第二十話・6

 今日は、バレンタインデーだ。

 そのこともあってか女子校内にいる女の子たちは、いつもよりテンションが高めである。

 チョコレートを渡す相手のことを考えているんだろう。

 中には、そんな態度をおくびにも出さずにいる女の子もいるけど、恥ずかしそうに頬を赤らめているのを見れば丸わかりである。

 今日が大事な日だというのは、ちゃんとわかっているんだろうな。

 そんな私も人のことが言えず、若干テンションが高めだった。

 楓に渡すのチョコのことで、頭がいっぱいだ。

 もちろん本命チョコ…になるんだけど。

 恥ずかしいから、そんなことは他の人には言えない。

 奈緒ちゃんと会う前には、なんとか平常心を保たないと。

 そんなこんなで、いつもどおりに教室に入り自分の席に着くと、奈緒ちゃんが私のところにやってきて話しかけてきた。


「おはよう、香奈」

「おはよう、奈緒ちゃん」


 私は、普段と変わらぬ態度で挨拶をする。

 今日はバレンタインデーだから、絶対に奈緒ちゃんから何かあるだろう。

 そう思って少しだけ様子を見ていたら、案の定、奈緒ちゃんは恥ずかしそうに頬を赤らめ、緊張気味に言ってきた。


「き、今日は、バレンタインデーだね」

「うん。そうだね」

「香奈は、チョコレートを渡す予定とかってある?」

「突然どうしたの?」

「いや、その……。聞いてみただけ…かな」

「そっか」


 私は、奈緒ちゃんの突然の質問になんて答えたらいいのかわからず、つい相槌をうっていた。

 渡す予定があるかと聞かれたら、『ある』と答えてしまいそうだけど、それも何か違う気がするし。

 ちなみに、楓に渡すチョコレートは持ってきているが、まだ渡してはいない。

 朝の時点で渡せたのではないかって?

 女子校では、チョコを渡すタイミングすらも大事なイベントになっているからだ。


「香奈はどうか知らないけど、あたしは渡すつもりだよ。楓君にね。美沙と理恵も、同じなんじゃないかな」

「そう…なんだ」

「香奈は、もう渡したんじゃないの?」

「ううん。まだだけど……」

「そっか。そこのところだけは、対等なんだね」


 奈緒ちゃんは、安心した様子で笑顔を浮かべそう言っていた。

 朝、途中まで楓と一緒に学校に行ったのは、フラグ作りのためだ。

 楓には、私という存在を意識させておいて、他の女の子のところに行かないようにするのだ。

 ごく自然な流れに演出すれば、さらに良い効果がある。

 私の姿を撮影させてしまったことについては、なんとも言えないけれど。確実に私のことを意識しているはず。


「対等って……。私は別に……」

「隠さなくてもいいって。あたしには、ちゃんとわかっているから」

「もう! 奈緒ちゃんったら! そんなんじゃないのに……」

「まぁまぁ。今日は、バレンタインデーなんだし。少しくらいは大目に見ないと。せっかくの美人が台無しだよ」

「むぅ~」


 私は、なんて言っていいのかわからず押し黙ってしまう。

 だからといって、ここで引き止めたら、私一人が悪いっていう流れになってしまいそうだし。

 ここは、静かに見守るしかないのかな。


 やっぱり、楓のお姉ちゃん的な存在の私としては、誰からのチョコレートが一番嬉しいのかはっきりしてもらいたい。

 そうは思うのだが、これは楓にとっても初めてのことだと思うから、私の気持ちだけが先走ってもダメなんだよなぁ。

 この場合は、どうしたらいいんだろう。


「どうしたの、香奈ちゃん? 忘れ物でもしちゃったの?」


 お昼休みの時間になって、お弁当を食べている時に、美沙はそんなことを訊いてきた。

 きっと今日がバレンタインデーだということをわかっていてそう言ってきたに違いない。

 さすがに勘だけはすさまじく鋭いな。美沙ちゃんは。

 こんな時は、どう言えば誤魔化せるのか。

 私は、苦笑いを浮かべて言う。


「ううん。なんでもないよ。ちょっとね……」

「ふ~ん。ちょっと…か。ひょっとして、バレンタインデーのチョコのことで悩んでるのかな?」

「そ、そんなことは──。私は、ただ──」

「みなまで言うなって。私には、ちゃんとわかっているんだから」


 美沙ちゃんは、なにかを悟ったかのようにそう言った。

 なぜだか不安しかないんだけど。

 信用していいのかな。


「わかってるって、何を?」

「香奈ちゃんが楓君に、一生懸命アプローチしているっていうのは、よくわかっているんだよ」

「それは……。弟くんは、一人にしたら何をするかわからないから。それで──」


 私は、そう言っているうちにしどろもどろになってしまう。

 それを面白そうに見ているのが美沙ちゃんだ。


「そうだよね。愛しの弟くんは、結構モテるからね。一人にはしておけないよね。香奈ちゃんの気持ちは、よくわかるわ」

「もう! 他人事だと思って! 私にとっては、一大事なんだからね」

「そっかぁ。なら、私が楓君にチョコレートを渡すのもいけない事なのかな?」

「いけなくは…ないけど……」


 悪戯っぽい笑みを浮かべて言う美沙ちゃんに、私はもやもやっとした気持ちでそう言う。

 なんだろう、これは……。

 ひょっとして、やきもち?

 だとしたら、なんで美沙ちゃんにやきもちを妬いているの。

 奈緒ちゃんになら、わかるんだけど。

 私の気持ちは、どんどん沈んでいく。

 それを見てなのか、美沙ちゃんは笑顔で言った。


「そんな顔しなくても大丈夫だよ。私のバレンタインデーのチョコレートは、『本命チョコ』じゃないから」

「『本命チョコ』じゃないの? …だったら何の──」

「それはね。やっぱり秘密かな」

「秘密って……」

「香奈ちゃんには、楓君っていう本命彼氏がいるからね。私の場合は、常日頃の感謝の気持ちを込めて…になるのかな」

「感謝か……」

「あはは。ちょっと、くさい台詞になるね」

「そうだね」


 私には、これ以上何も言えなかった。

 彼女が誰のことを想っていようと自由だし、なによりもバレンタインデーなんていうのは、その日限りの無礼講みたいなものだと思うからだ。

 さすがにチョコポッキーでアレをやるのはどうかと思うけど、それ以外なら許される範囲だろう。

 私は、もやもやとした気持ちを胸の中に押し込めつつ、お弁当の残りを食べた。

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