第七話・6

 色々あったけど、女子校の文化祭はこれで終了だ。

 だからなのか、みんな掃除や片付けなどをし始めている。

 僕もその例に漏れず、みんなと一緒に掃除をしていると、小鳥遊さんが話しかけてきた。


「あの……。楓君」

「どうしたんですか? 小鳥遊さん」

「今日は、色々と手伝ってもらってありがとうね」

「あ、いえ……。僕の方こそ、色々と迷惑をかけたみたいで……」

「迷惑だなんて、そんな……。まさか喫茶店の手伝いだけでなく、掃除も手伝ってくれるなんて……。なんてお礼を言えばいいのか──」

「気にしなくていいですよ。僕もどちらかと言えば、暇人なので──」


 僕は、笑顔でそう言う。

 今から家に帰っても、晩ご飯を作って食べるくらいしかすることがないので、このくらいなら全然構わないんだけど。


「西田さんから話は聞いていたけど、ホントに料理とか掃除は得意なのね」

「そんなことないですよ。有り合わせのものでやってるだけですよ」

「それでも、すごいと思うよ。楓君は──。私にも、家事万能な弟が欲しいくらいだよ」


 小鳥遊さんは、羨ましそうにそう言って僕の手を握ってくる。

 忘れていたわけじゃないけど、香奈姉ちゃんのクラスの女の子って全員、先輩なんだよね。一応は──。


「そんなものなんですか?」

「自炊してる女の子なら、みんなそう言うよ。…なんか、励みになるじゃない」


 小鳥遊さんは、そう言って微笑を浮かべる。

 まぁ、たしかに、小鳥遊さんの言うとおりかもしれない。

 香奈姉ちゃんは、僕が料理や掃除とかをやってるのを見て、一緒にやりだしたんだよな。

 料理の腕前に関しては、僕の方が上だと思うけど……。


「励みに…ですか」

「うん。私には兄がいるけど、家事万能じゃないからね。どうしても、羨ましいと思えてしまうんだよね」

「なるほど」


 たしかに僕にも兄がいるけど、家事万能ってわけじゃないな。

 料理の腕前なんか殺人的だし。

 そんなことを思っている時に、香奈姉ちゃんから声をかけられる。


「ねぇ、弟くん」

「ん? どうしたの、香奈姉ちゃん?」

「うん……。ちょっとね……」


 香奈姉ちゃんは、何か言いたげな表情で僕を見てくる。

 その顔は、僕の家に行きたいっていうあらわれだ。

 もじもじとした仕草ですぐにわかる。


「…わかった。それじゃ、今日は一緒に帰ろうか?」


 僕は、香奈姉ちゃんの顔を見てそう言った。

 香奈姉ちゃんは嬉しそうな表情を浮かべ


「うん!」


 と、答える。

 きっとライブが成功したから、その打ち上げがしたいんだろうな。

 すると小鳥遊さんは、微笑を浮かべ言ってくる。


「二人とも仲がいいのね。やっぱり付き合っていると、そういう感じなの?」

「いや……。そういうわけじゃ……」

「恋人同士なら、当然かと思うけど……」


 香奈姉ちゃんは、当然のことのようにそう言った。

 自分で言ってて恥ずかしくないんだろうか。

 僕はもう恥ずかしくて、ここにいたくないんだけど。


「恋人同士なら当然…か。なるほどね」


 小鳥遊さんは、妙に納得した様子で言う。

 あまり間に受けてほしくないんだけどなぁ。

 だけど、香奈姉ちゃんを怒らせたら、もっと怖いし……。

 その笑顔の裏で何か言おうとしてるのは、わかっているんだよ。


「小鳥遊さんも、素敵な彼氏ができたらわかると思うよ」

「何よそれ。嫌味でも言ってるつもり?」


 香奈姉ちゃんの言葉に、小鳥遊さんはムッとした表情になる。

 それに対して、香奈姉ちゃんは困ったような表情を浮かべる。


「そういうつもりじゃ。私はただ……」

「わかってるよ。西田さんが言いたいのは、『恋は素敵なものだよ』ってことなのよね?」

「うん。まぁ、そうなんだけど……」

「気持ちはわかるんだけど。…私は、そういうのはしばらくいいかな」


 小鳥遊さんは、苦笑いしてそう言った。

 なんだか男の人を拒否してるような感じが否めないけど……。何かあったんだろうか。


「どうして?」

「兄に紹介してもらったの男の人がね。趣味が合わないくせに、どうにもしつこかったのよ」

「ああ。それは、付き合う以前の問題だね」

「そうなのよ。兄には悪かったんだけど、私の方からお断りさせてもらったの。『趣味が合わない人と付き合うのはゴメンだ』って言ってね」

「そっか……。それなら仕方ないよね」


 香奈姉ちゃんは、そんな小鳥遊さんを慮ってか微苦笑してそう言う。

 たしかに、趣味が合わない人と付き合うのは苦痛でしかないからな。

 それは、よくわかる。

 僕にも、料理っていう趣味があるから、そういう趣味がない人と付き合うのはむずかしいかもしれない。

 僕は、苦笑いをしている小鳥遊さんをジッと見ていた。


 文化祭のイベントが一通り終え、もうラストの花火しか残っていないような時間帯になった頃、香奈姉ちゃんに声をかけられた。


「ねえ、弟くん。よかったら、私と一緒に踊ろう」

「え? 踊るって、一体何の話?」

「文化祭のラストに踊るフォークダンスだよ。弟くんは、この後、誰かと踊る予定でもある?」

「いや。特にないけど……」


 周囲を見れば、女子生徒たちは各々が呼んだ男子と楽しそうに踊っている。

 香奈姉ちゃんも、女子生徒たちと同じ動機か。


「それだったら、私と踊ろうよ」

「え、でも……。僕は……」


 まだメイド服姿だし。それに香奈姉ちゃんにも、周囲の評判というものがあるんじゃ……。


「どんな格好してたって、弟くんは弟くんなの。私の気持ちは変わりはしないよ」

「香奈姉ちゃん……」

「それに、この女子校にはある伝説が伝わっているのは知ってるかな?」


 ある伝説?

 なんか聞いたことあるような、ないような……。


「いや……。詳しくは……。何があるの?」

「文化祭のフォークダンスを一緒に踊ったカップルは晴れて恋人同士になれるんだって──。素敵だと思わない?」


 香奈姉ちゃんはうっとりとした表情でそう言った。

 そう言われてもなぁ。

 恋人同士っていうのは、付き合っていれば自ずとそうなるんじゃないのかな。


「へぇ、そんな伝説があるんだ。でも、恋人同士っていわれてもなぁ。僕には、あんまり実感のない話かな」

「女の子にとっては良い話なんだよ。それに、私と付き合っていて『実感がない』とかって、失礼じゃないかな?」

「ごめん……」

「ダメ。許さない」


 香奈姉ちゃんは、ムスッと頬を膨らませて言う。


「どうしたら、許してくれるの?」

「そうだなぁ。私と踊ってくれるんだったら、許してやってもいいよ」

「いや、それって……」


 ようは強制参加ってことだよね。

 僕に拒否権はない…と。


「ダメ…かな?」


 香奈姉ちゃんは、不安そうな顔でそう言ってくる。

 そんな顔をされたら、よけいにダメって言えないじゃないか。


「ダメなわけがないじゃない。…こんな僕でいいのなら、改めてお願いするよ」

「うん! よろしくね」


 香奈姉ちゃんは、満面の笑顔を見せると僕の手を掴み、そのままみんなが踊っている場所へと引っ張っていった。

 側から見たら女の子同士(僕は男だけど)で踊るという異様な光景だが、香奈姉ちゃんはそんな事などお構いなしに、堂々とした態度で踊っている。


「ねえ、あれ……。女の子同士で踊ってるよ」

「女の子同士って……。いいの? あれは……」


 すると、周りで見ていた女子生徒たちがざわざわと騒ぎ始めた。

 やっぱり目立っちゃうか。

 わかってはいた事だけに、注目を浴びてしまうと萎縮してしまうな。

 女子校の教師も動くかと思われたが、それを制止するかのように一人の女子生徒が言った。


「いいんだよ。あの二人ならね」


 そう言ったのは、奈緒さんだ。

 奈緒さんは、微笑を浮かべて僕と香奈姉ちゃんが踊っているのを遠巻きに見ていた。

 本来なら──いや、時間が少しずれていたら、僕が奈緒さんと踊っていただろうと思うんだけど……。

 これ以上は、何も言わないでおこう。


「ありがとう、奈緒ちゃん」


 香奈姉ちゃんは、微笑を浮かべてそう言っていた。

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