう気持ちがどこかにあるんだろうか。

 香奈姉ちゃんたちが待っていてくれるのは、とても嬉しいけれど、どこか複雑な気持ちになる。

 女の子とはいえ、先輩たちを待たせているみたいで申し訳ない気持ちになってしまうのだ。

 本人たちは、どう思っているのかわからないけど。

 僕は、香奈姉ちゃんたちが待っていると思って、いつもどおりに校門前に向かう。

 校門前に行くと、相変わらずというかなんというか男子生徒たちが集まっている。

 香奈姉ちゃんたち狙いなのかな?

 そこにいたのは、香奈姉ちゃんたち…ではなかった。

 一人の女子校の生徒だ。

 それでも、その女子生徒は僕が知っている人物には間違いないことだけど。


「あ。楓。遅いじゃない。何やってたのよ?」


 その女子生徒は、僕の方を見るとムッとした表情でそう言ってきた。

 そんなことを不機嫌そうに言ってくる女の子は、一人しかいない。花音だ。

 周りにいる男子生徒たちは、僕の知り合いだと知るや否や不満そうにため息を吐いていた。


「なんだよ。周防の知り合いなのかよ」

「お近づきになれると思っていたのに……」


 花音も、普通に見れば充分に可愛い。

 だから、男子生徒たちから見れば、花音を口説くには充分に及第点なんだろう。

 だけど、そんなことは僕がさせない。

 僕は、普段どおりに接する。


「花音がいるなんてめずらしいね。お姉ちゃんは一緒じゃないの?」

「お姉ちゃんは、その……」


 花音は、何か言いにくいことでもあるのか、ふいに僕から視線を逸らす。

 その様子だと、香奈姉ちゃんとは一緒には帰っていないようだ。

 まぁ、一緒の高校だからって、必ずしも帰りが一緒とは限らないんだけど……。


「そっか。まだ来てないんだね。そういうことなら、とりあえずは香奈姉ちゃんたちを待とうか?」

「う、うん……。楓がいいのなら……」


 花音は、一応納得してくれたけど、不承不承といった感じだ。

 ホントは僕と一緒に帰りたかったりして……。

 ──いや。そんなはずはないか。

 花音は、どちらかというと兄と一緒だった頃の方が輝いて見えていたし。


「無理しなくてもいいんだよ。嫌だったら、先に帰っていても──」

「全然嫌じゃないよ。私は、楓と一緒に帰りたくて──」

「そっか」


 僕は、相槌をうつ。

 今までは、中学生ということもあり一緒に帰ることはできなかったが、高校生になると色々と事情も異なってくる。

 兄は、花音のことを異性として──いや、恋愛の対象として見ていない。

 兄が恋愛の対象として見ているのは、あくまでも香奈姉ちゃんだ。

 今も、隙あらばデートに誘っている姿が目撃されている。

 香奈姉ちゃん自身は、さりげなくスルーしているが。

 そういう事情もあってか、花音自身も諦めたんだろう。

 しばらく待っていたが、香奈姉ちゃんたちがやってくる様子はない。


「来ないね……」


 花音は、自分がやってきただろう方向に視線を向けてそう言った。

 たしかに香奈姉ちゃんたちの姿はない。

 僕は、思わずスマホ画面を確認する。

 なにかあったのなら、連絡の一つは寄越してくると思ったのだ。

 言うまでもなく、メールやライン。着信すらも入ってなかったが。


「うん。何かあったのかな?」


 僕は、香奈姉ちゃんたちのことを心配してしまう。

 いつもどおり、ここで待っていれば必ず来ると思っていただけに、いざ来ないとなると不安な気持ちになる。


「お姉ちゃんのことだから。何かを頼まれていたりして」

「それって……。また生徒会の件だったりするのかな。香奈姉ちゃんは、頼まれたら嫌とは言えない性格だから──」

「う~ん……。どうだろう。私には、よくわからないかも……」


 花音にもわからないことを、僕にわかるわけがない。

 それなら、僕にも考えがある。


「そっか。それなら、香奈姉ちゃんたちを待ってみるっていうのはどうかな?」

「え……。それって?」

「いつもは、香奈姉ちゃんたちを待たせてしまっているからね。今回は、僕が女子校に行って香奈姉ちゃんたちを待ってみようかなって──」

「それはさすがに……。変な勘違いをされちゃうかもしれないよ」

「ん? 勘違い? なんの?」


 花音が言っていることの意味がわからず、僕は思案げに首を傾げる。

 いつもは、香奈姉ちゃんがやっていることだからなぁ。

 逆に僕がやったって問題はないはずだけど……。


「た、例えば、ストーカーだったり」

「なんで香奈姉ちゃんのことをストーキングしなきゃいけないの?」

「例えばの話だよ。実際にもいるかもとは思うけど、楓だってそんな風に見えてしまう可能性はゼロじゃないでしょ」

「そうかなぁ。それを言わせたら、香奈姉ちゃんだって充分に──」

「男と女は、根本的に違うものなんだよ。いいから今日は、私と一緒に帰ろうよ」


 そう言って、花音は僕の腕にしがみついてきた。

 もしかしたら、花音は最初から僕と一緒に帰りたくて、ここで待っていたのかな。


「う~ん……。香奈姉ちゃんたち…怒らないかな……」

「怒らないよ。たぶん……」


 花音の言う『たぶん』が、とても不安なんだけど……。

 普段なら、香奈姉ちゃんたちから電話なりラインなり、何かしら入ってくるんだけどな。

 それが一切ないところを見ると、もしかしたら先に帰ってしまったのかもしれない。


「わかった。そういうことなら、一緒に帰ろうか」

「うん!」


 花音は、僕にもわかるくらい嬉しそうな表情でそう返事をした。

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