第九話・6

 ──次の日の朝。

 その日、香奈姉ちゃんは、なぜか僕の家にやってこなかった。

 学校に登校する時間なので、来ないほうがおかしいんだけど。

 少しの間だけ、待ってみたが、香奈姉ちゃんが出てくる気配は一向にない。


「どうしたんだろう?」


 僕は、思案げに首を傾げる。

 香奈姉ちゃんと付き合い始めてからというものの、登校時間になっても僕の家に香奈姉ちゃんが来ないなんてことはなかったんだけど。

 もしかして、先に学校に行ってしまったとか。

 どちらにしても、このまま香奈姉ちゃんを待っていても埒が明かないので、先に行くことにしよう。


 学校に着くと、前の日に香奈姉ちゃんに告白していた先輩の男子生徒に出会した。

 まぁ、男子校の生徒なんだから、いても不思議なことじゃないというか、なんというか。


「っ……⁉︎」


 バツが悪かったのか、男子生徒は僕の顔を見るなり避けるようにして先に学校の中に入っていく。

 僕の方も、極力気にせずに学校に入っていった。

 あの先輩の男子生徒から何もなかったっていうのも、かえって怖いな。

 後で呼び出しでも受けるんじゃないだろうか。

 今日も、何事もありませんように。


 ──放課後。学校帰り。

 今日の授業が終わり、僕はいつもどおりに帰宅準備をする。

 お昼休みの間に香奈姉ちゃんからメールなどの連絡があったらよかったんだけど、一つも来ることはなかった。

 ホントに何があったんだろうか。

 とりあえず自分の家に帰ったら、香奈姉ちゃんの家に行ってみようかな。


「おい」


 それは唐突に、校門から出た直後にかけられたものだった。

 僕は、そちらに視線を向ける。

 そこにいたのは、香奈姉ちゃんに告白した先輩の男子生徒だった。

 男子生徒は、不機嫌そうな顔で僕に言ってくる。


「今日は、西田香奈は来ていないのか?」

「そうみたい…ですね」


 僕は、そう答える。

 他にどう答えればいいのかわからなかったからだ。

 僕自身も、今日は香奈姉ちゃんが来ていないことに関してはびっくりしているのに、この先輩の男子生徒にそう聞かれて、どう反応したらいいものか。

 校門前に香奈姉ちゃんがいないことが、すべての答えなんじゃないのかな。


「今日こそ、西田香奈に振り向いてもらおうと、プレゼントを持ってきたのに……」

「そうなんですか」


 あ……。そっちが本来の目的か。

 今日が香奈姉ちゃんの誕生日ってわけじゃないもんね。

 それよりも、この間のアレを見ても、まだ諦めたわけじゃなかったんだな。


「クソッ! お前を見張っていれば、西田香奈に出会えると思ったのに……」

「………」


 ──それは残念だったね。

 その言葉は、敢えて口には出さなかった。

 言ったら、妙な因縁をかけられそうで怖かったのだ。


「しょうがない。また日を改めるか」


 男子生徒は舌打ちしてそう言うと、歩き去っていった。

 僕に、一体何の用件だったんだろうか。

 う~ん……。よくわからない。

 とりあえず、僕も家に帰るとしようかな。

 こういう時って、真っ直ぐに家に帰った方がいい気がするし。


 自分の家に帰ってくると、さっそく母が僕に話しかけてきた。


「今帰ってきたのね、楓」

「ただいま、母さん」


 正直、母が家にいたのは驚きだ。

 いつもなら仕事中で、家にはいないはずなんだから。

 母は、僕が帰ってきたのがナイスタイミングと言わんばかりに言った。


「ちょうど良かったわ。今から、西田さんのところに行ってくれないかな?」

「ん? どうしたの?」

「香奈ちゃんが、風邪をひいて熱を出したって聞いてね」

「香奈姉ちゃんが風邪⁉︎」

「そうなのよ。…それでね。心配だから、私の代わりに楓が見舞いに行ってやってくれないかな?」

「う、うん。それくらいなら、別にいいけど……」

「ありがとうね。楓なら料理もできるから、安心だわぁ」


 母は、安心したのかそう言っていた。

 そっちが本音か。


「とりあえず、着替えたら香奈姉ちゃんの家に行ってみるよ」

「ええ、お願いね」


 とりあえず着替えが先だ。

 僕は二階にあがり、自分の部屋に向かう。

 それにしても、あの香奈姉ちゃんが風邪を引くなんて。

 どうりで、朝に僕の家に来なかったわけだ。

 いつもなら、僕の家の中に入って待っててくれるもんなぁ。

 昨日の水族館でのデートが原因なのかな。

 イルカショーで大量に水しぶきを被っちゃったから、それでそのまま風邪を引いちゃったってことだろう。

 大丈夫かな。香奈姉ちゃん。

 とにかく、香奈姉ちゃんのことが心配なので、急いで行ってみるとしよう。

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