第二十話・4

 最近では、本命チョコと義理チョコ以外にも、友チョコというものが存在する。

 今回、私が作るのは、その中の2種類のチョコだ。

 基本的には普段のチョコレートを作るのと変わらないが、本命チョコだけは特別だ。


「弟くんなら、どんなチョコが好みかな? やっぱりオーソドックスにハート型かな? それとも──」


 せっかくだから、色々と作ってみたい。

 楓のことだから、想いがちゃんと伝わればなんでもいいんだろうけど。

 私としては特別なものを作りたい。


「よし、決めた。弟くんのために渡すものだから、ちゃんとしたものを渡そう」


 私は、そう言って改めてチョコ作りの準備をし始めた。

 楓のためだ。

 今回の本命チョコは、彼のために作るんだ。


 チョコ作りは順調に進んでいた。

 しかし、そこに思わぬ人物が入る。


「ねぇ、お姉ちゃん」


 そう言って、私のところにやってきたのは花音だ。

 私は、平静を装うように笑顔を向ける。


「どうしたの、花音?」

「あのね……。ちょっと話があって……。その……」


 花音は、なにやら言いにくさそうに表情を曇らせる。

 こんなタイミングの時に私に言い寄ってくるのは、大抵の場合、バレンタインデーのチョコくらいしか見当たらない。


「もしかして、バレンタインデーのチョコのことかな?」

「うん……。贈りたい相手がいるんだけど、私のチョコなんて貰ってくれるかなって思って……」

「う~ん……。相手にもよるけど。…誰に贈るつもりなの?」

「秘密」

「そっか。花音も女の子だもんね。秘密の一つや二つ、あって当然か……」

「うん。なんかごめん……」

「気にしなくてもいいよ。私だって、秘密にしている事があるからね。おあいこだよ」


 私は、そう言って安堵の笑みを浮かべる。

 女の子は、いくつかは秘密を持っているものだ。

 私がそうなのだから、間違いない。


「──それで。花音も、これからチョコ作りをするのかな?」

「うん……。そうしたいんだけど……。予算が足りなくて……」

「なるほど。まぁ、中学生には厳しいかもね」

「そこで相談なんだけど──」


 相談内容は、だいたいの見当はつく。

 ここで断ったら、お姉ちゃんとしての立場が危うくなる。

 私は、微妙な笑みを浮かべて言った。


「しょうがないなぁ。今回だけだからね」

「ありがとう、お姉ちゃん」


 花音は、さも嬉しそうな顔を見せる。

 妹の哀しそうな表情は見たくはないからね。

 こんな事もあろうかと思って、ある程度の材料はあらかじめ用意しておいたけど。よかったかな。


 そろそろお風呂の時間だ。

 部屋に掛けられた時計を見て、私はそう判断する。

 楓はもう、お風呂に入ったのかな。

 時間的には、まだ入ってなさそうだけど。

 とにかく、楓の家に行ってみるしかない。

 そうと決まれば、さっそく行動だ。

 私はエプロンを外し、そのままの格好で家を後にしようとする。

 しかしそれは、妹の花音によって声をかけられ阻まれてしまう。


「どこ行くの? お姉ちゃん」


 その言葉にびくりとなってしまうのは、後ろめたさがあるからかもしれないが。

 こんな時に言えるのは、その場しのぎの言葉しかない。


「あー、うん。ちょっとね。用事ができたから、楓の家に行こうかなって思って……」

「ふ~ん。そっか」


 花音は、そう言ってなにやら考え事をし始める。

 しかし、それも一瞬のことで、すぐに結論を出したみたいだった。


「それなら、私も一緒に行ってもいいかな?」

「え⁉︎ それは……」


 私は、花音の目から見てもわかりやすいような感じで、あきらかに動揺してしまう。

 それは本来なら、見せてはいけないんだけど。

 花音はそれを見逃すことなく、訝しげな表情を浮かべて訊いてくる。


「なによ? 私がついて行ったら、ダメなの?」

「そ、そんなことはないけど……」

「だったら、別にいいよね」


 花音の態度を見る限り、ついてくる気まんまんだ。

 これは、ますますダメだと言いにくい。


「べ、別にいいけど、私の邪魔だけはしないでよ」

「わかってるって。私も、そこまでデリカシーのない人間じゃないから」


 花音は、誇張するかのようにそう言っていた。

 その言葉をどこまで信用していいのやら不安だが、この際だから信用するしかないだろう。

 2人で楓の家に来ると、やはりと言うべきか隆一さんが出迎えてくれた。


「よう。来たのか」

「うん。来ちゃった」

「まぁね。隆兄は、何してたの?」


 遠慮がちな私と違って、花音は興味津々といった様子である。

 バンドのリーダーを務めているから、余計に気になるのかもしれないが。

 隆一さんは、嫌な顔をせずに答えた。


「俺か? 俺は特に何もしてなかったが……」

「なんだ……。つまんないの……」


 花音は、『ちぇっ』と舌打ちをする。

 何を期待していたんだろう。

 まぁ、そんなことを気にしたってしょうがない。

 次は、私が聞いてみる。


「それなら楓は? 今、いるんでしょ?」

「あいつなら今、お風呂の準備をしていると思うけど。それがどうかしたか?」


 隆一さんは、思案げな表情で聞き返してきた。


「うん。…ちょっとね」


 私は、訳ありという風を装いそう言っていた。

 まさか『楓と一緒にお風呂に入りにきた』だなんて言えない。

 隆一さんは、そんな私を見て何かを察したのか、楓のいる場所を指し示した。


「そうか。だったら、お風呂場に行ってみるといい」

「ありがとう。行ってみるね」


 私は隆一さんにお礼を言い、そのまま浴室へと向かっていく。

 楓ならたぶん拒まないはずだ。

 私は、浴室のドアを開いた。

 そこには間違いなく楓がいて、お風呂の準備をしていた。

 私は、迷わず声をかける。


「弟くん」

「あ。香奈姉ちゃん。どうしたの?」


 楓はギクリとした様子で振り返り、なにか緊張した面持ちで私を見ていた。

 なにをそんなに狼狽えているんだろうか。

 私は、微笑を浮かべて言った。


「私との約束…忘れてないよね?」

「香奈姉ちゃんとの約束……。忘れてないけど……」

「それなら、わかってるよね?」

「う、うん。バ、バレンタインデーのチョコの事だよね? ちゃんと覚えているよ」


 楓は、何かを誤魔化すようにそう言う。

 バレンタインデーのことじゃなくて、一緒にお風呂に入る約束の事なんだけどな。

 だけど、隆一さんや花音がいるところでそんなこと言えるわけがないし。

 楓も、その事を気にしてそんなことを言ったんだろう。


「え、うん。そうそう。覚えていてくれてたのなら、いいんだけど……」

「心配しなくても大丈夫だよ。香奈姉ちゃんとは、付き合いが長いんだから──」


 楓の言葉を聞く限り、今日は一緒にお風呂に入るのは無理みたいだ。

 一緒に入ろうとしたら、おそらく花音がついてくるだろう。


「そうだよね。私と弟くんの付き合いなんだから、そのくらいはね。きちんと守ってもらわないと」


 私は、誤魔化すような笑みを浮かべてそう言っていた。

 やっぱり、一緒にお風呂に入れないのは寂しい。

 せめて隆一さんと花音がいなければなぁ……。

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