第二十二話・3

 花音や楓にとって私は、とてもしっかりした『姉』という立ち位置なんだろう。

 2人の態度から、なんとなくそう見える。

 たしかに2人にとっての『姉』らしく、勉強も運動も人並みにはやっているけど。

 私は、至って普通にやっているだけだ。

 特殊なことは、何一つとしてやってはいない。

 そんな風に見られても、私だって一人の女の子だ。

 ちょっとしたミスだってしてしまうし、ドジの一つくらいはやってしまう。


「やっぱり、花音と一緒に帰らせるのは失敗だったかな……」


 私は、独り言のようにそう言っていた。

 ここ最近、花音はなぜか楓と一緒に帰りたがるようになっている。

 たぶん、隆一さんが花音をまともに相手にしていないからだと思われるが、それがこんなに顕著に出てくるなんて思わなかった。そして──


「──よう。香奈」


 隆一さんが女子校の校門前にいるのも、偶然なのかな。

 ちょうど学校帰りを狙って隆一さんが現れるようになったのは、私の気のせいなのかな。


「隆一さん? どうしたんですか? こんなところで会うなんてめずらしいですね」

「いや、ちょうど近くを寄ったからさ。今、何してるのかなって思って、様子を見にきたんだよ」

「そうなんだ。残念ながら、何もしてないですよ。生徒会の仕事をちょっとね。手伝っていたんです」


 私は、そう言って愛想笑いをする。

 一応、楓の『兄』という立場だから、無碍にはできない。

 ある程度は我慢しなきゃ。

 周りにいる女子生徒たちが、隆一さんを見てキャーキャー言ってるし。

 見た目は楓よりもイケメンで身長も高く、いかにも陽キャだろうから、周りも無視はできないんだろう。


「そうか。それで今は? もしかして、今から帰りか?」

「そうだけど」

「それなら、俺も一緒に帰ってもいいか?」


 隆一さんは、そう言って私の隣に立ち、私の肩に手を回してくる。

 私は、すかさずそれを手で払いのけた。比較的優しくだが。


「ごめんなさい。今日は、これから予定があるから──」

「そのくらいはさ。ちょっとくらい、いいじゃん。たまには、俺と一緒に帰ろうぜ。な?」

「『ちょっとくらい』も何も……。私も、サボるわけにはいかないの。だから、ごめんね」


 そう言って、私は突っ切るように歩きだす。

 隆一さんって、はっきりと嫌だと言わないとわからないところがあるからな。

 これでわかってくれるといいんだけど。


「そんなこと言わずにさ。ちょっとだけでも──」


 拒否されてるのがわからないのか、隆一さんは私の後をついてきた。

 こういう時に限って、私だけというのが逆に心細いんだよね。

 せめて奈緒ちゃんがいてくれればなぁ。


「『ちょっとだけ』もないよ。帰るのなら、一人で帰ってよ」

「いやいや。そこは『香奈』と一緒だから意味があるんだよ」

「ごめん……。言ってる意味が、ちょっとわからない……」


 私と一緒だから意味があるって……。

 私は、隆一さんにとってアクセサリーの一つなのかな。

 そんなのって、ただの見栄じゃない。


「私は──」

「あれ? 西田先輩じゃないですか。ここで会うなんてめずらしいですね」


 憤りを覚えて何かを言おうとした時に、ちょうど良くといったタイミングで、ある女子生徒が話しかけてきた。

 話しかけてきたタイミングで、自然と私の足は止まる。

 気さくに話しかけてくる女子生徒は、バンドメンバー以外にはいないのだけど。

 この女子生徒に関しては、例外かもしれない。

 ちょっとだけ小悪魔っぽい印象の女子生徒は、私もよく知っている。

 楓のバイト先の同僚、古賀千聖だ。

 私は、隆一さんへの憤りが嘘のように無くなってしまい、古賀さんの方へと視線を向ける。


「古賀さんじゃない。今日は、どうしたの?」

「別に用があるってわけじゃないんだけど、なんとなく──」

「なんとなく、か……。それでも、まぁ、いいか。良かったら、私と一緒に帰らない?」


 私は、ある事を思いついて古賀さんにそう言っていた。


「あの……。えっと……。それは……」


 言うまでもなく、古賀千聖は隆一さんの方に視線を向けている。

 さすがに、気まずいんだろう。

 案の定というか、隆一さんの方は慌てた様子だった。


「ちょっ……。香奈。俺との約束は?」

「隆一さんと一緒に帰る約束をした記憶はないんだけど……」

「そんな……。冷たいこと言うなよ。俺は、香奈と一緒に──」

「ごめんなさいね。私は、古賀さんと一緒に帰るから。隆一さんは、一人で帰ってくださいね」

「そんな……」

「行きましょ。古賀さん」

「え、あ、うん」


 私は、多少強引に古賀千聖の腕を掴み、再び歩きだした。

 どういうつもりなのかはわからないが、女子校にまでやってくるというのは、どう考えてもおかしすぎる。

 もしかして、これって花音がやったことなのかな。

 よくわからないが、とにかく私は隆一さんと付き合うつもりはまったくない。

 また来ても、やんわりと断るつもりだ。

 さすがに隆一さんがついてくることはなかった。


「あの……。西田先輩。これから、どこへ行くつもりですか?」


 しばらくしてから、古賀千聖がそう言ってきた。

 私は、当然のことのように言葉を返す。


「そんなの決まっているでしょ。弟くんの家よ」

「弟くんって、まさか……」

「うん。ずばり楓のことだよ」


 そういえば、古賀さんには『弟くん』って言っても、なんの意味かわからなかったのよね。

 でも、私にとっては、楓は弟みたいなものだし。

 別にいいよね。


「ええ⁉︎ 楓君の家⁉︎ そんないきなりで⁉︎」

「なに言ってるのよ。楓の家になんて、何度も出入りしてるから、そんな意識したことはないよ」

「え、でもでも……。楓君の家だよ。男の人の家だよ。私にとっては──」

「大丈夫だって。少しだけお店で買い物をしてから行けば、普通に対応してくれるから」

「そういうものなのかな……。男の人って、もっと──」


 古賀千聖は、ぶつぶつと何かを言いだしている。

 きっと、今まで見てきたと思われる男の人のことを考えているんだろう。

 男の人って、結構ぞんざいな人が多いから、楓も同様に考えているんだろうな。

 そんなの気にしていてもしょうがないので、私は古賀千聖の手を引いて、あくまでもいつもどおりに歩いていた。

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