第十五話・14

 僕はたぶん、香奈姉ちゃんには敵わないと思う。

 そう思ってしまうのは、香奈姉ちゃんと付き合い出してからというもの、ほとんどが香奈姉ちゃんのペースでデートやらスキンシップなどをしているからだ。

 それが嫌ってわけじゃないんだけど……。

 お風呂から上がった後、香奈姉ちゃんの部屋に招かれた僕は、勢いのまま香奈姉ちゃんと裸でのスキンシップをする羽目になってしまった。

 それは、ほぼ強引と言っていいほどだ。

 香奈姉ちゃんは、名残惜しそうに身を委ねてくる。


「ねぇ、楓。今日は、このまま泊まっていきなよ」

「そんなこと言われても……。明日のお弁当の準備もあるし……」


 僕は、そう言って香奈姉ちゃんの誘いを断った。

 そう言っておかないと、香奈姉ちゃんが納得しないと思ったからだ。

 案の定というべきか、香奈姉ちゃんは微笑を浮かべる。


「楓は真面目だなぁ。私も人のことは言えないけど……」

「そういうことだから、僕は自分の家に帰って、明日の準備をしなきゃ……」


 僕は、そう言って香奈姉ちゃんの部屋から出ようとドアの前まで行く。しかし──


「それなら、私も一緒にお弁当作りを手伝ってあげるよ。そういうことなら、別にいいでしょ?」


 香奈姉ちゃんは追いかけるように僕のところに来ると、何の躊躇いもなく僕の手を掴み、そう言ってくる。

 そんな不安そうな顔で引き止められたら、僕にはなんともできない。


「香奈姉ちゃんがそう言うなら……。別にいいけど……」

「うん! 是非泊まっていってよ」


 僕がそう言った途端に、香奈姉ちゃんは嬉しそうな表情になった。

 ホントは香奈姉ちゃんの誘いを断ろうと思ったんだけどな……。

 やっぱりダメか。

 どうして、断れないんだろう。


「そういうことだから、はやく続きをしよう」


 香奈姉ちゃんは、今さらながら恥ずかしそうにおっぱいを腕で隠し、そう言ってくる。

 まだ服を着ていないってことは、そういうことなんだろう。


「う、うん」


 僕は改めて香奈姉ちゃんの体を見て、こくんと頷いていた。

 香奈姉ちゃんと二人っきりだけの時間はたくさん過ごしているはずなのに、何でもっと一緒にいたいって思えてしまうんだろう。

 もしかして、僕は欲求不満なのか。

 もっと、香奈姉ちゃんとエッチなことがしたいのかな。

 僕には、よくわからない。

 香奈姉ちゃんは、僕の手を引いてそのままベッドに戻る。

 あ……。これは、そのままセックスをする流れだ。

 雰囲気ですぐにわかる。

 香奈姉ちゃんは僕を先にベッドに寝かせると、その上に被さるという状態で僕に迫ってきた。


「今日は、私と練習するの。楓には、最後まで付き合ってもらうんだから」

「練習って……。一体、なんの練習をするの?」


 ベッドまで誘導してきたから、てっきりそのままセックスをするものかと思っていたんだけど……。どうやら違うらしい。

 違うとしたら、なんの練習だろう。


「そんなの、歌の練習に決まってるでしょ?」

「歌って……。本気なの? 僕は、音痴だよ」


 今回の新曲は、僕にも歌ってもらうっていう話だから、心配なんだよな。

 自分で言うのもなんだけど、僕は音痴だし。


「うん、本気だよ。私は、なんとしても次のライブを成功させるつもりなんだ」

「そっか。それなら僕も頑張らないとな……。だけど、僕の音痴をどうにかしないと」

「楓が音痴かどうかなんて、この際どうでもいいんだよね。大事なのは、楓にやる気があるかどうかなんだ」

「僕に?」

「そうだよ。楓のやる気が、私たちの音楽に勇気を与えてくれるんだよ」


 香奈姉ちゃんは、そう言って僕の胸の辺りに指を突きつけてくる。

 僕に勇気を与えたくてそうしてるのは、すぐにわかった。


「勇気…か。それを聞いたら、黙っていられないな」

「そうでしょ。黙っていられないでしょ。楓なら、きっと大丈夫だよ」

「まぁ、大丈夫なんだけど……。その……」


 僕は、ある事に気がついて香奈姉ちゃんから視線を逸らす。


「どうしたの? まだ心配なことでもあるの?」


 香奈姉ちゃんは、心配そうな表情でそう訊いてくる。

 僕は、香奈姉ちゃんの肩に手を添えて言った。


「心配事はないんだけどさ。練習するなら、服を着てからにしない? 今の格好だと、絶対に誤解されると思う」


 普通に考えたら、今の僕と香奈姉ちゃんは裸だ。

 しかもベッドの上でお互いに抱き合った状態である。

 このままだと、歌の練習じゃなくてセックスになりかねない。

 しかし香奈姉ちゃんは、納得してないのか不服そうな表情になる。


「そうかな? 私的には、普通だと思うんだけどな」

「全然普通じゃないよ! もし花音とかが入ってきたら、とても説明できないよ!」


 僕は、焦り気味にそう言った。

 香奈姉ちゃんは、落ち着いた様子で僕の頭を優しく撫でてくる。


「そう? お楽しみ中でしたって言えば、大丈夫なんじゃないかな?」

「そう説明して、納得してくれるならいいんだけど……」

「花音なら大丈夫だよ。そもそも、こんなタイミングでやっては来ないから」

「それなら、いいんだけど……」


 僕は、つい部屋のドアに視線を向けた。

 このタイミングで、もしも花音が入ってきたら……。

 香奈姉ちゃんは、どんな風に言い訳をするんだろう。

 そう思ったが、直接言うのはやめた。

 それを見て何を思ったのか、香奈姉ちゃんは僕にキスをしてくる。


「…香奈姉ちゃん?」

「もう! 楓は心配しすぎだよ。男の子なら、ドーンと構えていなきゃ」

「わかってはいるんだけど……」

「まぁ、楓のそんなところも、私は好きなんだけどさ」


 香奈姉ちゃんは、恥ずかしそうにそう言う。

 そんなことを言われて、嬉しくないわけがない。


「香奈姉ちゃん……」

「好きなんだから、私との練習には最後まで付き合いなさいよね」

「うん」


 僕は、迷わずに頷いていた。

 香奈姉ちゃんに抱きつかれてしまっては、そう答えるしかないじゃないか。

 練習とは言うけど、歌の練習って香奈姉ちゃんの部屋でできたかな?

 歌とかの練習をするには、僕の家の離れにある別室を使うしかないと思うんだけど……。


「そういうことだから、はやく練習しましょう」


 香奈姉ちゃんは、意気込んだ様子でそう言った。


「え……」


 言うまでもなく、僕は呆然となってしまう。

 まさかとは思うけど、香奈姉ちゃんの部屋で歌うのか。しかも裸で……。

 香奈姉ちゃんも、そのことに気が付いたのか、なぜか悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。


「あ……。裸っていうのは、やっぱり恥ずかしいか……。それなら、もう一回やってから練習しようか?」

「やるって、何を?」

「そんなの決まってるじゃない! スキンシップだよ。まずは裸で抱き合って、私の体のぬくもりを感じてもらうの。ぬくもりを感じてもらったら、予定通り、歌の練習をするんだよ」

「それって、単純に言えば、香奈姉ちゃんとセックスをした後、歌の練習をするってことだよね?」

「うん、そうだよ。やっぱり、お互いに『裸』なんだし。一回くらいはやらないと…ね」

「僕に拒否権は?」

「ない!」

「………」


 僕は、なんとも言えずその場で押し黙ってしまう。

 きっぱりとそう言われてしまうと……。

 僕には、『逃げ場はないよ』とはっきりと言われているようなものだ。

 せめてセックスするためのゴムくらいは用意してほしいんだけど……。


「あの……。香奈姉ちゃん……」

「何かな? 私は、やるって言ったら絶対にやるからね。拒否は許さないんだから……」

「いや、その……。ゴムとかはあるのかなって……。さすがにゴム無しでやるのは、ちょっと……」

「そうだね。ゴム無しでやるのはね。楓にとっては抵抗があるか」


 香奈姉ちゃんはそう言って僕から離れると、すぐに自分の机に向かい、そのまま引き出しの中を漁り出す。

 たぶん、避妊具などはその中に入っているんだろう。

 すぐに見つけたのか


「見つけた」


 と言って、僕のところに戻ってくる。

 未開封なのを確認できるあたり、どうやら新品のようだ。

 万が一にも、穴は空いてないよね。


「さぁ、はやくやろうか?」


 香奈姉ちゃんのこの言葉を聞いて、僕は


「うん」


 と頷いた。

 これが終われば、歌の練習をやってくれるんだよね。

 そういうことなら、もう一回くらいのセックスは我慢できる。


「今日は、帰さないんだからね」


 香奈姉ちゃんは、頬を赤く染めてそう言った。

 これは、一回じゃ済まないかもしれない。

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