第二十七話・8

 楓と一緒に登校する時、学校が違うせいか私から誘う場合が多い。

 楓は私に気を遣って1人で登校することが多いので、先に楓の家に行って待つ事が正解だったりする。


「はやくしてよ、弟くん」

「うん。今行く」


 そう言って、楓は鞄を持って玄関先まで向かってくる。

 私が玄関先で待っているのをわかっている感じだし、これ以上はなにも言わない。

 季節はもう秋だ。

 私たちの進路のこともありバンド活動も控えめになっている。

 まったくやらないというわけではないが、勉強の方も大事だという事で意見がまとまったのだ。

 私が通っている女子校はかなり有名なところだから、進路もそれなりには考えないといけない。

 教師からは、かなりランクの高い女子大を勧められたが、それはやめておいた。

 楓と離れるのは、これ以上は限界と感じたのだ。

 いくら近くに共学の高校がないからって、大学まで女子大に決めてしまうのはちょっと──

 それにしても。

 高校生活もあと少しで終わりか。

 この可愛い制服姿も、あと少しで最後になってしまうな。

 その間に、どれだけ楓にアプローチできるか。


「お待たせ。さぁ、行こうか?」

「うん」


 私は、そう返事をして楓と一緒に家から出る。

 楓が玄関のドアに鍵をかけたのを確認した後、私は着ている制服のチェックをする。

 校則違反をするほどひどいものではないが、やはり制服のスカートが短めなのがちょっと恥ずかしかったりする。

 これ以上はどうにもならないので、仕方がないといえば仕方がないのだが……。

 初めて着た時は、そんな感情はなかったんだけどな。

 今さらながら、女子校の制服がここまで恥ずかしい気持ちになるものとは思わなかった。

 楓はどう思っているんだろう。


「ところで弟くん。今日の私はどうかな? 変なところはない?」

「変なところって言われても……。いつもの香奈姉ちゃんみたいだけど……」

「そういう意味じゃないんだけどなぁ……。まぁ、いっか。弟くんがそれでもいいのなら──」


 どうやら楓には、私の質問の意味がわかっていないみたいだ。

 それとも女子校の制服姿が当たり前すぎて、頭の中がバグっているとか?

 どちらにしても、ちょっとはしゃぐだけでスカートの中が丸見えになっちゃうのは感心しないかも。


「香奈姉ちゃんがいつもどおりだから、どこを褒めればいいのかわからなくて……。可愛いのはたしかなんだけど……」


 楓は、どこか悩みを覚えたような感じでそう言ってくる。

 そんな顔をされてもな。

 私としては、いつもの楓であってほしいんだけど。

 こうして普通に歩いているだけでも意識しちゃうとか、やっぱり緊張してるのかな?


「お姉ちゃんに『可愛い』って言うのは、ちょっと感心しないな。せめて『綺麗だよ』とかの言葉がほしいな」

「あ、うん。ごめん……」

「謝らなくていいよ。弟くんの言い分もよくわかるから」

「えっ」

「奈緒ちゃんとか、仕草が可愛いんだよね。私たち、とてもお姉ちゃんっぽくないから、どうしても変なところを見てしまうんだよね?」


 変なところというのは、もはや語るまでもない。

 ちょっとした仕草だ。

 制服姿でそんなことをしたら、どうなるかなんてすぐにわかってしまう。

 私自身も、人のことは言えないからなんとも──


「そんなことは……。香奈姉ちゃんはいつもどおり綺麗だし」


 楓は、どこか含みのある表現をする。

 本音では可愛いって言いたいのかな。


「ホントは可愛いって言いたいんでしょ?」

「そんなことは……」


 楓は、そう言って私のことをまじまじと見てくる。

 そんな視線で見つめられたら、なんの説得力もないんだけどな。

 途端、悪戯な風が吹き抜ける。


「きゃっ」


 風は勢いよく吹き抜けていき、穿いているスカートが捲れた。

 中の下着が一瞬だけだが丸見えになる。

 ちなみに、下着の色はピンクだ。

 見せるためにそんなのを穿いているわけではない。

 私は、咄嗟にスカートを押さえる。

 今さらな感じがするが、まわりの目もあるため一応そうしておく。


「見た? 見たよね? 今の絶対に見たよね?」


 私は、いかにも不満げな視線を楓に向けてそう訊いていた。


「なにを?」


 楓は、なぜか思案げにそう聞き返してくる。

 あきらかに見たくせに、その反応はさすがに……。

 でも楓からは、とぼけたような表情は見えない。

 ホントに見なかったのかな。


「ん~。見てないのなら、別に気にしなくていいけど……」


 私からは、そんな風にしか言えなかった。

 はっきりと『見た』だなんて言えないだろうし。

 もしかしたら、ホントに見てなかったかもしれないから。


「うん。ちょっと目にゴミが入ってしまって、それどころじゃなかったかも……」

「そっか。それなら仕方ないね」


 ちょっとだけ惜しい気もしたが、そんな本心は言わないことにする。

 見なかったのなら、それはそれで良かったのかもしれない。でも──


「うん。仕方ないかも……」


 楓は、どこか残念そうな顔をする。

 私のスカートの中を見れなかったのが、そんなにショックなことだったのか。なるほど。


「もしかして、見たかったりする?」

「なにを?」

「いや、その……。たとえばスカートの中とか……」

「そこはさすがに……。見せるようなところじゃないでしょ」

「うん。まぁ……。そうなんだけど……」


 私は、自分に言い聞かせるようにそう言ったが、正直迷っていた。

 楓には、素直に見せた方がいいのかなって思ったのだ。

 でも狙ってやることでもないし、どうしたら……。


「そんな顔しないでよ。香奈姉ちゃんは、普段から綺麗なんだから、もう少し自然体でいてもいいと思うよ」

「うん、ありがとう。弟くんがそう言うのなら、そうしてみようかな──」

「お礼を言う場面じゃないと思うんだけど……」


 楓は、急に恥ずかしくなったのか顔を赤らめさせてポリポリと頬を掻く。

 やっぱり制服姿の私を見て、目のやり場に困っているのかな?

 ちょっとした微風でもスカートが揺らいでいるくらいだから、そうなんだろう。私自身も気にしてしまうくらいだし。

 思い切ってスパッツでも穿いてみようかな。

 と、思ったがやっぱりやめておこう。

 せっかくの可愛さを演出できない。


「弟くんになら、見せてあげてもいいかなって──」


 私は、楓に聞こえないようにボソリとそんなことを呟いていた。

 楓の方はというと、なぜだか思案げな表情で私のことを見ている。


「おはよう、香奈。楓君も──」


 しばらく歩いていたら、向こうから奈緒ちゃんがやってきて声をかけてきた。


「おはよう、奈緒ちゃん」

「おはよう、奈緒さん」


 私と楓は、一様にして挨拶をする。

 これもいつもどおりって言われたらそうなんだけど、いつもと違うのは、楓に対するアプローチのやり方だ。

 奈緒ちゃんは、わざわざ楓の隣にやってきて腕を掴んだかと思えば、何事もなかったかのように歩きだす。

 奈緒ちゃんにとっては、それが自然なんだろう。

 私も、いちいちそれを指摘するのもどうなんだろうと思い、なにも言わなかったが……。


「今日の楓君は、いつもと違うみたいだけど……。なにかあった?」

「ん? そうかな? いつもどおりだと思うけど」


 やっぱり楓は、そう言いながらも奈緒ちゃんの制服姿までチェックしていた。

 奈緒ちゃんの制服のスカートも、やはり短めな感じだ。

 私よりか、ややだらしなく着こなしているあたり、ファッションの意味合いも兼ねているみたいである。

 その証拠に、着ているブラウスの胸元辺りのボタンを緩めているし……。

 これは、狙ってやってるなと思わずにはいられない。

 奈緒ちゃんの胸元を覗けばブラジャーがチラリと見えてしまう。

 いつもはそんなことしないのに……。

 奈緒ちゃんは、微笑を浮かべて言う。


「楓君は、わかりやすいね。あたしのこともしっかりと見てくれているから、これ以上だらしない格好はできないや」

「奈緒さんは、いつもクールでしっかりしているからね。その格好は、かえってあざとく見えてしまうかも……」


 楓は、奈緒ちゃんの制服姿を見て、率直な感想を言っていた。

 たしかに奈緒ちゃんをギャルっぽくしたら、あざとく見えてしまうかもしれない。

 普段から、クールなイメージがある奈緒ちゃんにとっては、それは逆に似合わない。


「あたし的には、良いと思うんだけどな」


 奈緒ちゃんは、ちょっとだけムキになったのかムッとした表情をする。

 そう言われてもな。

 まぁ、決して似合わないわけではないけど……。

 奈緒ちゃんの場合は、元の素材がいいから、無理に制服を着崩してしまわなくてもいいと思う。

 私自身も、そこまでファッションに対して詳しいわけではないから、なんとも言えないけど……。

 あくまでも制服だから、そこまでファッションの意味合いを兼ねなくてもいいと、個人的には思っている。


「うん。それも良く似合っているよ」

「そうだよね? 香奈には、やっぱりわかるんだね」

「もちろん!」


 私は、そう言ってグッドサインをだす。

 楓はなにか言いたそうな顔をしていたが、異論は許さない。


「弟くんにも、わかるよね?」

「えっ。その……」

「わかるよね?」

「う、うん。わかってるよ」

「さすが弟くん!」


 私だって、そういう格好がしたい時があるんだから、奈緒ちゃんのことを悪くは言えない。

 せっかくだから、今日くらいは──

 そうとも考えたが、楓の隣を歩く以上、軽はずみなことはできない。

 私くらいは、清楚な感じでいかないと。

 そんなこんなで歩いていると、いつもの2人に出会す。

 相変わらず、美沙ちゃんと理恵ちゃんは仲がいい。


「おはよう」


 私は、そんな2人に挨拶をしていた。

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