第十六話・10

 どうやら僕は、古賀千聖とは一緒のシフトを組まれているみたいだ。

 壁に貼られているシフト表を見て、改めてそう思った。

 店長は、一体何を考えているんだろうか。

 同い年だから、すぐに馴染むと思ったんだろうな。

 それだったら、慎吾だっているだろうに……。

 古賀千聖は、笑顔を浮かべて話しかけてくる。


「ねぇ、楓君。最近、西田先輩とは、どうなんですか? うまくいってますか?」

「まぁ、うまくはいってると思うよ」


 僕は、ややぞんざいに答えていた。

 千聖に話しかけられる時って、必ず香奈姉ちゃんがきっかけになってる気がする。

 それに応対するのが面倒になってしまったっていうのもあるかもしれない。


「ふ~ん。なるほどねぇ」


 千聖は、悪戯っぽい笑みを作り、僕を見てきた。

 なんだろう。

 ぞんざいに答えたことで、あらぬ誤解を招いてしまったようなこの感じは……。


「なんだい? 何かあるのかい?」

「別に~。西田先輩とは、お遊びで付き合っているのかなって思って──」

「そんなことはないよ。香奈姉ちゃんとのお付き合いは、本気だよ。お遊びだなんてことは絶対に──」


 香奈姉ちゃんとはセックスまでしてるくらいなのに、『お遊び』だなんてことは、さすがにないだろう。


「そうかなぁ。私が見る限りでは、デートって言っても、ショッピングモールだったり、ライブハウスだったりして、まったくデートになってないような気がするんだけどなぁ」

「それは……。香奈姉ちゃんの行きたいところが、あまり騒がしいところじゃないだけで。この前の日曜日は、雨が降ってなかったら──」


 僕は、途中で言うのをやめる。

 遊園地に行くっていうのは、周りの人たちには内緒だ。

 危うく、自分から内緒の話を言うところだった。


「雨が降っていなかったら? 何かな?」

「…な、なんでもないよ。千聖さんが気にする事じゃないよ」

「ふ~ん。そう……」


 千聖は、なぜか不機嫌そうな表情になる。

 そんな顔をされても、僕の口からは、これ以上なんとも言えません。


「さぁ、今日も頑張ろうか」

「そうだね。楓君となら、頑張れるよ」


 千聖は、さっきの不機嫌そうな表情はどこへやら、笑顔でそう言うと僕の腕にしがみついてくる。


「ちょっ……。千聖さん⁉︎」

「何よ。このくらいは、いいでしょ?」

「うぅ……。ダメなことは、ないけど……」


 強く拒否できない自分に、ちょっと罪悪感が……。


「そうだよね。楓君なら、そう言ってくれると思ってたよ。せめてこの時だけは、こうしていたいんだ」


 千聖は、まるで小さな子猫のように顔をスリスリしてくる。

 頼むから、これ以上はやめてほしいな。

 そんなことを言っても、やめてはくれないんだろう。


 最近、千聖からのスキンシップが激しい気がする。

 気のせいかと言われれば、そうなのかもしれないが。

 千聖とは、バイトの時間くらいにしか会わないのだが、会えば絶対に僕とのスキンシップを求めてくる。

 これは、なんとかならないだろうか。


「どうしたの、楓? なにか困ったことでもあったの?」


 と、香奈姉ちゃんは、覗き込むようにして僕の顔を見てくる。

 まぁ、香奈姉ちゃんも普段からスキンシップが激しい方だから、慣れてるっていえばそれまでだけど。


「ううん。なんでもないよ」

「うそ。絶対に何かあるでしょう。さては、私に相談しにくいことかな?」

「そんなことないよ。そもそも困ってることなんて、何もないって──」

「まだ、そんなことを言うの? そんな人には、これでどうだ」


 そう言うと香奈姉ちゃんは、僕に抱きついてきた。

 ただ抱きついてきただけなら、それでいい。

 香奈姉ちゃんの場合は、少し違う。

 抱きついてくる時に、キスまでしてくるのだ。それも、かなり強引にである。

 兄にでさえ、こんな事はしない。

 キスを終えると、香奈姉ちゃんは僕を抱きしめたまま訊いてくる。


「さぁ、楓。言う気になったかな?」

「いや、困ってることなんてないから、なんとも……」

「そっか。それなら、言ってくれるまでベッドの上でやりましょうか」

「え……。やるって、何を?」

「そんなの……。楓が一番よくわかってるでしょ」


 香奈姉ちゃんは、そのままベッドにダイブした。

 僕の部屋だから、花音がやってくることはない。

 騎乗位の体勢になった香奈姉ちゃんは、着ている上着をその場で脱いだ。

 次の瞬間には、香奈姉ちゃんの大きめな胸があらわになる。もちろん下着は着用していたから、おっぱいがあらわになるってことはなかったが。

 ちなみに下着の色は、白だ。


「あの……。それをするのは、まだ時間が早いかと思うんだけど……」

「それは、楓の態度次第かな」


 香奈姉ちゃんは、自身の体を僕の顔の方まで近づけてくる。

 僕は、思わず声を上げた。


「ちょっ……。香奈姉ちゃん⁉︎」

「しっ。大声をあげないの。静かに…ね」


 香奈姉ちゃんは、悪戯っぽい笑みを浮かべて僕を抱きしめてくる。

 下着姿のままで抱きしめられたら、胸の感触がダイレクトに伝わってくるんだけど。

 香奈姉ちゃんは、どう思っているんだろうか。

 とにかく。

 香奈姉ちゃんの大きめな胸に口を塞がれてる状態の僕には、なんとも言えない。


「むぐぐっ……」

「どうかな? 言ってくれる気になったかな?」


 香奈姉ちゃんは、愛でるように僕の頭を撫で始める。

 よく見れば、香奈姉ちゃんは母性本能に目覚めたのか頬を赤く染めて、恍惚としたような表情を浮かべていた。

 そんな顔をされても、答えられるようなことは何もないんだけど……。


「言ってくれるも何も、困った事なんて何もないよ。むしろ香奈姉ちゃんのこの行為に困ってるっていうか……」

「そんなの答えになってないじゃない! 私は、楓のために何かしてあげようと思っているのに」


 香奈姉ちゃんは、頬を赤く染めたままムッとした表情になる。

 照れ隠しなのかどうかはわからないけど、可愛いことには変わりはない。


「気持ちだけ受け取っておくよ。香奈姉ちゃんからは、たくさんのものを貰ってばかりだし」

「たくさんって……。私は、まだ何もあげてないよ。楓にあげようと思っているのは、別のものだから──」

「別のもの? それって……」

「そうだなぁ。たとえば、楓が喜ぶもの…かな」


 香奈姉ちゃんは、そう言って僕の顔に優しく手を添えてくる。

 香奈姉ちゃんが、僕に何をあげようとしているのかは、態度を見れば大体はわかってしまう。

 でも、今はそれは求めていない。

 僕は、香奈姉ちゃんの手をギュッと握った。


「香奈姉ちゃんには、ホント敵わないな」

「そりゃあね。私は、楓のお姉ちゃんですから。弟くんの困り事を聞くのも、私のやるべき事なんだよ」


 香奈姉ちゃんは、そう言って可愛らしい笑みを浮かべる。

 そんな格好で女の子らしくされてもね。

 まったく、説得力がないんだけど……。

 でも、嬉しいことには変わりはない。


「僕のお姉ちゃん…か」

「間違いではないでしょ?」

「うん。香奈姉ちゃんは、僕の大事なお姉ちゃんだよ」

「楓なら、そう言ってくれるって思ってたよ。お姉ちゃんは、とっても嬉しいな」


 香奈姉ちゃんは、自然な動きで僕に抱きついてきた。

 こんな事をしてくるくらいだから、香奈姉ちゃんも心の許せる人のぬくもりがほしいんだろうな。

 僕の体で香奈姉ちゃんの心が満たされるのなら、僕はそれで構わない。

 僕は、香奈姉ちゃんの心の支えになってあげよう。


「それで──。香奈姉ちゃんは、今日はどうするの? 泊まっていくのかい?」

「もちろん泊まっていくよ。楓を一人になんてしないから、安心してね」

「あ、うん。ありがとう……」


 やっぱり泊まっていくのが前提なんだ。

 僕のことを一人にしないって言ってるけど、兄や両親だっているから、僕は一人じゃないのに。

 香奈姉ちゃんは、僕の口元を指で添えた。


「今日は、寝かせないからね。覚悟してよね」

「僕を寝かせないって、何をするつもりなの?」

「そんなの……。わかってるくせに……」


 香奈姉ちゃんが頬を赤く染めて視線を逸らすってことは、そういう意味でいいってことなんだよね。

 だけど今日は、エッチなことをする気にはなれない。

 せっかくだから、香奈姉ちゃんに勉強を見てもらおうかな。

 それなら、香奈姉ちゃんも嫌とは言わないはずだ。


「それならさ。勉強を教えてくれるかな。実は、わからないところがあって」

「別に構わないけど。もしかして、私とのスキンシップを避けるためにわざと言ってるんじゃないでしょうね」

「そんなことはないよ。ホントにわからないところがあって……」

「だったら、いいんだけどさ」


 香奈姉ちゃんは、仕方ないなぁっと言わんばかりの表情を浮かべていた。

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