第十六話・9

 放課後。

 今日の授業が終わり、いつもどおり帰宅準備をしていると、僕のところに一人の男子生徒が近づいてきた。

 この男子生徒が、わざわざ一年生の教室にやってきたことで、周りにいた生徒たちが騒然となる。

 やってきたのは、男子校の生徒会長をやっている中野英司先輩だ。


「周防楓君。ちょっと、いいかな?」

「どうしたんですか? 中野先輩」


 僕は、思案げながらも微笑を浮かべて、中野先輩を見る。

 中野先輩は、周りの視線が気になるのかバツが悪いような表情で言う。


「西田香奈さんのことで、ちょっとね。ここだと話しにくいから、場所を変えようか?」

「別に良いですよ」

「それじゃ、ついてきてくれるかな?」

「あ、はい」


 僕は鞄を肩に担ぎ、中野先輩の後をついていく。

 香奈姉ちゃんのことで話があるって言ってるんだよね。

 一体、何だろう。

 まさか香奈姉ちゃんと別れてくれとか、無茶な頼みじゃないよな。


 たどり着いたのは、生徒会室だった。

 普段なら、服生徒会長とか書記などがいるはずなんだけど、今回は中野先輩だけだ。

 僕は、恐る恐る口を開く。


「あの……。話って、なんですか?」

「単刀直入に聞くけど、周防君は西田香奈さんと付き合っているのか?」


 中野先輩は、僕に背を向けたままそう訊いてきた。

 いきなりその質問をしてくるあたり、宮繁先輩に何か言われたのかと邪推したくなるレベルだ。

 しかし、はぐらかす理由もないため、真実を言ってあげることにしよう。


「はい。香奈姉ちゃんとは、恋人としてちゃんと付き合ってますよ」

「そうか……。恋人のフリ、とかじゃなくてか?」

「恋人のフリ、ですか?」

「西田香奈さんは、それじゃなくても美少女で高嶺の花だろう。だから、他の男子たち避けのために周防君を選んでいる可能性が高いんじゃないかと思ってな」

「それはないかと思います」


 僕は、そう断言する。


「どうして?」


 やはりと言うべきか、中野先輩はそれに食いついてきた。

 香奈姉ちゃんとは、エッチなことをした仲だって言うべきだろうか。

 ──いや。

 さすがに、それはまずいだろうな。


「恋人のフリをしてるんだったら、あんなに激しいくらいのスキンシップはとってこないかと思います。香奈姉ちゃんって、意外と自分の想いには真っ直ぐな方なので」

「なるほどな……」


 中野先輩は、そうとだけ言って黙り込んでしまう。

 もしかして、香奈姉ちゃんを女子校の次期生徒会長にしたいから、宮繁先輩と口裏を合わせているのかな。

 こればっかりは、香奈姉ちゃんの意思が一番大事だと思うんだけど。

 しばらくじっとしていると、中野先輩はさらに訊いてくる。


「西田香奈さんは、どう思っているんだ?」

「『どう』とは?」


 僕は、思わず眉をひそめてしまう。

 中野先輩の言いたいことが、ちょっとわからない。

 香奈姉ちゃんの気持ちだよね、おそらく……。


「西田香奈さんは、その……。周防楓君のことを好きでいてくれてるのかって」

「それは、本人に聞いてみないとわからないです」


 香奈姉ちゃんが、僕のことが好きかどうかなんて、僕に答えられるわけがない。

 あきらかに好意を持っているのはわかるけど、それが何からくるものかまではわかっていないのだ。

 もしかしたら、お姉ちゃんぶることをしたいだけなのかもしれないし。


「それなら、今から聞きに行ってみようか」

「今からですか?」

「おう、今からだよ。今の時間帯なら、西田さんが校門前で待ってるかもしれないし」


 中野先輩は、自信ありげな笑みを浮かべてそう言った。

 もしかして、香奈姉ちゃんの行動原理を理解してるのか。

 ──まさかね。


「わかりました。それなら、校門前に行ってみましょう」


 どうせ、香奈姉ちゃんと一緒に帰ろうと思っていたから丁度いい。

 校門前にいるであろう香奈姉ちゃんから、僕に対する気持ちを聞いておこうか。

 特にも、中野先輩が聞きたいみたいだし。


 校門前に行くと、いつもどおりというか香奈姉ちゃんがそこに立っていた。


「香奈姉ちゃん」


 僕が声をかけると、香奈姉ちゃんは嬉しそうにこちらに近づいてくる。


「今日は、来るのがちょっと遅かったね、弟くん。…て、あれ? あなたは……」


 香奈姉ちゃんは、僕の近くにいる中野先輩の姿に気づく。

 中野先輩は、香奈姉ちゃんに対してフレンドリーな笑顔を浮かべる。


「俺のことは彩奈から聞いてると思うが……」

「うん。たしか、中野先輩…だよね?」

「俺のことを覚えていてくれたのは、ちょっと嬉しいな」

「宮繁先輩が、あなたのことを言っていたので、覚えていただけです」

「そっか。彩奈がなぁ。なんか意外だな」


 中野先輩は、しみじみとそう言っていた。

 僕は、思わず女子校の方へと向かう通路を見やる。

 近くに宮繁先輩がいるのかと思ったが、どうやらいないみたいだ。


「宮繁先輩とは、仲がよくないんですか?」


 香奈姉ちゃんは、思案げな表情で中野先輩に訊いていた。

 そういえば、中野先輩と宮繁先輩が二人っきりでいるところは見たことがない。

 中野先輩は、恥ずかしげもなく答える。


「俺にとっては、大事な幼馴染なんだがな」

「大事な幼馴染…ですか?」

「俺はな。そう思ってはいるが」

「宮繁先輩の方は、どうなんですか? やっぱり大事な幼馴染って、思っているんですか?」


 やっぱり大事な幼馴染って言うからには、宮繁先輩の方も同じことを思っているのかな。

 僕は、そうだと信じたいけど……。


「彩奈にとっては、わからないな。もしかしたら、俺のことなんか好きじゃないのかもしれない」


 中野先輩は、そう言って苦笑いをする。

 必ずしも幼馴染同士が、恋人になるとは限らないってことか。

 僕と香奈姉ちゃんが、特殊なんだな。

 香奈姉ちゃんは、神妙な表情を浮かべた。


「なんか複雑ですね」

「まぁ、色々とな。生徒会長にもなると、色々と面倒なことが多くてな」

「どうして私を生徒会長にしたいのか、さっぱりわからないんだけど……。私を生徒会長にすることで、プラスになることがあるんですか?」

「その辺りのことは、俺にもわからないな。ただの見栄じゃないかなとは思うが……」

「正解よ」


 そう言ったのは、香奈姉ちゃんじゃない。

 僕たちは、声が聞こえた方へと視線を向ける。

 そこにいたのは、女子校の生徒だ。しかも、ただの生徒ではなく、生徒会の腕章を腕に巻いている。

 そこにいたのは、まぎれもなく宮繁先輩だった。

 宮繁先輩は、腕を組んでその場に立っていた。

 香奈姉ちゃんは、驚きのあまり、声を上げる。


「宮繁先輩⁉︎ いつから、そこに?」

「いつからって言われてもね。西田さんを追いかけていたら、ここに来ていたのよ」


 宮繁先輩は、バツが悪そうな表情を浮かべてそう答えていた。


「めずらしいな。彩奈は、そんなことする人間じゃないのに──」


 と、中野先輩。


「英司は、私をなんだと思っているのよ。私だって、気になる生徒をチェックくらいするわよ」

「それは、度が過ぎたらストーカーになりかねないことだぞ。気をつけないと」

「わかってるわよ。そんなことくらい……。英司に言われたくない」


 宮繁先輩は、ムッとした表情で中野先輩を睨む。

 何気なく男子校の生徒会長と、女子校の生徒会長が揃ってしまったけど。

 この後、どうするつもりなんだ?

 周りの生徒たちが騒然となってるんだけど……。

 香奈姉ちゃんの気持ちを確かめるつもりが、とんでもないことになったぞ。

 口を開いたのは、中野先輩だった。


「それで、彩奈はなんで西田さんの後を追いかける真似なんてしたんだ?」

「それは……。これから、どこに行こうとしてるのか気になって……」

「今日は、生徒会の仕事はないのか?」

「女子校の方は、特にないわよ。そっちはどうなのよ?」

「男子校の方も、特に何もないな。今日は、暇だな」


 生徒会の仕事については、僕と香奈姉ちゃんには、関係ないし。

 そろそろ本題に入ってもいいんじゃないかな。

 僕は、中野先輩に訊いてみる。


「あの……。中野先輩。そろそろ本題に入ってもいいんじゃ──」

「ああ、アレな。今日は、なしでお願い」


 中野先輩は、めんどくさそうにそう言ってきた。

 まぁ、香奈姉ちゃんだけなら訊いてたかもしれないが、宮繁先輩もいるしね。

 今日がダメなら、いつ聞くつもりなんだろう。

 そうは思ったが、中野先輩がそう言うのなら仕方ない。

 また今度にしよう。


「わかりました。それじゃ、また今度で──」

「なんか悪いな。久しぶりに彩奈の姿が見れて、嬉しくなってさ」

「何よ、それ。私は、ちっとも嬉しくないんだからね!」


 宮繁先輩は、ツンっとした態度でそう言った。

 それでも、完全に『嫌』という事ではなく、どちらかと言えば、照れ隠しみたいだ。


「ねぇ、弟くん。アレって、何のことかな?」


 香奈姉ちゃんは、僕の手をギュッと握ってくる。

 手を握ってくるのは、香奈姉ちゃんが積極的にアプローチしてきている証拠だ。


「あ、うん。なんでもないよ。こっちのことだから……」


 僕は、緊張しつつも、きちんと答えてあげた。

 香奈姉ちゃんは、一応、納得したような表情になる。


「そっか。それなら、聞かないでおこうかな。うん」

「ありがとう、香奈姉ちゃん」


 僕は、握られた手をギュッと握り返した。

 香奈姉ちゃんのこのぬくもりは、絶対に忘れちゃいけないんだよね。

 僕にとって香奈姉ちゃんは、とても大切な存在なのだから。

 ──さて。

 先輩たちは先輩たちで、何やら話し込んでしまったみたいだし。

 とりあえずは、もう家に帰ってもいいんだよね。

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