第七話・5

 美沙さんと理恵さんは、僕の姿を見て目を丸くしていた。


「あの……。楓君。その格好は、一体……」

「香奈姉ちゃんたちに勧められるがまま着てるんだけど……。やっぱり似合わなかったですか?」


 僕は不安そうな表情を浮かべ、メイド服のスカートの裾をつまみ上げる。


「いや……。そんなことはないんだけど……」

「さすがに…ねぇ」


 二人は、言葉を詰まらせた。

 そりゃ、普通の格好なら僕も良かったんだけどさ。

 ミニスカメイド服姿だからね。

 そんなのを男が着てたら、誰だって目を丸くするだろう。

 すると香奈姉ちゃんは、何事もなかったかのように僕たちがいる楽屋に入ってくる。


「二人とも、どうしたの?」

「いや……。なんていうか……ねぇ」

「うん。そうだよね……」


 二人は、なぜか頬を赤らめてそう言う。

 傍にいた奈緒さんは、フッと笑いギターをかき鳴らしている。

 語るまでもないってところだろうな。あれは──。


「だから、どうしたのよ? 二人とも」


 香奈姉ちゃんは、ますますわけがわからないのか二人に聞いていた。

 僕のメイド服姿を見ての反応なんだけど、香奈姉ちゃんにはわからないらしい。

 美沙さんと理恵さんの二人は、笑顔を浮かべて言った。


「そのメイド服。よく似合っているよ、楓君」

「楓君。すごく可愛いよ」


 こんな時、どう反応すればいいのかよくわからないんだけど……。


「ありがとう」


 とりあえず、僕は苦笑いをしてそう言った。

 一応褒めてくれたのだから、お礼くらいはね。

 嬉しくはないけど……。

 僕は、ベースを持って慣らしのために少し弾き始める。

 しばらくすると、美沙さんから声をかけられた。


「まさかとは思うけどさ。今日のライブ…その格好でやるの?」

「うん。そのつもりだけど……。なんかまずいことでもあった?」


 なんかやばいことでもあるんだろうか?

 小鳥遊さんからは許可は降りてるし、問題はないかと思うけど。


「いや……。さすがにその格好はね。体裁が良くないっていうか……。男の子がその格好でライブやるっていうのは、まずくない?」

「何がまずいの? しっかり着こなしているじゃない」


 香奈姉ちゃんは、思案げな表情で首を傾げる。

 美沙さんは、むずかしい顔で僕を見て言う。


「う~ん……。私たちもしっかりキメてきてるからさ。楓君の服装はさすがにまずいと思うんだけど──」

「弟くんのメイド服姿…似合っているでしょ?」


 香奈姉ちゃんは、自信たっぷりに二人にそう聞いていた。

 二人は、僕を見て頬を赤らめ


「そりゃ、似合ってはいるけどさ……」

「さすがに、男の子に女装させるのはねぇ……」


 そう言う。

 僕も、女装してライブするのはどうかとは思っているよ。

 できるなら、普通の格好でライブがしたい。

 しかし香奈姉ちゃんは──


「ここは女子校だしね。メンバーに男の子がいるのは、他の女子生徒たちにいい影響を与えないと思うんだ。せっかくだから弟くんには、メイド服姿でライブをやってもらおうって思ってるんだよね」


 と、言う。

 香奈姉ちゃんのクラスの催し物が喫茶店だった時点で、だいたいの察しはついていたけど。


「だけどさぁ。楓君が可哀想だよ」

「大丈夫だよ。責任はしっかり取るつもりだから!」


 香奈姉ちゃんは、堂々とした態度でそう言った。

 そういえば、こんな香奈姉ちゃんを見るのは、初めてかもしれない。

 僕は、香奈姉ちゃんを見て微笑を浮かべる。


「僕は香奈姉ちゃんのやりたいようにやればいいと思うから。女装については、今日は無礼講ってことで全然構わないよ」

「楓君がそう言うのなら……」


 美沙さんは、心配そうに僕を見てきた。

 すると、ステージの方にいた女子生徒が楽屋に入ってきて声をかけられる。


「──次の方。準備ができたのでステージにあがってください」

「はい。わかりました」


 それについては、リーダーである香奈姉ちゃんが答えた。

 僕としても、準備は整っている。

 後は、本番に向けて演奏するだけだ。

 香奈姉ちゃんは、準備が整った僕たちを見て、笑顔で言った。


「よし! 行こうか」

「うん! 今日はいっぱい楽しもう」

「できる限りのことを尽くすよ」

「今日のライブが、うまくいきますように」

「全力でいく……。ただそれだけ」


 各々が決意を表明すると楽屋を出て、ステージに向かっていった。

 ステージに立つ以上は、後悔のないようにしないとな。


 体育館で行われたライブは大盛況だった。

 みんなこの日のために練習したっていうのもあって、絶好調のようにも感じられる。

 ライブ自体は…だけど。

 でも、周りから言われていることは、正直どうだろうかと思った。

 ライブが終わった後、僕の方を見て


「あの右端にいる女の子、すごく可愛いんだけど……。誰なのか知ってる?」

「ううん、わからない。…誰なんだろう?」

「うちの学校の生徒にあんな子いたっけ?」


 そんなことを言ってくる。

 ライブ会場となった体育館にいるのは、ほとんどが女子生徒たちだ。

 どうやら女子生徒たちは、僕が男だということを知らないらしい。


「とりあえず、ライブが終わったから話しかけてみようよ」


 そう言いだした女子生徒もいたくらいだ。

 とりあえず僕たちは楽屋に戻り、休憩をとる。


「ふー。最高のライブだったね」

「うん。今までにないくらい最高だったね!」

「今日のライブはバッチリだった」


 と、三人は微笑を浮かべていた。

 みんなやり抜いたって顔をしているから、大成功ってことかな。

 僕は、ホッと一息吐く。

 さっきから体育館が騒がしい。

 何事かな。

 そう思い、僕は楽屋から出て体育館の様子を見に行ってみる。

 すると、そこにはたくさんの女子生徒たちが集まっているではないか。


「え⁉︎ 何これ⁉︎」


 僕は、びっくりして声を上げた。

 女子生徒たちも、僕が出てくるのを待っていたかのように『キャーキャー』と歓声をあげる。


「あ、あの子! 右端にいた女の子じゃない!」

「名前を教えてくれないかな?」

「西田先輩が組んでるバンドのメンバーですよね? ぜひ名前を──」


 女子生徒たちは、僕を取り囲むかのように集まってきて、僕にそう言ってきた。

 どうしよう……。

 ここは素直に、自分が『男』だって言うべきか。


「えっと……」


 僕が言おうとした瞬間、後ろにいた誰かが僕の手を掴んできた。

 誰なのかと思って振り返ると、そこには香奈姉ちゃんがいた。

 香奈姉ちゃんは、なぜか苦い表情を浮かべている。


「さすがにまずかったかなぁ。これは……」

「何が起きたの?」


 さすがに、ファンが集まったとか、そういう話じゃないと思うけど。


「たぶん、弟くんのことが気になったんだよ」

「え……。僕のこと? どうして?」

「メイド服を着た女の子がベースを弾いてたから、みんな気になったんだよ」

「そんなものなの?」

「この学校は、女の子の情報は必ずチェックするんだよね」

「…てことは、ここにいる女子生徒たちは、僕が女の子だと思って──」

「うん。このままだと弟くん、捕まっちゃうかも……」

「どうするの?」

「逃げるしかないかな」


 香奈姉ちゃんは、『あはは……』と苦笑いをしてそう言った。

 だから、僕の手を掴んだのか。


「…だけど、僕のベースは? …どうするつもりなの?」

「そのことなら、心配いらないよ」


 と、奈緒さん。

 僕は、思案げに首を傾げていた。


「どうして?」

「楓君のベースは、あたしが責任を持って届けてあげるから、心配はいらないよ」


 そう言うと奈緒さんは、僕のベースを手に取る。

 奈緒さんの言葉に、嘘はないようだ。


「それじゃ、お言葉に甘えようかな」

「うん。任せて」


 僕の言葉に、奈緒さんは微笑を浮かべる。

 ベースのことは奈緒さんにお任せするとして、体育館の方にいる女子生徒たちは、どうしようかな。

 そう考えていると、香奈姉ちゃんは僕に聞いてくる。


「──それじゃ、行くよ。準備はいい?」

「う、うん。いつでも──」


 僕の返事を聞くと、香奈姉ちゃんは僕の手を引いて走り出した。


「みなさん、ごめんなさいね。今日のライブは、これで終了だよ。また聞きたくなったら、今度はライブハウスに来てね!」


 宣伝するかのようにみんなにそう言って、香奈姉ちゃんと僕は、体育館を後にする。

 それを聞いた女子生徒たちは


「絶対に見にいきますね!」

「楽しみにしてます!」


 と、歓声に紛れてそう聞こえてきた。

 これは次のライブの宣伝だろうな。

 ていうか、そこまで決めてあったんだ。

 しばらくして、僕は香奈姉ちゃんに声をかける。


「ねえ、香奈姉ちゃん」

「何? 弟くん」

「これで良かったの?」

「何が?」

「次のライブだよ。まさか、そこまで決めていたなんて思わなくって……」

「ああ。あれは、その場しのぎの嘘みたいなものだよ」

「嘘だったの⁉︎」

「次のライブは、まだやる予定がないんだよね。ライブハウスも混み合っているみたいだし……」

「そうなんだ」

「でも、絶対にライブはやるつもりだよ」

「そっか。…それじゃ、もっと練習しなきゃいけないね」

「うん!」


 香奈姉ちゃんは、とても嬉しそうな笑顔を浮かべて頷いていた。

 何にせよ、文化祭でのライブはうまくいったし。

 今年の文化祭は、香奈姉ちゃんたちにとっていい思い出になっただろう。

 そのことについては、ホントによかった。

 まぁ、僕にとっては黒歴史になりかねないような思い出なんだけどね。

 そこはツッコまないでおこう。

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