第二十一話・8

 私の意志が固いのがわかると、楓はあきらめた様子で私の胸をしっかりと手で抑えていた。

 周りからは


『大胆だな』


 とか


『羨ましすぎ……』


 とか聞こえてくるが、私は一向に気にしない。

 言いたいのなら、好きなだけ言わせてやればいいと思うから。

 そこに恥ずかしさなんてない。

 付き合っているんだから、むしろこんなことは当たり前だろう。


「あの……。香奈姉ちゃん」

「なに?」

「ホントに学校サボる気なの? 一応、連絡を入れておいた方がよくない?」


 楓は、気まずそうな表情でそう言ってくる。

 まぁ、無断で欠席するっていう形になるわけだからね。

 楓の気持ちもわからないわけではないけど……。


「そうだね。やっぱり連絡くらいはしておこうかな。休むわけじゃないし……」


 私は、制服のポケットからスマホを取り出した。

 連絡先に学校は入っているから、できるならそうした方がいいだろう。

 嘘をつくことには、なると思うけど。


 とりあえず、学校に連絡をして『用事があって遅刻する』という旨を伝えた後、私はお手洗いに行き、そこで渋々ながら運動用のインナーを身につけた。

 楓に抑えててもらえば解決することなんだけど、お店に入ることを考えたら、さすがにそんなことをさせられないと思い始めたのだ。

 サイズ的にちょっときついけど、何も着けないよりはマシだ。

 その時に外したブラジャーは、ブラ紐が切れているという見るも無惨な状態だった。


「そういう事だから。行こっか?」

「う、うん……」


 楓の表情からは、緊張したような表情が垣間見える。

 普段は、一人以外なら女の子同士で行くようなところだ。

 だけど一緒に行くと決めた以上、変更はない。

 私は、楓の手をギュッと握ると、そのまま歩き出した。

 そろそろ、ランジェリーショップも開く頃だろう。

 スマホで時間を確認すると、午前9時だ。

 ここから下着を買って、学校に向かう頃には10時半くらいにはなっているだろう。

 さっきも言ったとおり、学校を休むつもりはない。

 あくまで『遅れる』だけだ。


 ショッピングモールにあるランジェリーショップにたどり着くと、やはりというべきか、楓は店先の方で立ち止まる。

 あきらかにそこに立ち入るのに躊躇してるのが、わかるくらいだ。


「何してるの? はやく入ろう」

「いや。でも……」

「そんな嫌そうな顔をしてもダメだよ。せっかくの下着選びなんだし。弟くんにも手伝ってもらうんだから」

「手伝うって……。僕にできることは何も……」

「いいから来なさい。弟くんは、結構センスが良いから、下着選びにも…ね。役に立つかもしれないし」


 私は、そう言って楓を引っ張っていく。

 中に入ると、さっそく女性店員さんがフレンドリーな笑顔でやってくる。

 年の頃はだいたい20歳前半といったくらいだろうか。


「いらっしゃいませ。どうかなさいましたか?」

「あ、実は……」


 私は、いきなり女性店員さんに話しかけられて言葉に詰まってしまう。

 まさか急に話しかけてくるなんて思ってもみなかったのだ。

 そんな私を見てちょうどいいと思ってなのか、楓は一歩後退りする。


「あ……。僕は、向こうで待ってるね」

「ダメだよ。そんなこと許さないんだから」


 私は、楓を逃すまいと咄嗟に楓の手をギュッと握った。

 これで逃げられないだろう。

 女性店員さんは、楓がいることに違和感を感じたのかもしれない。

 しかし楓がいなかったら、逆に萎縮してしまいそうだ。

 私は、そうなる前にすぐさま女性店員さんにブラ紐の切れたブラジャーを鞄から取り出して、そのまま見せる。


「実は、学校に向かう途中でブラの紐が切れてしまって……。新しいのを買うつもりなんですが、サイズがいまいちわからなくて──」

「あらまあ。最近の子は、ずいぶんと……。わかりました。では、改めてサイズを測ってみましょう」


 そう女性店員さんに促される。

 女性店員さんは、とても落ち着いた様子だ。

 私の方は、いきなりのことで戸惑ってしまう。


「あ、はい。わかりました」


 そう言ってしまうっていうのは、私は結構流されやすいのかもしれない。

 今までのサイズがダメになってしまったのだから、仕方ないのかもしれないが。


「それじゃ、僕は向こうで待ってるね」


 楓は、安心したのかほっとした笑みを浮かべてそう言っていた。

 楓のことを逃がす気はないと思いつつも、女性店員さんの笑顔を見ていたら、まずはそっちを優先した方がいいのかな。


「うん。絶対に待っててね。どこかに行ったらダメだからね」


 私は、念を押すように楓にそう言っていた。

 こうなってしまっては、仕方がない。

 私は、女性店員さんに促されるまま試着室へと向かう。

 試着室に着くと、女性店員さんはスカートのポケットからメジャーを取り出していた。


「それじゃ、サイズを測りますね」

「あ、はい」


 私は、そう返事をして女性店員さんの言うとおりにする。

 運動用のインナーは少しきつめにできているので、それを敢えて外して、背中を向けた。


「お願いします」

「では、失礼します」


 女性店員さんは、そう言ってメジャーを私の胸に軽く巻いていき、サイズを合わせ始める。

 なんか擽ったい感じだが、しばらくの我慢だ。

 やっぱり女性店員さんにやってもらうと安心するな。

 そういえば、サイズを測ってもらうのは久しぶりのような気がする。

 やっぱり大きくなってるんだよね。

 楓は、そんな大きくなった私の胸を抑えていたのか。


「あの男の子。あなたの彼氏さんなの?」

「え……」


 ふいにそう聞かれ、私はつい女性店員さんに視線を向ける。

 どうやら女性店員さんは、楓のことが気になるみたいだ。


「一緒に来たから、そうなんでしょ? 見たところ、男子校の生徒さんみたいだけど」

「あの……。弟くんは、その……」

「弟くんかぁ。なるほどね」


 女性店員さんは、意味深な笑みを浮かべる。

 私、女性店員さんに失礼なことを言っちゃったかな?


「あの……。私……」

「ごめんなさいね。男の子と一緒にこのお店に入ってきたから気になっただけよ。深い意味はないから安心して。ただ──」

「ただ? どうかしたんですか?」

「ううん、なんでもないわ。ああいうタイプの男の子は、すごく一途な性格してるから、大切にしなきゃダメかなって思ってね」


 女性店員さんは、私のことを温かい目で見てきてそう言ってきた。

 楓に限って二股とかは…まずないだろう。

 例外はあるかもしれないけど、あったとしても負ける気はない。

 そもそも、楓のことが好きな女の子は、私も把握しているし。


「やっぱり、わかっちゃいますか?」

「まぁ、見ていたらね。しっかりとあなたのことを待っているから、わかるわよ」

「そうですか。それなら、はやく下着を買わないとですね」


 私は、誤魔化すように苦笑いをする。


「サイズは…70のEみたいね。これは、女子高生にしては結構大きめな感じね……。ちょっと羨ましいかも……。えっと……。と、とにかく。あなたが今まで着けてたブラジャーは、たぶん合わないと思うわ」


 女性店員さんは、私のブラジャーを見てそう言っていた。

 そのブラジャーでも充分に大きいサイズかと思うんだけど。

 もう合わないのか……。

 そうなると、買い替えないとダメかな。


「70のE…ですか。どうりで……」


 恥ずかしい話、自分の胸のサイズについては、あんまり把握してなかったのだ。

 今まで買った下着も、どちらかというと可愛さ重視だったし。

 いつの間にか、そこまで大きくなっていたなんて……。

 人から大きいとは言われていたけど、それをあまり誇張したことはなかっただけに、気分としては複雑である。

 いざサイズを測ったらこれだし。

 私は、なんてものを楓に抑えさせてたんだろう。

 ちょっと反省かな。

 とりあえず、私の財布の中には、新しい下着を2~3枚くらい買えるだけのお金はある。

 私は、再び運動用のブラジャーを身につけた。

 ちょっときついけど、我慢だ。


「どうしますか? 新しいものを買っていきますか?」

「はい。2~3枚ほど、お願いしたいです」

「かしこまりました。それでは、ご用意致しますね」

「あ……。どんなものがあるか、自分でも見てみたいです。…ダメですか?」

「いえ。大丈夫ですよ」

「ありがとうございます!」


 私は、ハンガーに掛けてあったブラウスを着る。

 女性店員さんは、黙って私のことを待っていた。

 無事に着替えが終わると、すぐさま試着室から出て、そのまま女性店員さんと一緒に下着コーナーに向かっていく。

 私の下着選びは、もう少し時間がかかりそうだ。

 楓の方はというと、出入り口付近でジッと待っていた。

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